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50. ゾーン

 オーガジェネラルはSランクに分類される魔物。通常であればSランクパーティが完璧なチームプレーで対応すべき敵なのだ。とてもこんな砦の兵士部隊でどうこうできる話ではないし、本来新人の自分には出番などないはずだった。


 しかし――。


『エリナ、君は剣聖になれる』


 レオンに初めて会った時に言われた言葉が、魂の奥で響き続ける。


 あの日、路地裏でうずくまっていた自分に、彼は真っ直ぐな瞳で告げた。


『君の中には、剣聖の才能が眠っている。僕にはそれが見える』


 信じられなかった。自分なんかに、そんな才能があるはずがない。村を守れなかった。家族を守れなかった。冒険者としても何もできてなかった自分に、そんな才能などあるはずがない。


 でも、レオンは諦めなかった。


『過去は変えられない。でも、未来は変えられる。君が望むなら、僕が君を最強の剣士にしてみせる』


 あの言葉を信じて、ここまで来た。


 そう、自分は未来を見えるレオンに【剣聖になれる】と言われているのだ。そして『エリナがボスを倒す』と送り出されていた。


 運命は【勝利】を示している。


 しかし――――。


 果たしてその運命はどうつかんだらいいものか、皆目見当がつかない。目の前の巨大な敵を見ていると、自信が揺らいでしまう。


「レオン……。信じていいん……だよね……」


 エリナは剣の柄を握り締め、ギリッと奥歯を鳴らした。震える心を、必死に奮い立たせる。


 脳裏に浮かぶのは、穏やかに微笑むレオンの顔。戦闘力ゼロなのに、誰よりも勇敢に仲間を守ろうとする、あの背中。


(信じる……私は、レオンを信じる……)



        ◇



 ブラッドは兵たちに弓を構えさせていた。


「てーーっ!」


 ブラッドの号令に、弓兵たちがオーガジェネラルに向けて一斉射撃を行う。だが、矢は鋼鉄のような筋肉に弾かれ、カランカランと虚しい音を立てて地に落ちるだけだった。まるで、小石を投げつけているようなものだ。


「くぅっ! 化け物め……」


 あまりにも非常識な強さに、歴戦の勇士であるブラッドすら顔をしかめる。


 オーガジェネラルは邪魔な魔物を吹き飛ばしながら、一気に前線へと迫る。その歩みは、止められない雪崩のようだった。大地が一歩ごとに震え、空気すらも恐怖で震えているかのようだった。


「来い! バケモン!」


 ブラッドが勇敢にもオーガジェネラルと対峙する。だが、振り下ろされる棍棒は、まるでビルの上から落ちてくる鉄骨のような破壊力だった。避けるので精一杯で、反撃の隙すら見つからない。


「ゴミ……シネィ! ウガァァァ!」


 知性の欠片もない咆哮と共に、オーガジェネラルは巨大な棍棒をブンブンと振り回す。その風圧だけで、小石が弾丸のように飛び散る。ブラッドは近づくことすらできない。


「くぅっ!」


 ドガン! ドガン! と地響きを立てながら次々と撃ちつけてくる棍棒。こんなものに剣を当てても砕かれてしまうだけだろう。


 ブラッドは棍棒の軌道を巧みに読み、ギリギリで避けながらチャンスを待った。しかし、そのチャンスは一向に訪れない。圧倒的な力の差が、両者の間に横たわっていた。


「コザカシイ!」


 そんなブラッドにイラついたオーガジェネラルが、大きく横薙ぎを放つ。


 その時だった。


 なんとかギリギリで避けたブラッドは、チラリと脇で戦況を見守っているエリナに視線を送った――――。


 言葉なき意思疎通。視線が交錯した瞬間、エリナはうなずいた。


 事前のブリーフィングで二人はレオンに言われていたのだ。


『ボスを倒せるタイミングは一瞬、その一回だけ。その時が来たら躊躇せずに行ってください』


 大振りのオーガジェネラルには一瞬隙ができている。ブラッドはこれこそがレオンに言われたタイミングだと確信した。そこに全てを懸ける。


 直後、ブラッドはオーガジェネラルの懐へと一気に突っ込んでいく。


 しかし、思ったより早くオーガジェネラルは体勢を立て直していた――――。


「バカメ!」


 オーガジェネラルがブラッド目がけて棍棒を振り下ろそうとした、まさにその瞬間。


 その視界の端に、黒い影が映った。


 脇から突っ込んでくるエリナの姿だった――――。


「クッ!」


 もう棍棒では間に合わない。オーガジェネラルは慌てて巨大な足をブン! と振り、蹴りを放つ。


 だが――。


 三万体分の経験値で潜在能力を開花させたエリナは、ゾーンに入っていた。


(見える……)


 オーガジェネラルの動きが、まるでスローモーションのように見える。筋肉の収縮、重心の移動、蹴りの軌道。全てが完全にイメージできていた。


 これが、レオンの言っていた【剣聖】の境地なのだろうか。


 時間が引き伸ばされたような感覚の中、エリナは冷静に最適な軌道を選び取る。


 地を這う蛇のようにスライディングで蹴りをかわしたエリナは、そのまま巨体の股をくぐり抜けながら、一気に太腿を斬り裂いた――。


 ズバッ!


 赤い剣が、鋼鉄の筋肉を紙のように切り裂く。緑の血飛沫が、朝日を受けて宝石のように輝いた。


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