七尾譲治VS御剣加奈
一対一の決闘において、不測の事態は殆ど発生しない。
そこにあるのは純粋な能力の比べ合いであり、対峙した時点でより優れた者が勝者となる。
無論、偶然が重なることや、まぐれが起こることは多々ある。
しかし回数を重ねれば揺らぎは少なくなり、勝敗は実力に収束する。
二勝七敗。
七尾譲治と御剣加奈の戦闘の結果は、紛れもなく彼我の実力の乖離を示していた。
「噂以上の怪物だ」
七度目の敗北を終え、最後の十度目の戦闘を前に、七尾譲治は感心したように呟く。御剣加奈の去年一昨年の大会の結果は理解したつもりだった。しかし、実際に対峙してその強さは想像以上であった。中学生――いや、アマチュア最強の剣士と呼ばれるのも決して大袈裟ではないだろう。
まるで悪い冗談のようだ。
譲治の身長が一七九センチであるのに対し、加奈は一五三センチの小柄な体躯。
譲治の体内魔力量が四七であるのに対し、加奈の魔力は譲治の足元に及ばない八。
譲治の競技歴が八年であるのに対し、加奈は中学から始めて三年足らず。
それ以外にも勝っている点は幾らでもあるのに、産まれる前から譲治は闘って来たのに、それでも加奈に勝てない。
理由はシンプル。
才能。この一言に尽きる。
御剣加奈は七尾譲治と産まれ持ったモノが違うのだ。
無論、譲治も天才と呼ばれる類の少年であった。そうでなければ、魔術決闘の全国大会に出場なんてできないだろう。だが、加奈に与えられた天賦の才は桁が違う。常人から見れば、譲治も加奈も魔術戦闘の天才だろう。しかし、加奈から見れば譲治も常人も似たり寄ったりの魔術師に過ぎない。
神様って奴はくそったれだ。人生は理不尽極まる。
既に二勝七敗。十本勝負である以上、譲治に勝ちの目はない。スポーツマンシップ等と言う、温い考えから与えられた温情で試合を続けさせてもらっているだけ。二人の格付けは既に終わってしまっている。
七尾譲治では、御剣加奈に敵わない。
「こいつは傑作だ」
決して敵わぬ才能の差を目の当たりにして、譲治は何処か愉快そうに吐き捨てる。
不公平で、理不尽で、最初から勝ち目なんて十中八九。
そんな勝負に挑まなければならない不幸を嘆く一方、だからこそ闘う価値があると譲治は考える。分の悪い勝負は嫌いではなかった。形勢は悪い方が良い。
だって――
「だって、燃えるだろう?」
口元だけで譲治が笑い、二〇メートル先の怨敵を見据える。
御剣加奈は一見すれば小さく可憐な少女に見えた。細い肢体は如何にも少女らしい柔らかさを感じさせ、艶のある黒髪は上品さを醸し出す。だが、それは欺瞞だ。少しでも闘争に理解があれば、その立ち姿を見ただけで背中が泡立つ。無慈悲な刃のように鋭く整えられた猛り狂う烈火の攻撃性。譲治に言わせてもらえば、御剣加奈の中身は飢えた狼だ。厄介なことに、その腹は闘争でしか膨らまない。控えめに表現しても、平和な社会に産まれてはいけない類いの人間だろう。
それを裏付けるように、このインターバルの間も加奈の心は少しも闘争から離れてはいない。何度も何度も何度もどうやって譲治を斬り捨てるかをシミュレーションしているのだろう、時々恐ろしいまでの殺気を譲治は覚えた。既に勝敗は決まっていると言うのに、とっくに格付けは終了していると言うのに、油断や慢心は少しも感じられない純粋な闘争心。
「ありがたいね、まだチャンスをくれるなんて」
戦闘狂としか表しようのない加奈の態度。しかし譲治は感謝を覚えずにはいられなかった。万が一にも一本取った後に『消化試合だからと手を抜いていた』なんて言い訳をされたら興醒めだからだ。
既に勝敗は明白。格付けも終わってしまった。
だが、譲治は勝つ気でいた。当たり前だ。同級生にボコボコに負けたまま家に帰れるわけがない。この悔しさはきっと夏休み中忘れないだろう。だから、せめてこの試合は勝って終わる。勝って帰る。そうすれば、少しはマシな気分で眠れるだろう。
そもそも、負けるつもりで戦いに挑む馬鹿が何処にいる?
