彼等を知る者
これまで何人もの血を吸っているであろうゲインツァの大剣。その鈍い光の刃で彼をベッドごと叩き割る。
弾け飛ぶ木材の破片とともにジェイルの破片も宙を舞った・・・と、思われていたのだが・・。
「だから気を付けよと言ったのじゃ。」
そこにはジェイルの襟元を鷲掴み抱えた黒いローブを身に纏いし老婆が部屋の片隅で霞むように浮遊していた。町でジェイルに死相が出ていると言っていたあの老婆であった。
「何者だ貴様!?いつからここにいた?」
ゲインツァが老婆に問いかける。
「残念じゃがこやつはわしが引き取らせてもらう。どうせお前さん、ゾンビ化しなかったこやつを殺すようじゃったしのう。」
「どこぞの魔導師か。なにやらいろいろ知っているようだが…。貴様はこいつの仲間かなにかか?」
「いいや、まったく関係ないよ。ちょいとこやつの動向が気になっての…。じゃあのぅ、闇に介入せし人間よ。」
「待て!このままみすみす逃がすと思うか!」
言うなりゲインツァは全身の筋繊維をフル稼働させ人間の限界を突破した瞬発力で床板を吹き飛ばし老婆を捕らえようと急接近する。しかしあっけなく老婆はフッと姿を消した。
「死霊は一向に臆する気配がないというのに。今度は何事か!?」
まだまだ死霊の相手をしていたサムライのカキョウは小屋から響いてくる異様な音に反応する。すると間もなくして小屋の扉が開きジェイルと老婆を取り逃がした影響で少し頭に血が上ったゲインツァが大剣を強く握りしめドンと出てきた。
彼が表に出るや否や不思議と死霊は森の闇の彼方へと行方をくらませた。
「どうしたことだ・・・死霊共が瞬時に・・。」
「まさかこんなことになろうとはな。今までうまく行きすぎたか。さて・・・・」
カキョウはゲインツァの殺気が自分に向けられていることに気付いた。
「もっと早めに殺っておいてもよかったんだがな。お前も不思議とゾンビ化しない。」
「たった今小屋から聞こえてきた大きな物音はなんだ?ジェイルという男が中にいるはずだが…」
ゲインツァの内に秘めたただならぬ気配をビリビリと感じカキョウは全身を巡る流脈、つまり生命オーラを最大限にまで活性化させ警戒する。
「一応最期に聞いておくが、お前。俺が渡した栄養ドリンクを飲んだ後、体になんの変化もなかったのか?」
「ああ、あの小さな瓶に入った液体か。あんなものに頼らずとも俺の脳内は夜も効率よく行動可能な信号を発することができる。・・・・ん!?待てよ!そうかあの男はそれで・・・。」
「なるほどそういうことだったか。お前はなかなか見込みがある。ゾンビ化させればかなりの戦力が期待できる。聞いておいてよかったぜ。」
「なに!?」
ゲインツァの言っている意味のほとんどが今のカキョウにとって把握できないことばかりだが、ただひとつ彼が理解していることはなにかよからぬ事に自分が利用されたということだった。
そして切り開かれた森の真ん中を月の光が照らす中、二人はほぼ同時に仕掛け互いに刀剣に宿らせた命の火花を散らした。
どちらが戦いを制したのかは天から見下ろす月だけが知っているのだろうか…。
一方、謎の老婆に連れ去られたジェイルはなだらかな丘のてっぺんに設置された古い石台の上で目を覚ました。月は退き太陽はとっくに空を席巻している。
「・・・・・ここは・・・」
「気が付いたかい。」
老婆の声が耳に入ると虚ろな瞳をそちらへゆっくりと向ける。
「あんた・・・・あの時の・・・・・あれ、俺は一体どうなったんだ。確かわけがわからなくなってゲインツァにゾンビがどうだの言われたことまでは覚えているが・・・。」
自分で喋っているうちに段々と意識が通常通りに働いてくる。そしていきなりバッと飛び跳ねるように上半身を持ち上げた。
「なんだってこんなところに俺は居んだ?そんでもってなんで婆さんもここにいるんだよ!?」
「どうやら頭がスッキリしてきたようだね。一から説明してやるからよくお聞き。おっと、その前にわしの正体を明かさなくちゃねぇ。」
黒のローブからまるで木の枝のような細い片腕をスッと出すと手のひらを顔に当てる老婆。そして、凶器じみた指の爪をめり込ませ、あろうことか自分の顔の皮膚をベリベリと剥がし始めた。
「うげぇ!なにやってんだーーーー!」