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56. 燃えるバトルオーラ

 翌朝――――。


 アルカナ一行は特別に馬車でクーベルノーツの街へと送ってもらうことになった。


 砦の兵士たちが見送りに出てきたが、その視線には感謝と畏怖が入り混じって微妙な空気が漂っていた。


 人々の心は複雑だ。


 救われた感謝と、圧倒的な力への恐怖。その二つの感情が、彼らの中でせめぎ合っているのだろう。


「さぁて、帰りますかぁ」


 レオンはやれやれと言った感じで馬車に乗り込んだ。


 火傷を負いながら命懸けのミッションをこなし、少女たちの甘えに翻弄され、昨夜も悶々としてあまり寝られずなかった。


 ようやく一息つける――そう思っていた彼の期待は、すぐに粉々に砕け散ることになる。


 三人掛けのシートが向かい合っている馬車の中、レオンは奥の席に座った。窓際の席で、流れる景色でも眺めながらゆっくり休もう。そんな慎ましい願いを抱きながら。


「じゃぁ私はここ! ふふっ」


 シエルはすかさずレオンの隣に滑り込むように座り込んだ。


 その動きは猫のように俊敏で、昨日まで控えめだった少女とは思えない見事な先制攻撃。


 銀髪が揺れ、ふわりと甘い香りが漂う。シエルは満足げに微笑みながら、さりげなくレオンに身を寄せた。


 しかし、そんなことが見逃されるような状況ではないのだ。


「ちょーーっと待ったぁぁぁ!!」


 ものすごい剣幕でミーシャが乗り込んできた。


 普段の穏やかな聖女の面影はどこにもない。空色の瞳には、明確な闘志(バトルオーラ)が燃えていた。金髪のツーサイドアップが、怒りで逆立っているようにさえ見える。


「あなた、何をちゃっかりレオンの隣に座っていらっしゃるの?」


 ミーシャの声は、表面上は丁寧だが、その奥には鋭い刃が隠されていた。「あらあら、うふふ」の仮面など、とうに吹き飛んでいる。


「あら、どこ座ったって自由でしょ?」


 普段控えめなシエルが、珍しくミーシャに真っ向から挑んだ。碧眼が意思の強さを示すように輝いている。


 昨日までなら、こんな風に言い返すことなどできなかっただろう。だが、レオンに「守る」と約束してもらった今の彼女には、もう何も恐れるものはなかった。


 この席は、絶対に譲らない。


「私にはレオンとお話しすることがたくさんあるの! ちょっとどいてくださる?」


 ミーシャは聖女の微笑みを浮かべながらも、その言葉には有無を言わさぬ圧力が込められていた。背後に黄金色の怒りのオーラが揺らめいているように見えるのは、気のせいだろうか。


「嫌だと言ったら?」


 シエルは一歩も引かない。むしろ、挑発するように顎を上げた。


 二人の間で、見えない火花が散る。


 馬車の中の空気が、一気に張り詰めていく。


 レオンは二人の火花(スパーク)散る視線に冷や汗を流した。


 これは、まずい。


 非常にまずい。


 このままでは、馬車が出発する前に血を見ることになりかねない。


「あぁ、じゃあ、僕が真ん中になるからさ? これでいいだろ?」


 レオンは半ば強引にシエルと一緒に座席をずれた。自分が真ん中に座れば、少なくとも二人が直接対峙することは避けられる。


「ふんっ!」


 ミーシャはシエルをジト目でにらみつけながら、空いたレオンの隣に座った。その表情には闘志が浮かんだままだ。


 『一旦は引くが、終わったわけではない』とでもいうような――。


「あぁっ! ずるーい!」


 乗り込んできたルナがその配置を見るや、悔しさに顔を真っ赤にして叫んだ。


 緋色の瞳が、怒りと悔しさで潤んでいる。小さな拳がぎゅっと握りしめられ、全身から「やられた!」という叫びが聞こえてくるようだった。


「まぁ、早い者勝ちですわ。ふふっ」


 ミーシャは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「あーーっそう! じゃあ、あたしはココ!」


 ルナはいたずらっ子の笑みを浮かべると、レオンの膝の上にちょこんと座った。


 まるで当然のことのように。


「は?」

「へ?」

「おほぉ!?」


 一瞬、車内が凍り付く。


 レオンは太ももに伝わる柔らかなお尻の感触に、思わずクラクラしてしまう。小柄とはいえ、十六歳の少女の体重が、確かにそこにあった。


 そしてその体温も。


「あんた何してんのよ!」

「それは無いわ!」

「ルナ! 悪いけど降りてくれる?」


 三人の叫び声が、同時に響きわたる。馬車の中が、一瞬にして修羅場と化した。


「だって、空いてないんだモーン!」


 ルナは悪びれもせず、レオンに背中をあずけていく。


 ふわっと香る華やかな女の子の香り。火の魔力を宿す少女特有の、どこか甘く熱を帯びた香りが、レオンの鼻腔をくすぐる。頭の中が真っ白になった。


 これは、まずい。


 非常にまずい。


 別の意味で、まずい。


「ダメ!」

「アウト!」


 ミーシャとシエルは力を込めてルナを引きはがそうとする。だが、ルナは必死にレオンにしがみついて離れようとしない。


 小さな体のどこにそんな力があるのか、二人がかりでも引き剥がせない。



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