「この礼は敗北で返したいところだ」
加奈に負けぬ気迫で譲治は歯を見せて狂暴に笑う。
『――第一回戦十本目の準備を開始します』
そうして、運命の十戦目の開始を知らせるアナウンスがかかる。瞬間、周囲の背景が真っ白でだだっ広い殺風景な部屋から、何処か閑静な住宅街へと景色が切り替わった。足場は少々くたびれたアスファルトで、大きな車が楽々にすれ違える車道の端には薄汚れたガードレールが並ぶ。
譲治は加奈から視線を外さず、眼の端で周囲の情報を探る。毒にも薬にもならない戦場だ。現代日本にありふれたスタンダードな市街地ステージは、譲治に有利に働くこともなければ、不利になることもないだろう。
ならば、形勢は以前、加奈へと傾いている。
二〇秒ほどかけてステージの生成が完全に終わると、加奈が滾る闘志と殺意を押し込めるように構えを取った。
御剣加奈は王道の剣士だ。三年に満たない浅い戦歴が、王道以外を必要としない絶対的な女王を作り出した。
袴の道着姿。腰は日本刀を模した最古の術式が『無銘』。足は前後に開き、やや右肩を前傾にして左腰の無銘を相手に見えぬように隠す。突っ込み、叩き切る。シンプルな戦略に特化した構えを取る魔導士は、全国大会に勝ち抜くまでに譲治が幾度となく見て来た基礎中の基礎の構え。が、加奈が構えを取ればそれは必殺へと昇華される。
堂々たる里香の構えを前に、譲治はサブマシンガン型射撃術式であるVXE-67を腕の中に展開して息を呑む。十五にも満たない少女が、既に武の理に達しようとしている。譲治の記憶の中にも、あの若さであそこまで極めて人物などたった一人しか思い浮かばない。勿論、それは自分ではない。
順当に戦えば、順当に御剣加奈が勝つだろう。譲治には嫌と言うほどそれが理解できてしまった。
絶望的な戦力差だ。負けは殆ど確定している。
だが、死ぬ気で戦った奴が生き残り、生きるために逃げ出した奴が死ぬなんて戦場ではありふれて話だろう。死中にこそ見出せる活がある。だからこそ、闘争はやめられない。
「まったく、傑作だ」
VXE-67の銃口を加奈へと向ける。銃身に収まった二七発の魔弾、その全てを有効に活用しなくてはあの女王には届かない。最後の一発、勝負を決める一射への道筋を譲治は楽しそうに組み立てる。
『十回戦を開始してください』
無機質な合成音声の声によって最後の試合の幕が開けた。
「っは!」
先手を取ったのは、先の九試合と同じく加奈であった。獲物が刀の無銘である以上、彼女は二〇メートルを詰めなくてはならないのだから当然の行動だ。
物理的に考えれば、二〇メートルを走る間にサブマシンガンの弾丸が一発も身を掠めないなんてことはまず起こり得ない。
だが。ここは世界唯一の魔術国家日本。
魔力で自身の肉体を再構築する術式――魔装義体の身体能力に物理的な常識は通用しない。魔装義体での戦闘訓練を受けた魔導士にかかれば、二〇メートルと言う距離を踏破するのに二秒と必要ない。
無論、だからと言ってサブマシンガンから放たれる魔弾は依然として無視できない脅威ではある。中でも、サブマシンガン型術式の傑作『VXE-67』は近接戦を好む魔導士との戦闘を意識した、威力と取り回しに特化した術式である。
迫る加奈。加奈譲治はとびすさってトリガーを引いた。九ミリ口径の銃口から眩い術式光と爆音を友に無数の魔弾が飛び出す。相当に練習をしたのだろう。素早く後退する譲治の身体は激しく動いていると言うのに、風を切って進む魔弾の大半が加奈へと襲い掛かる。
このまま魔弾が小さな少女の身体を蹂躙するかと思えたが、無論、加奈とて無策ではない。彼女は自身の正面に一辺が五〇センチ程度の半透明の魔力の障壁を展開する。シンプルにバリアと呼ばれるその術式が、激しい衝撃音と眩い魔術光を迸らせながら譲治の魔弾を受ける。
現役魔導士の中でもトップクラスの譲治の魔力量から放たれる魔弾と、一般人と比べても少ない加奈の魔力量で作られる障壁。どちらがより有利かは説明するまでもない。魔弾を受ける度に障壁はヒビ割れ、砕け、欠けて散り、七発と耐えずに消滅した。
互いにここまでが予定調和。将棋で言えば互いに角の道を開けたようなもの。
