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63. クズ男に気をつけろ!

「ふんっ!」


 ミーシャは険しい目で鼻を鳴らす。納得はしていないが、とりあえずは収まったようだ。


 静寂が部屋に広がる――。


 さっきまでの楽しい雰囲気は、完全に吹き飛んでしまった。床には投げつけられたパンが転がっている。


 いたたまれなくなったレオンは、深くため息をついて席を立った。


「トイレ行ってくる……」


 よろよろと個室を出ていくレオンの背中には、疲労と諦めが滲んでいた。


 三万の魔物よりも、この少女たちの方がよほど手強い。


 【運命鑑定】もどうしたらいいかは教えてくれないし、手詰まりである。


 レオンは廊下を歩きながら、天を仰いだ。


 英雄になった。


 街を救った。


 仲間を得た。


 だが、その代償として、とんでもない試練を背負い込んでしまったのかもしれない。


 激ラブに落ちた三人の美少女に囲まれる生活――。


 それは夢のようであり、同時に悪夢のようでもあった。



       ◇



 トイレから出てくると、エリナが腕を組み、ムッとした表情で待ち構えていた。


 その黒曜石のような瞳には、明確な不満と、そして――どこか傷ついたような色が浮かんでいる。


「ちょっと、何なのアレ?」


 エリナの声は、低く抑えられていたが、その奥には激しい感情が渦巻いていた。普段のクールな剣士の面影はなく、そこにいるのは感情を持て余している一人の少女だった。


「え? 彼女たちのこと? そんなの僕に聞かれても……」


 レオンは困惑した表情を浮かべる。自分だって被害者なのに、なぜ責められなければならないのか。


「あんた、あの子たちに何したの? 彼女たち男嫌いだったのよ?」


 エリナの声にはいら立ちと疑念がこもっていた。彼女たちはレオンに出会うまでは男に心を閉ざしていたのだ。それが今では、あんなにもレオンに懐いている。


「僕に何ができるって言うんだよ。僕だって困ってんだからさ」


 レオンは両手を広げ、力説する。好感度が限界突破している状況をコントロールできているわけではないのだから。


「【魅了】とか変なスキルで彼女たちの心をいじったんでしょ!」


 エリナは鋭く目を光らせた。


「そんなスキルあったら苦労してないって……」


「どうだか!? ふんっ!」


 エリナはそっぽを向く。黒髪がさらりと揺れた。


「そんな怒ってないでさ、エリナからも何か言ってやってよ」


 レオンは懇願するように言った。


「何て言うのよ? 『この男はクズだから気を付けろ』って?」


「ク、クズぅ? それは言いすぎなんじゃないの?」


 レオンは思わず声が裏返った。


「クズじゃない! 二人からキスされて鼻の下伸ばして……最低!!」


 エリナの声が震えていた。


 それは怒りだけではなく、何か別の感情。自分でもまだ理解しきれていない、複雑な想いが込められていた。


 なぜ、こんなに胸が痛いのだろう。


 なぜ、こんなに腹が立つのだろう。


 レオンが他の女の子にキスされているのを見て、なぜ自分は――。


 しかし、エリナはその感情の正体から目を逸らした。


 レオンは深くため息をつく。


 せっかく女の子たちの覚醒に成功したのに、こんな色恋沙汰で崩壊の危機とか、とても笑えない。


「分かった、分かった。僕からビシッと言ってみるよ」


 レオンはジト目でにらんでくるエリナに気おされながら言った。


「……ふん! ちゃんと収拾してよね?」


 プイッとそっぽを向き、鼻を鳴らすエリナ。


「わかったよ……」


 レオンは大きく息をつくと、個室へと戻っていった――――。



        ◇



 そんなレオンの後姿を眺めながら、廊下に一人残されたエリナは、自分の頬に手を当てた。


 熱い。


 なぜか、頬が熱を帯びている。


(私、何をこんなに怒ってるんだろう……)


 自分でも理解できない感情が、胸の中で渦巻いていた。


 ルナやシエルがレオンにキスしているのを見て――何故か、胸が締め付けられるように痛かったのだ。


 あの瞬間、視界が赤く染まった。


 怒りが、体の奥底から湧き上がってきた。


 なぜ、こんなにも激しく反応してしまったのか。彼女たちとレオンがどうなろうと、自分には関係ないはずなのに。


(まさか、私も……?)


 エリナは慌てて首を振って、そのあってはならない考えを追い払おうとする。


 ありえない。


 絶対に、ありえない。


(私は絶対ほだされたりなんかしないわ! 男なんてクズばっかりなんだから!)


 ぎゅっと両手を握り締めた。


 五年前、村を焼かれた日のことを思い出す。家族を守れなかった無力感。男たちに蹂躙される故郷。あの日から、エリナは男という存在を信じられなくなった。


 だから、レオンも信じない。


 信じてはいけない。


(ダメ! 私がみんなを守らなきゃ!)


 自分に言い聞かせる。


 あの三人が、レオンに傷つけられないように。


 自分が、盾になるのだ。


 それが、最年長としての務めなのだ。




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