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61. 不穏なスタート

「あーあ……。もう、今日はダメね……また新しいメンバー探しましょ?」


 セリナはカインに声をかける。その声には、もはや何の感情も込められていなかった。ただ、次の道具を探すかのような冷淡さだけがある。


「くっそぉ! みんなレオンのクズのせいだ!」


 カインは剣を床に叩きつけ、獣のように吠えた。


 ガンッ! と金属音が響き、ダンジョンの闇に吸い込まれていく。


 かつて輝いていたAランクパーティ『太陽の剣』は、今や見る影もなかった。


 ダンジョン攻略には、単に攻撃力のある剣士がいるだけでは難しい。そういう剣士の力をフルに発揮させる優秀な後方支援があってこそ、上手く回るのだ。


 罠を見抜き、敵の弱点を分析し、最適な戦術を組み立てる。そうした頭脳労働を一手に引き受けていたのが、レオンだった。


 レオンという優秀な羅針盤を失った彼らは、ただ崩壊へと向かっていく。


 だが、カインはそれを認めようとしない。


 認められない。


 あいつは無能だ。役立たずだ。自分の足を引っ張っていただけの、価値のない男だ。


 そう信じ続けなければ、自分の存在意義が崩れてしまう。


 嫉妬と憎悪に歪んだ瞳が、闇の中で鈍く光っていた。



       ◇



 その頃、アルカナの一行はギルドで歴史的快挙の後処理に追われていた。


 ギルドマスターへの報告、詳細なヒアリング、そして報奨金金貨五百枚の受け取り。その後は新聞記者たちに囲まれ、矢継ぎ早に質問を浴びせられた。


 いきなりの英雄扱いに、みんな圧倒されっぱなしである。


 つい数日前まで「落ちこぼれパーティ」と嘲笑されていた者たちが、今や大陸中の注目を集める英雄として扱われている。その変化があまりにも急激で、現実感が追いついてこない。


 なんとかこなしきった頃には、陽は傾いていた。


 ギルドの中にいても、人々は次々と『アルカナ』のメンバーに握手を求め、子供たちは目を輝かせてサインをねだってくる。英雄として迎えられる喜びと同時に、その重圧がレオンの肩にのしかかっていた。


 少し落ち着きが出てきた頃、レオンはメンバーを見回す。


 四人の少女たちも疲れ切っていた。慣れない取材対応と、絶え間ない握手攻めで、みんな目の下に隈ができている。


「お疲れさん! 腹減ったな。お祝いがてら『腹ペコグリフォン亭』でも行くか?」


 ヘトヘトになっている少女たちにレオンが声をかける。


「うん!」

「やったぁ!」

「わーい!」

「いいですわね!」


 その言葉を聞いた瞬間、みんなの瞳がキラリと輝いた。疲労が吹き飛んだかのように、顔に生気が戻っていく。



        ◇



 店に入ると、おかみさんは上機嫌で迎えてくれた。


「まあまあ、英雄様たちじゃありませんか! いらっしゃいませ!」


 その声は店中に響き渡り、他の客たちも振り返って『アルカナ』を見つめた。だが、おかみさんは素早く一行を奥の個室へと案内してくれた。前回、酔っ払いに絡まれたことを覚えていてくれたのだろう。


「英雄様たちのために、特別に一番いい部屋を用意しましたよ!」


 おかみさんの笑顔が、心から嬉しそうだった。彼女にとっても、『アルカナ』は文字通りの命の恩人なのだ。


「よーし、食うぞー!」


「わーい、肉、肉ぅ!」「お腹すいたー!」「たくさん食べちゃおっと!」「食べますわよぉ!」


 席に着く際、ルナがちゃっかりレオンの隣に席を取る。馬車での失敗を繰り返すまいと、その動きは素早かった。小柄な体を滑り込ませ、満足げに椅子に収まる。


「あっ!」


 シエルも負けじとレオンの隣に滑り込んだ。銀髪がふわりと揺れ、勝ち誇った笑みが浮かぶ。


 タッチの差で座り損ねたミーシャは、ギリッと奥歯を鳴らす。空色の瞳が、二人を睨みつけている。


「なんで勝手に座んのよ!」


「早い者勝ちデース!」


「普通そうよね?」


 ルナとシエルが勝ち誇る。二人の表情には、隠しきれない優越感が浮かんでいた。


「ずるーい!」


 膨れるミーシャ。その頬は怒りで赤く染まり、聖女の仮面などどこかに吹き飛んでしまっている。


「ほら、向かいの席が空いてるよ? ね?」


 レオンはうんざりしながら声をかける。もはや諦めの境地だった。この少女たちの争いを止めることは、三万の魔物を倒すより難しいのかもしれない。



       ◇



 不穏なスタートになってしまったが、一応お祝いの席である。せっかくなのでみんなでエールを頼んだ。


 この国ではアルコールは十六歳から飲める。かなり高価なので普段はなかなか手が出ないが、今日は特別な日である。そう、自分たちは英雄なのだ。金貨五百枚の報奨金だって手に入った。少しくらい贅沢しても罰は当たらないだろう。


「よーし、じゃぁ乾杯するぞ! アルカナにーーカンパーイ!」


「カンパーイ!」

「ヨイショー!」

「イェーイ!」

「乾杯!」


 五つのジョッキがぶつかり合い、軽やかな音を立てる。みんな一気にジョッキを傾けた。


 琥珀色の液体が、喉を通っていく。その苦みと爽快感が、疲れた身体に染み渡っていった。命懸けの戦いを乗り越え、凱旋した後の一杯は格別の味がした。



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