94 とある王国の事情15
少し大人に戻った私とナンシーは、特に何事もなく平和に過ごしています。
でも暇なのでお仕事下さいと言ったら却下されました。いいもん、刺繍するもん。
茶国の皆様もすっかりこの王宮に溶け込んで(というか、見慣れて?)きた今日この頃・・・主居棟の廊下でマサキ殿下とシュウ殿下にバッタリ会いました。
マサキ殿下はシオン様のお部屋や執務室に来る事が多いのでよく会うのですが、シュウ殿下に会うのは久しぶりです。
「やほー」
とマサキ殿下に挨拶されました・・・マサキ殿下、その挨拶はどうなの?と、ちょっと引きつりながら私もご挨拶します。
「こんにちは、ご無沙汰しています」
前半はマサキ殿下に、後半はシュウ殿下に向けて言ったのですが・・・シュウ殿下は首をコテンと傾けました。・・・あ、そうか。
「私、リィナです」
私がそう名乗った時のシュウ殿下の顔は、一生忘れない気がする。
「それがさ、シュウってば口をカパーってアゴが外れたんじゃないかってくらいに開けて、目なんか飛び出るんじゃないかってくらいに見開いててさ!」
ゲラゲラ笑いながらその時の様子を説明するマサキ殿下と、眉間に皺を寄せているシオン様。そして居た堪れない私。
「トラウマにならないといいですねぇ」とクリスさんが呟いてます・・・ううっ、私のせいじゃないもん。ちなみにシュウ殿下はハヤテ殿下が迎えに来ました。
「まぁ、この国に来たのはちょうどいい機会だったんだよね。シュウはさ、まわりが甘やかしすぎたから」
どういうことかを尋ねると「ショック療法みたいなもの」とのご回答が。
ハヤテ殿下のお子様であるサクラちゃんとシュウ君ですが、サクラちゃんがあまり子供らしくない大人びた子供だったらしく、ハヤテ殿下の奥様はシュウ君を甘やかし過ぎたのだとか。まぁ、女親が男の子を溺愛っていうのはたまに聞きますね。そして、可愛がりすぎてマザコン男を作ってるという。
職場の同僚にも居ました。自分の旦那が母親を大事にすると「マザコンかよ!」と文句をいうくせに、自分の息子はマザコンに育てています「ママが居ないと何も出来ない子にしてずっと頼って貰いたい」のだとか・・・母親って恐ろしい。
そういえば、子供リィナのケーキを奪ったり、そのあと謝らなかったりっていうのは、確かにちょっと子供っぽいですかね。8才といったら小学校2~3年生くらいでしょうか?うん、王子様の行動としても問題だけど、一般の子と比べても我侭なのかな。
そしてたっぷりと怒られて、やっとお部屋から出してもらったら、あの時イジワルした女の子がオバサンになっていたという・・・ああ!
「謝る機会をあげられなかったですね、確かにトラウマに・・・」
「「「いやいや、そのトラウマじゃないから」」」
と3人に訂正されました。ちがうの?・・・そうですか?
