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114. プロトコル・チャーリー

 市場に着くと、そこは既に活気に満ちていた。


「新鮮な魚だよ!」「とれたて野菜はいかがですかー!」「焼きたてのパン、安いよー!」


 商人たちの掛け声が飛び交い、色とりどりの商品が並んでいる。果物、野菜、肉、パン、布、道具。ありとあらゆるものがここにあった。


「すごい……こんなに賑やかなのね」


 シエルが目を輝かせた。


「ああ、朝市はいつもこうだ」


 レオンが笑う。二人はまだ手を繋いだまま、市場の中を歩いていく。まず野菜の店へ。レオンがトマトを手に取り、シエルが頷く。次は肉屋へ。店主が笑顔で豚肉を勧めてくる。パン屋では焼きたてのパンの香りが漂い、シエルが「いい匂い……お腹空いちゃった」と目を細める。


 レオンがパンを買い、まだ温かいそれを二人で分けて食べる。


「美味しい……」


 シエルが幸せそうに呟いた。こんな何でもない日常。けれどそれが、たまらなく幸せだった。


 買い物を終えて、二人は市場の端にある噴水の前で休憩する。ベンチに座り、シエルはリンゴを頬張りながら満足そうに笑っていた。


「市場で買い物……楽しかった」


 その言葉に、レオンの胸が温かくなった。


「ああ、俺も」


 二人の間に穏やかな時間が流れる。噴水の水音、鳥のさえずり、遠くから聞こえる市場の喧騒。すべてが平和で温かかった。


 だが、その平和は突然破られた――――。



       ◇



 ピロン!


 レオンの視界に何かが浮かび上がった。


【繧ケ繧ュ繝ォ繝。繝?そ繝シ繧ク】


 文字化けしたメッセージ。それはまるで壊れたガラスの破片のように、視界の中でチカチカと明滅している。


 レオンの全身に電撃が走った。心臓が激しく波打つ。これは壊れた【運命鑑定】……!?


 失ったはずのスキルが今、何かを告げようとしている――――。


 慌てて周りを確認する。けれど特に変わったことはない。市場の人々も普通に行き来している。でも、レオンの直感が叫んでいた。このメッセージは、何もないのに浮かばない。何か決定的な何かが起こる。その予兆だ。


 逃げなければ……!


 レオンは決断し、シエルの耳元にそっと顔を近づけて小声で囁いた。


「プロトコル・チャーリー」


 その言葉を聞いた瞬間、シエルの頬がピクッと動き、ゆっくりと頷く。プロトコル・チャーリー――それはアルカナのメンバーが定めた緊急脱出のコード。何か危険が迫った時、この合図で即座に逃走する取り決めなのだ。


「いやぁ、リンゴは美味しいねぇ」


 レオンがわざとらしく大きな声で言う。


「そ、そうだね」


 シエルもそれに合わせる。何気ない会話。自然な動作で立ち上がり、買い物袋を諦め、手をつないで小走りで細い路地へと歩いていく。事前に想定していた脱出ルート。


 その時――。


「逃げたぞ! 追え!」


 市場の向こうから、鋭い声が響いた。振り返ると、蒼き獅子の紋章を身に着けた騎士たちが、人混みをかき分けてこちらに向かってくる。その先頭には、見覚えのある巨漢の姿。


「ギルバート!?」


 シエルが息を呑んだ。その碧眼に、驚愕と戸惑いが浮かぶ。


「お待ちください!」


 ギルバートの声が響く。


「走るぞ!」


 レオンがシエルの手を強く握った。


「う、うん!」


 二人は細い路地に飛び込み、一気に駆け出した。背後から追ってくる重い足音。市場の平和な朝は、一瞬で戦場へと変わった。



       ◇



 ガチャガチャという軽鎧の音が迫ってくる――――。


「どこ行った!?」「探せぇ!」


 騎士たちの声が響く。レオンとシエルは路地を曲がり、また曲がり、右へ左へと迷路のような街の裏道を駆け抜けていく。息が切れ、足が重くなる。それでも二人は走り続けた。


「ここに隠れよう!」


 二人は小さな(ほこら)の裏にスッと隠れる。息を殺し、背中を祠の壁に押し付けた。シエルの手がレオンの手をぎゅっと握っている。その手は小刻みに震えていた。


 レオンは首にかけていたペンダントに手を伸ばす。それは緊急連絡用の魔道具で、紫色の魔石が埋め込まれている。


 レオンはその魔石をぐっと押し込んだ。パキッ! 魔石が砕ける。その瞬間、目に見えない魔力の波が放たれた。これで屋敷に警報が鳴る。みんなに緊急事態が伝わる。


(気づいてくれよ……)


 レオンはぎゅっとシエルの手を握った――――。



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