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71. 狂月の鴉

 最後にレオンは慎重にあらゆる侵入経路を確認する。何しろ襲撃が計画されているのだ。窓の強度、扉の鍵、扉の熱さ――すべてを念入りにチェックしていった。


(ここなら、守れる)


 レオンは静かに頷いた。


 完璧ではないが、宿屋よりは遥かに安全だ。厚い扉は簡単には破れないし、塀を乗り越えようとすれば、庭の砂利が音を立てて侵入者の存在を知らせてくれる。


 何より、ここなら大切な仲間たちと一緒に暮らせる。


 それが、レオンにとっては一番重要なことだった。



      ◇



「じゃあみんな、ここでいいかな?」


 レオンは少女たちを見回した。


「うん!」


「最高!」


「決まり決まり!」


「よろしくてよ?」


 みんな嬉しそうに答えた。その笑顔が、まぶしいくらいに輝いている。


 レオンは幸せをかみしめながらうなずく。


 ここが、アルカナの新しい拠点になる。


 仲間たちと暮らす、自分たちだけの城。


「では、こちらに決めます!」


「おぉ、ありがとうございます! ではこちらにサインを……」


 おじさんは契約の魔道具を使って契約を表示させ、レオンはサインした。


 魔法の光が契約書を包み込み、レオンの署名が刻まれていく。


「……。これでいい?」


「はい! ご契約ありがとうございます。今この瞬間からご自由にご利用ください。鍵はこちらです」


 おじさんはニコニコしながら、重厚な鍵の束をレオンに渡した。


 その鍵を受け取った瞬間、レオンの胸に温かいものが込み上げてきた。


 これは、ただの鍵ではない。


 仲間たちとの新しい生活の、始まりの象徴だ。


「やったぁ!」


「アルカナのお城だね! ふふっ!」


「夢みたい……」


「飾り付けもやりましょ?」


 女の子たちはキラキラとした笑顔で、石造りの壮麗なお屋敷を見上げた。


 午後の陽光を受けて、白い壁が黄金色に輝いている。まるで、彼女たちの未来を祝福しているかのようだった。


 レオンは、鍵を握りしめながら、静かに誓った。


(この仲間たちを、必ず守る)


 どんな敵が来ようとも。


 どんな困難が待ち受けていようとも。


 仲間たちだけは、絶対に守り抜く。


 それが、リーダーとしての自分の務めだ。


「さあ、入ろう。俺たちの城に」


 レオンが扉を開けると、午後の陽光が差し込み、エントランスを黄金色に染めた。


 少女たちの笑い声が、新しい家に響き渡る。


 アルカナの新しい生活が、今、始まった。



       ◇



 一方、カインたちは――――。


「奴ら、拠点を手に入れただと?!」


 カインは情報屋からの報告書をバン!とテーブルに叩きつけると、神経質に親指の爪を噛んだ。


 安酒場の薄暗い個室。壁には染みが浮かび、天井は煤で黒ずんでいる。酒と汗の臭いが充満する中、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、カインの顔に不気味な陰影を落としていた。


 その碧眼には、狂気じみた憎悪が燃えている。


 報告書には、『アルカナ』が高級住宅街に豪邸を購入したこと、街の人々が彼らを英雄として讃えていること、そして――自分たち『太陽の剣』が「逃げ出した臆病者」と笑い者にされていることが、細かく記されていた。


 一行一行が、カインの心を抉っていく。


「英雄気取り……目障りよね……」


 セリナもキュッと唇をかんだ。その栗色の髪が、苛立ちで揺れる。


 かつて自分が捨てた男が、今では街中の注目を集めている。あの無能だったレオンが、今では伝説の英雄として語られている。


 酒場でも、市場でも、道端でも、人々は『アルカナ』の話をしている。


 そして、その話題の中で、自分たちの名前が出てくることは、もはやなかった。


 その事実が、セリナのプライドをズタズタに引き裂いていた。


(私の選択は、間違っていなかったはず……)


 そう自分に言い聞かせても、現実は残酷だった。カインを選んだ自分は、今や「逃げ出した男の女」として蔑まれている。


「レオンのくせに生意気だ。ぐちゃぐちゃに踏みつぶしてやらんと気が収まらん!」


 カインの声は、憎悪に震えていた。


 爪を噛む指先から、血が滲んでいる。だが、彼はその痛みにすら気づいていなかった。


狂月の鴉(ルナティック・クロウ)に……頼みますか?」


 『太陽の剣』のメンバーで盾役の大男、ガンツがカインを見た。その小さな目には、邪悪な期待が宿っている。


 狂月の鴉(ルナティック・クロウ)――。


 それは、裏社会で恐れられる暗殺者集団だった。金さえ払えば、どんな汚れ仕事でも引き受ける。誘拐、暗殺、略奪――彼らにとって、人の命など虫けら同然。


 表の世界では決して口にされない名前。だが、闇の住人たちの間では、その名は死の代名詞として囁かれていた。


「なるほど……小娘たちをぐちゃぐちゃに犯して再起不能にしてやれば、レオンも目を覚ますだろう。くっくっく」


 カインの口元が、歪んだ笑みを浮かべる。


 もはや、そこには冒険者としての誇りなど、微塵も残っていなかった。あるのは、嫉妬に狂った男の醜い欲望だけ。


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