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91. ……バカ

 エリナは音を立てないようにそっとソファの後ろに回り込んだ。そして眠るレオンの肩に手を伸ばす。壊れ物を扱うかのようにそっと、けれど確かに、強く――抱きしめた。


 レオンの体温が伝わってくる。彼の首筋に顔を埋めると、甘いレオンの匂いが鼻をくすぐった。エリナはそれを確かめるように深く、深く息を吸い込んだ。


 瞬間、熱い想いが噴き出してくる。


(……レオンは、私のものよ)


 心の中で声が響く。


(誰にも……渡さない……)


 黒曜石の瞳が炎の光を受けて妖しく輝く。エリナはそっとレオンの頬に顔を近づけた。吐息がかかるほどの近い距離、唇が彼の頬に触れそうなほど――。


(あの日……絶望の底にいた私を見つけて、光をくれた時から……)


 復讐だけを胸に孤独に生きてきて、誰も信じられず誰にも心を開かず、ただ強くなることだけを考えて――そんな自分に初めて温かな手を差し伸べてくれたのがレオンだった。


 黒曜石の瞳がレオンの唇を見つめる。この瞬間だけはレオンは自分だけのものなんだから――。


(ずっと……キミは、私の……)


 すっと唇を近づけていく。


(私だけのレオン……)


 唇が触れようとした瞬間――――。


 パチッ!


 残り少なくなった薪が大きくはぜた。火花が舞い上がり炎が揺れると、エリナはハッと我に返る。


(……駄目、私、何してるの……)


 慌てて体を離す。頬が熱い。心臓が早鐘を打っている。このままでは本当にキスをしてしまう。エリナは深呼吸をして気持ちを落ち着けると、自分の気持ちを誤魔化すかのように大きな声で叫んだ。


「はい! みんなこんなところで何やってるのよ!? 風邪を引くわよ!」


 パシパシと三人の肩を順番に叩いて起こしていく。その手つきは少し乱暴で、自分でも何をしているのか分からなかった。


「んぅ……?」とルナが眠そうに目をこすり、「あと五分……」とシエルが寝ぼけた声で呟き、「むにゃむにゃ……レオン……」とミーシャが何やら寝言を言っている。


 そして――レオンも目を覚ました。ゆっくりと瞼を開けて周囲を見回す。


「あぁ、エリナ……ありがとう」


 その表情にはもう迷いや苦悩の色はなかった。全てが吹っ切れた穏やかな笑顔で、まるで長い夜を越えてようやく朝日を見つけた旅人のような清々しい表情だった。


「……みんな、ありがとう」


 レオンはゆっくりと立ち上がり、少女たちの前に立った。一人一人と真摯に向き合う。


「ルナ」


 名前を呼ばれてルナがビクッと体を震わせる。


「いつも元気をくれて、ありがとう」


 そう言ってレオンはルナを優しく、しかし力強く抱きしめた。


「え? あ、う、うん……」


 予想外の行動にルナの顔が真っ赤になる。レオンの腕の中で小さな体が硬直し、心臓の音がレオンにも聞こえるほど激しく打っている。


「シエル」


 次にレオンはシエルの前に立つ。


「俺を信じてくれて、ありがとう」


 そしてシエルをしっかりと抱きしめた。


「レ、レオン……」


 シエルの碧眼が涙で潤む。彼女はレオンの背中に手を回し、ギュッと強く抱きしめ返した。幸せの涙が一筋、頬を伝って落ちる。


「ミーシャ」


 レオンは次にミーシャの前に立つ。


「素敵なアドバイスを、ありがとう」


 そしてミーシャを優しく抱きしめた。


「あらあら……うふふ……」


 ミーシャは照れくさそうに微笑む。けれどその空色の瞳には涙が浮かんでいた。


(……ずるい、ですわ……こんなの……)


 聖女の仮面が崩れそうになる。本当の自分をさらけ出してしまいそうになる。


 そして最後に、レオンは少し驚いた顔をしているエリナの前に立った。黒曜石の瞳がレオンを見つめている。その瞳には期待と不安と、そして切なさが混在していた。


「エリナ」


 名前を呼ばれてエリナの心臓が跳ねる。


「……みんなを率いてくれて、ありがとう」


 レオンはエリナを抱きしめた。


「え……あ……」


 その温もりにエリナの思考が停止する。レオンの腕の中、彼の体温、彼の心臓の音、彼の全て――。


(……ずるい……)


 涙が溢れそうになる。さっきまでの嫉妬も疎外感も全てが溶けていく。


(こんなの……ずるすぎるわよ……)


 エリナはレオンの背中にそっと手を回し、小さく呟いた。


「……バカ」


 でもその声は優しかった。


 四人の乙女たちは心臓が爆発しそうになるのを感じていた。全員顔を真っ赤にしてその場に固まってしまう。レオンは少し照れくさそうに笑った。


「じゃあ、もう寝よう。おやすみ」


 レオンはニコッと笑うとしっかりとした足取りで自室へと去っていく。その背中はもう迷っていなかった。


 残された四人はしばらくただ呆然と立ち尽くしていた。そして顔を見合わせる。全員頬が真っ赤で目が潤んでいて呼吸が荒い。まるで同じ夢を見ていたかのように、一斉に自分の燃えるように熱い頬を両手で押さえた。



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