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34. 狂気の計画

 こうして、パーティ『アルカナ』は、伝説への第一歩を踏み出した。


 後世の歴史書には、こう記されている。


『クーベルノーツの奇跡』


『奇跡の五人』


『運命を覆した者たち』


 様々な呼び名で、彼らは語り継がれることになる。


 だが、この朝の彼らは、ただの若者だった。


 怯えながらも、笑い。


 震えながらも、前に進み。


 泣きながらも、仲間を信じる。


 ただの、若者。


 もちろん特別なスキルはあったが、そんなのは安全の保障にはなっていなかった。


 死が待つ地平線に向かって、五人の影が長く伸びていく。


 朝日に照らされて、その影は巨人のように大きかった。


 やがて、その影は大陸全土を覆う、巨大な伝説となる。


 でも、それはまだ先の話。


 今はただ五人の若者が、戦場へと歩いていく。


 運命に抗うために。


 『アルカナ』の伝説は、こうして始まったのだった。



     ◇



 辺境の砦「ストーンウォール」。


 千年の歴史を刻む人間界最後の防壁。幾多の魔物の波を砕いてきた不落の要塞。


 だが今、その堅牢な石壁は、生きた棺となっていた。


 中庭で、若い兵士が震える手で羽根ペンを握る。


「母さん、俺はここで――」


 インクが涙で滲み、言葉が紙に染み込んでいく。書き終えることのない、最後の手紙。


 武器庫では、白髪の老兵が無言で槍を磨いていた。


「五十年、共に戦った相棒よ。最後も一緒だ」


 錆一つない刃が、虚しく松明の光を反射する。それは死出の旅の準備だった。


 三万、対、三百――――。


 百倍の絶望が、砦を押し潰そうとしていた――。



       ◇



砦の裏口。


 普段は使われない、秘密の小さな扉。


 苔むした石壁に隠れるようにして、ひっそりと存在している。


 ギィィ……。


 その扉が、軋みながら開いた。


「援軍に来ました!」


 レオンの明るい声が、死の静寂を切り裂いた。


 【運命鑑定】が示した奇跡のルート。魔物の群れを巧妙に避け、罠を回避し、不可能を可能にしてここまでたどり着いた五人。


 門番の兵士が振り返る。その瞳に、一瞬――本当に一瞬だけ、希望の火が灯った。


 だが――。


「へ?」


 希望は、瞬く間に絶望へと変わる。


「たったの……五人?」


 声が震える。まるで、最後の藁をも失った溺れる者のように。


「しかも、素人装備の……子供じゃないか……」


 膝から力が抜ける。槍が、カランと石畳に落ちた。


「俺たちは、見捨てられたんだ」


 誰かが呟く。その声は、墓場から聞こえる死者の囁きのよう。


 中庭に集まっていた兵士たちが、死んだ魚のような目で五人を見る。


 視線は虚無へと沈んでいく。まるで、五人など最初から存在しなかったかのように。


「おい、聞いたか? 援軍は子供五人だってよ」


「ははっ……最高の冗談だな」


 乾いた笑い声が響く。それは笑いではなく、絶望の悲鳴だった。



      ◇



 砦のタワー上部。千年の歴史を刻む石造りの作戦室に、五人は通された。


 巨大な地図が広げられた円卓。その上に散らばる敵を示す黒いマーカーは、まるで死神が撒いた種のように、おぞましく辺りを覆い尽くしていた。


 司令官ガルバン・アイアンハート。


 顔に刻まれた無数の傷跡は生き延びた戦いの証だった。だが今、その瞳には諦めの色が濃い。


「聞いていると思うが……敵は三万以上。我が軍は三百」


 肩を落とし、自嘲的に笑う。


「これは戦いではない。虐殺……かもな?」


 鋭い眼光がレオンを射抜く。まるで「お前に何ができる」と問いかけるように。


 しかし――。


「司令官殿、作戦があります」


 レオンが、朝の散歩でも提案するかのような軽やかさで告げた。


「この谷の上流にある火山を、僕らが噴火させます」


「は?」

「へ?」

「な、何を……?」


 部屋の空気が凍りついた――――。


 幹部たちはお互いの顔を見合わせ困惑している。


 この地の火山が最後に目覚めたのは、三百年前。今は深い眠りについている。


「ちょうど魔物たちは谷となってる川沿いの集落に集結しています」


 レオンが地図を指差す。


「火砕流がそこを一気に流れ下り、焼き尽くします」


 ガン! ガルバンの鉄拳が地図を粉砕した。マーカーが飛び散り、まるで砕け散った理性のように床を転がる。


「貴様!」


 咆哮が、石壁を震わせた。


「気でも狂ったか!」


 五十年の戦歴で培った威圧感が、部屋全体を満たす。


「神にでもなったつもりか!」

「子供の妄想だ!」

「出て行け、狂人め!」


 幹部たちの怒号が津波のように押し寄せる。


 非難と罵声が、五人を取り囲む。


 だが――。


 レオンは微動だにしない。


 嵐の中の巨岩のように、ただ静かに微笑んでいる。


 その翠色の瞳には、一片の動揺もなかった。




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