「推定18才の時は遭わなかったのか?」
「えっと、あの屋外のお茶会で・・・」
「あの場は混乱してたし、少し離れた所に居たシュウには何が起こったかわからなかったかもね」
そういえば私もすぐにシーツをかぶって退場しましたからね。
あれから何日も経っていないのに、もう昔のことの様に感じますね・・・それだけここ最近、色々あったからでしょうか。
「リィナ、ナンシーは?」
「ユーリ様に・・・連れて行かれました」
「・・・」
シオン様にナンシーの行方を聞かれましたが、ここ最近は・・・というか、推定18才になった辺りから、ナンシーはユーリ様に『アカリ殿下除け』として連れて行かれることがしばしば。お茶会の時はマリアちゃんが居たけど、マリアちゃんもいつも王宮にいる訳にはいかないそうで。
一応、ナンシーは連れて行かれる都度抵抗しているんですけどね。でも王太子殿下のご命令なので、結局は連れて行かれてます。近衛騎士に両腕を掴まれながら、涙目でこちらを見てくる様は――売られていく子牛の歌がバックに流れそうな風景です・・・。
「なるほど。それでウィルの機嫌が悪いんですか」
クリスさんがくくくっと笑いながらそういいます。悪い笑い方だ、この人は悪い人だ。
まぁ実際、ウィルさんにはユーリ様の要請は断れないらしいんです。ユーリ様の『ナンシー貸して』は侯爵令嬢であるナンシーが必要だからだそうです。
そもそも、ユーリ様の結婚は、ほぼ政略結婚で決まりで、その候補にアカリ様は入っていないそうで。かといって[候補外」とアカリ様に言うわけにもいかないし・・・と言うわけで、ユーリ殿下は虫除け代わりに自国の令嬢と仲良くしている所を見せ付けて、諦めてもらおう作戦をしているらしいんですが・・・
「それって、アカリ様に直接言わなくても、ハヤテ様に言えばいい事なのでは?」
「ハヤテ様に言ったとたん『別に側室でもいいけど』と言われたら困る」
あ、それはまずいですね、なるほど。それはそうと・・・
「側室・・・いるんですか?」
「いや、居ない。制度としてはあるにはあるが・・・よほどの事、例えば国の存亡に関わるような時以外は王族が側室を取ることは無いだろう。」
「どうしてですか?制度があるのに?」
「王族が側室を取ったら、『じゃあウチも許可してくれ』と言ってくる貴族が居ないとも限らないからな」
なるほど確かに。ふんふん、と納得していたら、マサキ殿下が軽~い感じで言いました。
「茶国は居るよ。正妃様が死んだあとに出来た奥さんはみんな側室扱いだからね」
どうやら、茶国の王族が多いのは側室がいるかららしい。そして推測するに、わざわざ『正妃様』なんて言い方をしているってことはマサキ様は側室の御子?
「リィナちゃん、そんな微妙な顔しないでよ。日本だって昔の権力者は側室とか妾とかいるのが当然だったはずでしょ?それに茶国では生まれた子供を差別なく育てられる環境を持てる者だけが、側室を持つことを許されているんだ」
「浮気とは、違うってことですか?」
「もちろん。基本は正室が許可しなければ側室は持てないし、側室の扱いが悪いとその側室の実家に訴えられる可能性もあるから大事にされてるはずだよ。それにね、茶国は『鍵』持ちが多いから、自分の家の『鍵』を次代に継ぐ為には、娘を嫁に出すより婿を取ったほうがいい場合もあるから。そういう家の令嬢は、夫を持たずにあえて側室だけを数人持ったり・・・」
「ち、ちょっとまって下さい。男の人も側室になるんですか?」
「そりゃそうだよ。僕もさ、このまま茶国に居たらきっと何処かの高位貴族の令嬢に種馬として養われそうだったからさ・・・ホント、この国が受け入れてくれてよかった。」
しみじみと溜息まじりにそう言うマサキ様。王子様なのに種馬とは・・・いや王子様だからこそ種馬なのか?
どうやら茶国では側室もきちんと権利を認められているようですが・・・でもなぁ。
「リィナちゃんは、浮気だと思っちゃう?」
「そうですね。現代日本の一夫一妻制になじんでますので・・・自分以外の女性と関係を持たれたら、浮気されたと思いますね」
「彼氏が浮気したら許さない?」
「・・・昔は浮気されただけで別れてましたけど」
「お!浮気された事あるんだ?」
「ええ。・・・今だったら、多少は目を瞑るかもしれませんが・・・いや、やっぱり無いな、一度許すと二度三度と浮気されそうだし」
初めてお付き合いした人と、二番目にお付き合いした人に浮気されましたよ。まぁ、最初の人は私も悪かったのかも知れませんがね。
私とマサキ様が側室や浮気談義をしている間、シオン様とクリスさんは興味なさそうに黙ってお茶を飲んでいます。しかし、大人になった私には分かります。興味なさそうにしていても、しっかり話を聞いてる感じですね。
まぁ、聞かれて困る話はしていない・・・はず。
ともあれ、マサキ様もアカリ様も結婚相手を見つけるのに必死なんですね。あれ、でも?
