悪魔の囁き声
死神の姿が野盗の一人に見られているとも知らずにジェイルは呑気に輝く星々を眺めていた。
「一体星ってのは何なんだろうな。小さい頃なんかは死んだ人間の魂なんて教えられていたけど…
俺は違うと思うんだよなぁ。」
一人でブツブツ幼き頃の思い出とともに夜空に向かってつぶやいていると、死神はこちらを睨む野盗を見据えて静かに口を開き始めた。
「そんな話をしておる場合じゃないぞい。彼等の一人がこちらを見ておる。」
「ハッ!?」
だがあきらかにその原因は死神にあったわけで、もっと身を潜めるように注意喚起しておけばよかったと彼は後悔したが時はすでに遅かった。
「おいオメーら!ちょっと見てみろよ!おかしな奴がいるぜ。」
そしてあっという間に剣を抜いた計六人の男達が酒も片手にゾロゾロとこちらに集まってきた。
「なんだなんだ?汚ったねえババアと気取った小僧じゃねぇか。」
「おい、あれ見ろよ!あのババア浮いてやがるぜ。魔導師か?」
からかっているのか中には共に杯を交わそうなどとおかしな意見をする者もいる始末。
「どうだ?俺達と一杯やってかねぇか?遠慮するこたぁねえ。同じ旅するもの同士仲良くしようぜ。ぎゃはははは!」
ニヤニヤしながら二人を見下す野盗達の顔はまさに悪魔の微笑みそのものである。彼等全員がジェイル達に対して描いているこれから先のシナリオはきっと残酷なものであろうことは容易に想像できる。
「せっかくの申し出で悪いが遠慮させてもらう。あんたらで勝手にやってくれ。」
どう返答を返そうが彼等の魂胆は目に見えていた。
無精髭を生やし泥の汚れなど気にもとめず悪事を散々働いて生きてきた者特有の鋭くもあり曇った眼光がジェイルと死神へ注がれる。
「おいおいおい、ノリの悪い兄ちゃんだなぁ。せっかく誘ってやってんのによー。」
「まったくだ。俺達の優しさを突き返すなんてのはこりゃ胸に槍が突き刺さる思いだぜ。」
と嘆く真似事を言いつつも真新しい血がこびりついた鈍く光る剣を振りかざしジワジワニヤニヤ歩み寄ってくる野盗達。
「あーあぁ、シラケちまったぁ・・・・シラケちまったぁぁぁぁ!」
と、ゆっくりジェイルに近付いてきた一人が語尾を大声で張り上げながら突然斬りかかってきた。
「ぎゃはははは!いきなり殺るやつがあるかよ!ったくオメーはよぉ…グビグビ。」
酒をがぶ飲みしながら余裕の表情で後方の野盗達はゲラゲラ笑い眺めている。が、その絶え間ない笑顔は噴き出す血飛沫によってすぐさま綺麗に洗い流された。
「いきなり殺られたのはどうやらこいつの方だったみたいだぜ。言っとくが仕掛けてきたのはあんた等だからな。」
ジェイルは己に振り下ろされる刃をヒラリとかわすと鞘に納めていた剣を素早く引き抜きながら男の横首筋を断っていた。
「ヴェイカー!!」
斬られた仲間の名を叫び、持っていた酒瓶を地面に叩きつけ剣を両手でしっかり構えだす野盗達。なかには二刀構えるものもいる。
「ぐ、ぐふっ・・・」
ヴェイカーと呼ばれた野盗の男は血の溢れ出る傷口を抑えながら地面に膝を着き倒れ込んだ。
「テメー!よくもやりやがったなぁぁぁぁ!」
すっかり狂喜乱舞した残る五人の野盗達は体中の血管を浮きだたせ一気に突撃を開始した。
「相手は残り五人もいるぞい。大丈夫か?」
特に気遣っているわけではないのだろうが一応ジェイルに声を掛けてくる死神。
「まあなんとかなるだろう。」
「そうか。わしは面倒なんで上で見とるからのぉ。」
そう言うと死神はとても攻撃が届きそうにないほどの上空へと高く浮遊し戦線から離脱した。
まずは三人、ジェイルの間合いに詰め寄り同時に剣を振り下ろしてくる。それをギリギリまで引きつけバックステップでかわすが直ぐ様両サイドから二人の野盗が追い打ちをかけてきた。見かけによらずうまく連携攻撃を放ってくるようだ。
しかしジェイルはサイドからきた片方の男の攻撃を刃で受け流しつつその男の胴体を貫き、同時にもう片方は携帯していたナイフを額に投げつけ頭部を損傷させた。
「ちっ、野郎が!これでも食らえ!」
間髪入れず前方の三人が再び斬りつけてくる。と、思いきや真ん中の一人が布の袋を広げ中に入っていた粉状の何かを振り撒いた。
「うへっ、なんだこれ!」
それは目くらましに使われるであろう催涙性の粉末で、もろに浴びてしまったジェイルは視界と鼻や口の気道を完全に封じられてしまった。目が焼けつくように痛み、呼吸すらろくにできない。いや呼吸の方はゾンビなのでそれほど苦しく感じられることはないが視界は完全に閉ざされてしまった。
「くっ、目が見えねえ・・・」
目を擦って無理にでも視界を取り戻そうとするが暗闇はまったく退かなかった。
「小僧の分際でよくもやってくれたなぁ!」
視界が効かないこの状況ではとても三位一体の同時攻撃は避けられそうにない。
「やべぇ、あれ使うか!」
ジェイルはとっさに精神を剣先に一点集中させた。すると剣の刃に彫られた古代文字が光を帯び小さく輝き始める。そして真一文字に剣を振るうと、とてつもない衝撃波が巻き起こった。ような気がしただけだった。
「あれ?発動しねぇぞ!」