バリアが作り出した僅かな猶予、近接側は残る魔弾の軌道を把握して舵を切る。魔弾の被害を抑えながら最短距離を取る道を探し、より効率的な二枚目のバリアを展開する。
対して迎え撃つ射手は、相手の軌道を予測して未来の位置へとトリガーを切る。
高速で行われる刹那の駆け引き。
この攻防の読みに、譲治はそれなりの自負を抱いていた。
が、その自信と言う奴はもう粉々だ。
研ぎ澄まされた刃が如く、加奈の読みは残酷に鋭い。常に譲治よりも一瞬早く最適を看破する。選んだのは魔弾の下。獣のような前傾姿勢で迫り来る魔弾を潜る道を駆ける。
更に、互いの動きを予想する点からも加奈は譲治の上を行く。ただでさえ、細かく床を蹴って歩幅を悟らせないのに、完成された構えとひらひらした道着や袴の裾が加奈の膝や肘の動きを隠してしまう。この極まった芸術と比べれば、最高傑作と名高いVXE-67も児戯に等しい。銃口も、引き金もモロ見えだ。
それでも、譲治は後退を続けて少しでも距離を取りながら銃口をずらして引き金を切る。装填された二十七発の魔弾は残り九つ。たった一発でも無駄には出来ない。
残り八メートル。ここからは決着までは更に早い。
魔弾が加奈の背中の上を通り過ぎる。僅かに道着が削れて魔力が霧散するが、その巧みな足運びに陰りは見えない。そこへ、第二波となる銃撃が届く。瞬時に加奈がバリアを展開。それは先のバリアより一回り小さく、面積を小さくすることで魔力密度を上げて耐久力を上げようと言う涙ぐましいテクニックだ。魔弾の嵐がバリアを叩き、僅かな拮抗の後に打ち砕く。防ぎ切れなかった魔弾が加奈の右肩を抉り、左太腿を削り取る。
魔弾を凌ぎ切った加奈の気配が変わったのを、譲治は背筋に走る悪寒で感じ取る。瞬間、既に加奈は目前にまで迫っていた。腰の無銘は鯉口から僅かに刀身を覗かせており、瞬きの猶予もなく譲治を斬り捨てる――かに思われた。
銃声と閃光。VXE-67が火を吹いた。
流石の天才剣士と言えど、極度の集中状態で魔弾をカウントできるだろうか? 譲治はできない方に賭けた。一発だけ魔弾を銃身に残し、攻め入る瞬間――もっとも防御が疎かになるタイミングで解き放つ。少しでも躊躇すれば加奈の剣閃の方が早く譲治を両断するだろう瞬間に逆転の魔弾が加奈の顔へと突き進む。
「――私はっ!」
譲治が勝利を確信しかけた瞬間、加奈は柄にかかっていた右手を離し、眼前で掲げる。凄まじい反応速度。障壁が間に合わないと判断して、腕を犠牲に延命を試みたのだ。
が、腕が盾になるほどに頑丈であればバリアが生まれることもなかっただろう。右腕はさしたる抵抗もなく破壊され、肘から先が吹き飛ぶ。勢い衰えぬ魔弾はそのまま加奈の顔面へと衝突。首を逸らし直撃を裂けたとは言え、右目が潰れ、右耳が消し飛んだ。
「――負けないんだよなぁ!」
「っ!?」
同時、加奈が左手で左腰の無銘を逆手で抜き放つ。右手を失い、頭部にダメージを受け、大きく体幹が崩れていると言う状態で、身体の捻りを利用しての抜刀斬り。想定を上回る妙技が、VXE-67に魔力を通して再装填を試みる譲治の身体へ叩き込まれる。
「っ!」
右の腰に冷たい刃が切り込む感覚。咄嗟に譲治は体内に高密度のバリアを展開。物質化した魔力にバリアはあまり効果的ではない。が、譲治の埒外の魔力量であれば、無銘の刃を一瞬だけ押し留める耐久性を出力するのは不可能ではない。その僅かな時間があれば、再装填を終えて銃口を加奈の身体に押し付けるにはギリギリ足りる。
「ッゼェア!」
が、相手は御剣加奈。
流石は御剣加奈。
その剣閃を止められるものなし。
譲治の高密度バリアも、背骨も、肋骨も、肩甲骨も、左腰から右肩への進路にある全ての器官が両断され、魔装義体内を巡る魔力が一斉に傷口から噴き出す。
「くそ。強過ぎるだろ」
上半身が下半身の上を滑り落ちるのを止められぬまま、譲治が悔しそうに呟く。
半分になった聴覚で聞こえたその言葉に、半分になった視界で床に落ちた譲治を見下して加奈は獰猛に笑う。
「強過ぎる? 違うね。私は最強なんだよ」
「はっ! そりゃ傑作だ」
こうして七尾譲治は事前の予想通り、順当に三敗目を喫した。
全国中学生魔導決闘大会全国の部一回戦敗退。
ぱっとしない成績で、譲治の中学生最後の公式大会は終わりを迎えた。




