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57. 神々の戦い

「やーだっ!」


 ルナの声は、完全に駄々っ子のそれだった。普段のツンデレはどこへやら、今の彼女はただの甘えたがりの少女だった。


「離れなさいよ!」

「このぉぉぉ!」


「止めてぇぇ!」


 二人の怒りのこもった腕力に引き剥がされそうになったルナは、杖の先をガン!と床に叩きつけた。


 瞬間、彼女の全身に赤い魔力が纏わりつく。


 ゴォッ! と炎の気配が膨れ上がる。馬車の中の温度が、一気に上昇した。


「うわぁ! 何すんだよ!」


 熱をモロに浴びてレオンは焦った。このままではシャレにならない。服が焦げる程度ならまだしも、馬車ごと燃えてしまったらどうするのか。


「バカ! 何考えてんのよっ!?」


 今度はミーシャがロッドをガン!と叩きつけ、黄金色の光を放った。


 聖なる魔力が、炎の魔力と激突する。


「うわぁ!」

「ひぃぃぃ!」


 もはや大陸トップクラスとなった二つの魔力がぶつかり合い、馬車の中が眩い光に包まれる。赤と金が入り混じり、まるで天界で神々が戦っているかのような光景だった。


 馬車が激しく揺れ、御者が悲鳴を上げ、馬がいななく。


「ちょっと! あんたたち何やってんの!」


 光り輝く馬車に驚いてエリナが中をのぞき、怒鳴った。


 黒曜石のような瞳には、呆れを通り越して凄まじい怒りが宿っている。昨日、Sランクの魔物を斬り伏せた剣士の眼光が、三人を射抜いた。


「ルナが!」

「ミーシャが!」

「ちょっと降りて!」

「もぉぉぉ!」


 阿鼻叫喚だった。


 少女たちの叫び声が馬車の中で反響し、外にまで響き渡る。見送りに来ていた兵士たちが、唖然とした表情で乱痴気騒ぎを見つめていた。


 三万の魔物を灰に変えた伝説の一団が、馬車の席順で大喧嘩している。


 その光景は、ある意味で、戦場よりも壮絶だった。


 しばらく痴話げんかのような醜い言葉の応酬が続き、結局レオンは床に追いやられた。


 渋い顔で床に座るレオン。


 席には二人ずつ座ることで、ようやく落ち着いたのだ。


「ふん!」

「もぉ!」

「へんだ!」


 三人の少女たちは不満そうにそっぽを向いた。その表情は、まるですねた子猫たちのように見える。頬を膨らませ、腕を組み、窓の外を睨みつけている。


 こんなことで揉めていなければ、文句なしに可愛い少女たちなのだが。


 馬車はそんな一行を乗せて動き出す――――。


 はぁ……。


 レオンは床の振動をお尻にモロに受けながら、深いため息をついた。


 お尻が痛い。腰も痛い。そして何より、心が疲れた。


 馬車の席一つで、なぜここまでもめるのか? ほとほと疲れ果ててしまう。


 だが、これだけ揉めれば好感度はずいぶんと下がったに違いない。怒りをぶつけ合えば、熱も冷めるだろう。そのうち落ち着くはずだ。


 そう思って、レオンは少しだけ安堵した。


 ピロン! 


 その時、脳裏にメッセージが浮かんだ。


【スキルメッセージ】

【好感度状況】

 ミーシャ:120→150【激ラブ】※危険水準

 ルナ:115→150【激ラブ】※危険水準

 シエル:120→150【激ラブ】※危険水準

 エリナ:85→70【軽蔑】



「……は?」


 レオンは思わず目を疑った。


 あれだけ揉めて、なぜ危険水準にまで好感度が上がっているのだろうか?


 いや、待て。


 冷静に考えてみれば、他の人が欲しいものは、もっともっと欲しくなる――つまり、争えば争うほど、その想いは燃え上がるのではないか?


 恋敵がいれば、負けたくないと思う。


 誰かに取られそうになれば、もっと欲しくなる。


 つまり、この三人は今、互いを刺激し合って、どんどん想いを加速させているのだ。


 これは……まずい。


 非常にまずい。


 レオンは限りなく重いため息をついて顔を覆った。


 唯一の救いは、エリナだけが冷静な反応を示していることだった。好感度が70に下がり、【軽蔑】の文字が浮かんでいる。おそらく、この騒ぎを見て「なにやってんだ、こいつら」と呆れているのだろう。


 ある意味、それが正常な反応だ。


 エリナもこの恋愛バトルに参戦してきたらとてもじゃないが維持できない。ここはエリナの理性に感謝せねばならないだろう。


 だが、三人でも【激ラブ】で【危険水準】という状況は、どう考えてもまずい。


 三万の魔物を倒すよりも、この少女たちを御する方がよほど難しいかもしれない――そんな絶望的な予感が、彼の胸をよぎった。


 馬車は、英雄たちを乗せて、街へと向かっていく。


 罰ゲームのように床に座らされたリーダーが、三人の美少女に取り合われて困惑している。


 それはそれで、一つの英雄譚なのかもしれない。


 ただし、歴史書には決して載らない類の。



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