「マサキ様、この前『結婚する気の無い人』がどうとか・・・」
「あーアレね。うん、長期戦で行く事にしたんだ」
そんなことをマサキ様が“いい笑顔”で言った時、ドアがバタンと開きました。・・・最近多いね、ドアをバタン。壊れることは無いと思うけど、大人になった事だし、ドアは静かに開け閉めするよう心がけよう、私だけでも。
「リィナ!」
うれしそうに駆け込んできたのはナンシー。シオン様のお部屋に私の名前を呼びながら入ってくるって、なんてフリーダムな。
「シオン、邪魔するよ~」
続いて入ってきたのはユーリ様。ナンシーを追いかけて来たとか?怖っ。
「ああああの、おおおお邪魔いたま・・・ス」
そしてビクビクというかオドオドというか、恐る恐る入って来たのはアカリ様。
えっと
狭い、よね。
**************
いきなり大人数が入ったシオン様のお部屋。
さすがに狭いので、近くの応接室に移動です。シオン様、ご機嫌ナナメです。お仕事終わってお部屋で寛いでたのに、移動って。
そして移動したあと、ちょっと不思議な光景が。
まず、シオン様とお話するアカリ様。おお!シオン様がニコヤカにお話している!?
そして、マサキ様とお話するナンシー。グイグイ詰め寄るマサキ様とタジタジのナンシー。面白い。
ユーリ様とお話するクリスさん。まぁ、こちらは長男と末っ子というか・・・何を話してんだろ。
ポツーン
さ、さみしくなんかないしっ。
シオン様のお茶の時間にクリスさんに誘われただけだし。
今日もクリスさんのお茶は美味しいし。
・・・わたし、この部屋出ても良さそうですよね?みんなお話中だし?そうだ、そうしよう!
「シオン様、わたし失礼してもいいでしょうか。」
「ぇ・・・ああ、わかった」
一瞬、意外そうな顔をしたシオン様ですが、快く退室を許可してくれました。大抵『却下』されるからね。よほどアカリ様と話が弾んでいるのでしょう。
部屋から出て・・・さて、どこに行こうかな。部屋に戻っても刺繍しかすることないし、図書室もなぁ。
ぷらぷらしていたら、後ろに人の気配が。振り返ろうとした所で
「わっっ!!」
「うわっ!・・・って、タクトさん」
「久しぶり、リィナ」
「もうっ!子供っぽい脅かし方しないでくださいよ。帰ってたんですね、お帰りなさい」
「ただいま。あ、お土産買ってきたよ」
タクトさんは休暇をとって旅行に行ってたんです。帰国まで1年を切ったので、仕事抜きであちこち観光したかったらしくて。バックパッカーっぽいね。男の人は一人でブラブラ出来ていいなぁ。
「タクトさんお仕事中?」
「いいや、帰国の挨拶をユーリ殿下にしようと思ったら・・・居なかったんだよね」
「みんな今、シオン様のお部屋ですよ」
「じゃあ、あとでいいか。リィナ、時間ある?」
時間ありますよ、比較的たっぷり。
「ところで、また若返った?」
そうなんですよー
聞いてくたさいよー
ひどいんですよー・・・
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「ふふふっ、みんなで会うの、久しぶりねっ」
とても嬉しそうに弾んだ声でセリーヌさんが言います。
その隣ではユージーンさんがクリスさん仕込の腕前で、タクトさんのお土産のお茶をいれてくれています。
アベルさんは厨房からお菓子を持ってきてくれて、パオロさんがつまみ食いして怒られてます。
言わずと知れた、王宮組召喚者の皆様With私。
私、王宮にずっと居たのに、なかなか皆様に会うことがありませんでした。今日タクトさんが誘ってくれなかったらこのまま皆に会わずに、お屋敷に戻ってたかもね。
「・・・そういえばセリーヌは、帰国いつだっけ?」
タクトさんが旅行の話をしながら、ふと思い出したようにセリーヌさんに聞きました。
「そういえば、セリーヌの契約って・・・あと3ヶ月じゃん!?申請出てた!?」
パオロさんが慌てたようにそういいます。帰還日程の申請は3ヶ月前に確定すること、と召喚法で決まってますからね。
それにしてもあと3ヶ月ですと!?3ヶ月なんてすぐですよ!?
お別れ会だって企画したいし、帰還後の連絡先だってまだ聞いてないのに!
「セリーヌ、皆に話してなかったのか?」
アベルさんがセリーヌにそう言うと、セリーヌさんはなぜか苦笑して「私もギリギリまで悩んだのよ」と言いました。そして・・・
「あのね・・・私、この国に残ることにしたわ!」
なんともまぁ、清々しい笑顔でそうおっしゃいました――そうですか、残る・・・?
ぅえ!?




