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47. アポカリプス

 そのころ(ふもと)では――――。


 兵士も魔物も、突如として天を貫いた黒煙を見上げていた。


 それはまるで冥府から伸びた柱のようだった。噴煙が数千メートルの高さまで立ち昇り、朝日を完全に遮っていく。世界が一瞬にして薄暮に包まれ、まるで神が昼と夜の境界を消し去ったかのような、不吉な薄闇が大地を覆った。


 吹き飛んだ灼熱の岩石と火山灰が混じり合い、重力に引かれて崩落を始める。それは時速数百キロメートルで谷を駆け下り、摂氏八百度の地獄の濁流となった。


 火砕流――――。


 触れた瞬間に全てを炭化させる、究極の死の津波。


 魔物たちが異変に気づいた時には、もう手遅れだった。


「フゴォ!?」


 巨大な大鬼(オーク)が、信じられないという顔で山を見上げる。血走った瞳に映るのは、煙を噴き上げながら迫ってくる灰色の津波。それは死そのものが形を成したかのような、逃れようのない死神の姿だった。


「ンゴォ! ンゴォ!」

「グワォ! グォッグォッ!」


 パニックが、瞬時に三万の軍勢を飲み込んだ。


 小鬼(ゴブリン)が転び、オークが踏みつけ、巨人(トロール)が仲間を押しのけて逃げようとする。つい先ほどまで統率の取れた軍勢だったものが、今や阿鼻叫喚の群れと化していた。


 だが――。


 時速数百キロの死神から、逃れる術などあるはずもなかった。


 ブギィィィ! ギョワァァァ!


 灼熱の奔流が、全てを飲み込んだ。


 触れた瞬間に肉が炭化し、次の瞬間には骨が灰になる。そして最後には、存在そのものがこの世界から消滅していく。三万の軍勢が、まるで朝露が太陽に消えるように、一瞬で無に帰していった。


 オークの巨体も、ゴブリンの群れも、トロールの怪力も、全てが等しく塵となった。


 谷全体が、灰色の墓場と化す――――。


 かつて多くの実りをもたらした豊かな大地は、今や月面のような荒涼とした風景に変わり果てていた。緑の木々も、流れる川も、咲き誇る花々も、全てが灰に埋もれて消えていく。生命の気配は完全に消え去り、あるのはただ、死の静寂だけだった。



     ◇



 砦の城壁の上――――。


 三百の兵士たちは、その光景を呆然と見つめていた。誰一人として言葉を発することができず、ただ目の前で起きた惨劇に、魂を奪われたように立ち尽くしている。


「こ、これは……」


 老兵の震え声が、ようやく静寂を破った。五十年以上戦場を生き抜いてきた歴戦の勇士が、魔物の襲来以上の恐怖に震えていた。


「これが神の……怒りか……」


 別の兵士が、恐怖で膝をついた。手から武器が滑り落ち、カランという虚しい音を立てる。


「いや、悪魔の蹂躙だ……」


 誰かがそう呟く。


 確かに敵は滅んだ。三万の脅威は消え去った。自分たちは勝利したのだ。しかし、誰の顔にも勝利の喜びはなかった。あるのはただ、底知れぬ恐怖と、言いようのない虚無感だけ。


「人間が、こんなことを……?」


 司令官ガルバンも、言葉を失っていた。


 五十年の戦歴で、数多の死を見てきた。剣で斬られる者、矢に射抜かれる者、魔法で焼かれる者。戦場の死には、常に何かしらの意味があった。勝者と敗者がいて、生き残る者と散る者がいて、それぞれの物語があった。


 だが、これは違う。


 これは戦いではない。これは殺戮ですらない。これは――抹消だ。


 存在そのものを、一瞬でこの世から消し去る行為。そこには敵意も憎しみも、戦いの作法すらもない。ただ圧倒的な力が、全てを無に帰しただけ。


「まずい……まずいぞ……」


 ガルバンの額に、冷や汗が流れる。革鎧の下で、心臓が早鐘のように打っていた。


 もし、この力が自分たちに向けられたら? もし、レオンたちが敵に回ったら? もし、この力を持つ者が、いつか人類の脅威となったら?


 そんな思考が、頭の中をぐるぐると回り続ける。


「レオン殿は……一体、何者なのだ……」


 誰も答えられなかった。答えを持っている者など、この場には一人もいない。ただ灰に覆われた谷を見つめるばかりだった。



     ◇



 つい先ほどまで、三万の魔物で黒く染まっていた大地が、今や灰色の荒野と化していた。


 風が吹く。


 灰が舞い上がり、亡霊のように空を漂っていく。その灰の一粒一粒が、かつて生きていた魔物の残骸だった。彼らにもそれぞれ想いがあったのかもしれない。だがそれら全てが等しく灰となって、風に散っていく。


 誰かが呟いた。


「これは――終末(アポカリプス)だ」


 その声は恐怖で震え、言葉というよりは祈りのようだった。


 不気味な静寂が、世界を包み込む。鳥のさえずりも、虫の羽音も、風の音すらも消え去ったかのような、完璧な沈黙。それは死者たちへの黙祷のようでもあり、生き残った者たちへの呪詛のようでもあった。



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