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42. 肉の焼ける音

「本当さ、僕を信じて……」


 レオンはそっとルナをハグした。


「!? な、なに……!」


 ルナの顔が真っ赤に染まる。だが、次の瞬間、不思議な感覚に包まれた。


 暖かい――。


 安心する――。


 そして何より――魔力が穏やかに流れ始めている。


 レオンの腕の中は、どうしてこんなにも安心するのだろう。


 戦闘力ゼロの、ひ弱な軍師。剣も振れない、魔法も使えない。それなのに、この腕の中にいると、世界中の何からも守られているような気持ちになる。


「レオン……」


 涙が、止まらない。でも、今度は恐怖の涙じゃない。


 信じてくれる人がいる。


 支えてくれる人がいる。


 自分を、必要としてくれる人がいる。


(私は……一人じゃない)


 初めて、心の底からそう思えた。


「……うん。やる。私、やってみる!」


 ルナが決意を固めた瞬間、彼女の全身から紅蓮の魔力が立ち上った。


「ありがとう……」


 レオンはにっこりとほほ笑んだ。まるで、全て分かってたとでも言うように。


「やってみる。みんなのために……やってみる!」


 ルナはグッと気合を込めると、噴気孔の方へと杖をブンと振った――――。


 杖の先端に埋め込まれた紅玉(ルビー)が、彼女の決意に応えるように真紅の輝きを放ち始める。


「我が内なる力よ、今こそ目覚めよ――封印解除(ラグナ・リベレイト)!」


 瞬間、小さな体から信じられないほどの魔力が噴出する。


 大気が歪み、大地が震える。


 周囲の温度が、一気に上昇する。


「こ、これは……」


 ミーシャが息を呑む。これほどの魔力を、こんな小さな少女が秘めていたとは。


紅蓮(ぐれん)の龍よ――」


 魔力が渦を巻き、炎の粒子が激しく踊り始める。まるで、太陽の欠片が地上に降りてきたかのような、圧倒的な熱量。


咆哮(ほうこう)せよ!」


 グォォォォォォ!


 深紅の炎が湧き出して、巨大な龍の形を成して天に昇る。


 全長三十メートルを超える炎の龍が、薄明の空を真昼のように照らし出した。その威容は、まるで神話の時代から蘇った古代龍のよう。


「す、凄い……これが、ルナの本当の力……」


 ミーシャが畏怖の念を込めて呟く。


 ルナ自身も、自分の生み出した炎龍の姿に息を呑む。いままで龍の形を取ったことなどなかったのだ。


 これが、私の力。


 これが、私の中に眠っていたもの。


 美しい、と思った。同時に、恐ろしい、とも。


 直後――。


「あ、あれ? ちょ、ちょっと待って……」


 炎龍が制御を離れ、狂ったように暴れ始める。灼熱の尾が岩壁を溶かし、炎の息が大気を焼き尽くしていく――――。


「こ、このぉ! 言うこと……聞きなさいって……」


 ルナが必死に杖を振るうが――――。


「ダメ! 言うことを聞かない!」


 炎龍はあちらこちらに飛びまわり、その暴走は激しさを増していく。


(また……また同じことが起きてる……!)


 あの日の悪夢が、鮮やかに蘇る。


 制御を失った炎。逃げ惑う人々。親友の悲鳴。


「やっぱり無理だったのよぉぉぉ!」


 絶望の叫びが、火山に響き渡る。


 炎龍が、ゆっくりと首をもたげる。その瞳が、三人を見下ろす。まるで、創造主である少女すらも焼き尽くそうとするかのように。


「みんな、逃げて! 私から離れて!」


 ルナが涙声で叫ぶ。


(お願い……私のせいで、もう誰も傷つけたくない……!)


 しかし、レオンは一歩も動かなかった。


 むしろ、ルナに向かって歩み寄る。


「レオン!? 何してるの! 死んじゃう!」


「大丈夫だ」


 レオンは微笑む。その表情に恐怖はない。


「君を、信じてるから」


 その言葉に、ルナの心臓が大きく跳ねた。


(信じてる……? こんな、暴走してる私を……?)


 その時――。


 レオンがすっとルナの背後に回り込み、優しく後ろから抱きしめた。


「大丈夫……落ち着いて……君なら、できる」


 ジュゥゥゥ!


 ルナの全身から溢れ出す炎の魔力が、容赦なくレオンの肌を焼く。服が焦げ、皮膚が赤く腫れ上がっていく。焼けた肉の匂いが、硫黄の臭気と混じり合う。


「えっ!? ダメっ! 離れて!」


 ルナがパニックに陥る。振り返ろうとするが、レオンの腕がしっかりと彼女を支えている。


「レオンが焼けちゃう! 死んじゃう!」


 あの日と同じだ。


 また、大切な人を傷つけてしまう。


 また、自分の力で、誰かを――。


「大丈夫だ」


 レオンは激痛に顔を歪めながらも、決して手を離さない。額から汗が滝のように流れ、それすらも蒸発していく。


「ルナ、君は炎龍を操れる。焦らず、ゆっくりと……心を鎮めて」


「やってるけど、言うこと聞かないのよぉ!」


 涙と汗で顔がぐしゃぐしゃになりながら、ルナは必死に杖を振るう。


「深呼吸してごらん……本当の自分を取り戻そう……」


 ジュゥゥゥ……。


 肉の焼ける音が、より一層激しくなる。レオンの腕は、もはや真っ赤に腫れ上がっている。



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