息を潜める闇
「構えておけ!ずっと気になっていた気配がこちらに近付いてくる。」
「・・ああ・・・わかった・・よ・・・」
「!?」
先程とは打って変わってあきらかに覇気の無い様子のジェイルの返事に思わずサムライも素で「えっ?」
となるような表情を浮かべた。そしてその場に倒れるように膝をつくジェイル。息遣いが荒く意識が混濁しかかっている。
「どうしたことだこれは!?流脈の乱れが先程と桁違いだぞ!お主、休んでいたのではなかったのか?」
「俺も…わからねぇ。さっきから頭がガンガンすると思っていたらこのザマだ。なぜだ…体中が焼けるように痛ぇ…」
しかしジェイルの心配をしているほど周囲の状況は予断を許してくれそうにない。
人ならざる禍々しいうめき声とともに森の深淵から死霊が大量に渦巻いてきた。死霊は盗賊団ではないにしろやっかいな魔物の一種で、乗り移られると意のままに操られてしまう。ぼんやり青白く光っており幾多の人の顔の部分だけが無造作に融合したような非常に気味の悪い霊体である。
そして弱っているジェイルを見つけるやいなや数匹の死霊が彼めがけて一気に迫ってきた。
サムライは刀にオーラを帯びさせその死霊を叩き伏せた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
奴等を滅した瞬間、思わず耳を塞ぎたくなるような断末魔が木々に反射し拡散した。
しかし死霊は暗がりからうじゃうじゃと青白く発光しながら沸き出てくる。
地に伏せるような格好のジェイルの前に立ちサムライは次々と襲い掛かってくる死霊を蹴散らしていくが・・・・無防備の他人を庇いながら刃を振るうのは相当神経を使うようだ。当然だが…。
「まったく役に立たん奴だ。早々に休息を取ったと思えばあまつさえ責務を放棄するとはな。これからは自身の状態をしっかり把握してから仕事を受けるようにしろ。仮にも剣客だろう。」
「返す言葉もねぇや・・・すまない・・。」
もはやジェイルの容態は尋常じゃなくなっていた。手足に力がまったく入らず視界すらも闇に呑まれようとしている。こんなことは初めてだった。
「死霊共に憑依されてこちらの戦況を乱されても困るのでな。貴様は小屋にでも戻って待機しておけ。」
「悪いがそうさせてもらう・・・」
剣を杖代わりにし、ふらつく足でなんとか立ち上がるとジェイルはぜえぜえ息を吐きながら小屋に戻り扉を閉めた。そして腰に下げた袋から魔除けの札を取り出し扉の内側に貼り付けた。
野外で一人、サムライが奮闘する中ジェイルは小屋のベッドに横たわる。
不穏な異変に気付いたのか二階でなにやら作業に没頭していたゲインツァも階段を下りてきて一階へとやってきた。
「あんたか・・・なぜか体の調子が・・優れないんだ。報酬はいらねえから少し横にならせてもらうぜ。ほんと悪ぃな。」
「驚いた。まだ意識があるとはな・・・」
「!?」
弱々しく発せられるジェイルの言葉などまるで無視するかのようにゲインツァは淡々と口を開く。
「あのカキョウとか言うサムライといいお前といいどうなってやがる。もうとっくにゾンビ化してもいい頃合いなんだがな。」
「何を…言って…」
「お前が飲んだ栄養ドリンク…あれには堕落した闇の魔導師どもが作った人間をゾンビ化させる薬が混入させてある。」
棚に置かれた空瓶には有名メーカーのうたい文句「超元気!」とでかでかと書かれたラベルが皮肉にも虚しく輝いていた。
「これまで十中八九成功していたがお前等だけはなぜかゾンビ化していない。あのサムライに至ってはお前の様に体調の変化すら見られない。」
ゲインツァは微々たる落胆の表情を少しばかり浮かべたのも束の間、再び冷酷そうな顔に戻り口元をニヤリとさせた。そして背負っていた大剣をスッと持ち、構える。
「まあ探せば代わりはいくらでも調達できる。ゾンビ化しないカラクリは気になるところだが今は数の確保が先決なんでな。」
そう言うとゲインツァは上腕の怪力をありのままに解放させ、ジェイルの首筋めがけて大剣を振り下ろしたのであった。