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113. 腕を絡ませて

 騎士団はただ黙々と進んでいく。その蹄の音だけが、まるで葬送の鐘のように、朝の街に響き渡る。


 一人の老婆が、震える手で胸の前で祈りの印を結んだ。


「神よ……どうか、お慈悲を……」


 その祈りは、誰に届くこともなく、ただ空しく風に消えていった。


 騎士団の影が、朝日に長く伸びている。


 三十の影は、まるで三十の死神のようだった。


 その影が向かう先には、何も知らずに笑い合う五人の若者たちがいる。束の間の平和を、ささやかな幸福を噛みしめている、五つの命。


 運命の歯車が、音もなく回り始めていた。



       ◇



 まだ薄暗い早朝――。


 ヒュンヒュン。


 レオンは、窓の外から聞こえる音で目を覚ました。空気を切り裂く鋭い音が、規則正しく繰り返されている。


 何の音だろう?


 レオンはベッドから起き上がり、窓に近づいてカーテンをそっと開けた。その瞬間、目に飛び込んできた光景に息を呑む。


 朝靄のかかる庭に、一人の少女が立っていた。銀髪が朝露に濡れて輝いている。弓を構え、矢を番える。その瞳は獲物を狙う鷹のように真剣そのものだった。


 シエルだ。


 ヒュンッ! 矢が放たれた。


 その矢はまるで意志を持っているかのように、淡い青い輝きを纏いながら空気を切り裂き、的の中心に吸い込まれていく――。


 タンッ! 完璧な命中。


 けれどシエルは満足していない。すぐに次の矢を番え、また放つ。今度の矢は、まるで風を掴むように不可思議な軌道を描いた。左に曲がり、右に曲がり、的の中心に吸い込まれる。


 タンッ!


 魔力を矢に乗せて、軌道を操作している……?


 レオンの目が見開かれた。それは高度な技術だった。矢に魔力を込めるだけでも難しいのに、さらに飛行中の軌道まで制御するなんて。スタンピードの時とは比べ物にならないほどの精密制御だ。


 レオンの胸が熱くなった。シエルはまた強くなった。仲間たちの成長。自分が見ていない場所での努力。それが誇らしくもあり、同時に少しだけ寂しくもあった。


 みんな、どんどん先に進んでいく。自分は【運命鑑定】を失って立ち止まっているのに。


 けれど、その感情を振り払うように、レオンは首を振った。いや、違う。みんなが強くなるのは良いことだ。そうだ、それが自分の望みだったはずだ。


 俺は、みんなを最強にする。


 その決意を胸に刻む。シエルはまだ訓練を続けていた。ヒュン、ヒュン、ヒュン――その姿をレオンはしばらく見つめていた。朝日が昇り始め、銀髪の少女をオレンジ色に染めていく。


 レオンはまだ知らない。この平穏な朝が、嵐の前の静けさに過ぎないことを。今この瞬間も、シエルを狙う騎士団が刻一刻と近づいていることを。


 穏やかな朝の光の中で、運命の時は近づいていた。



       ◇



 しばらくしてレオンが朝市へ買い出ししようと玄関を出ると、ちょうど訓練を終えたシエルと鉢合わせた。


「あ――」


 二人の目が合う。シエルは額に汗を浮かべ、頬を紅潮させていた。その表情には、どこか満足げな色が浮かんでいる。


「おはよう、シエル。朝から熱心だな」


 レオンが微笑みかけると、シエルが恥ずかしそうにうつむいた。


「す、少しでも、みんなの役に立ちたくて……。で、レオンは? どこへ行くの?」


「市場に買い出しに……ね」


 レオンがそう答えた瞬間、シエルの碧眼が期待に煌めいた。


「い、行く! ボクも行く!」


 その嬉しそうな顔と弾むような声に、レオンは少し迷った。二人では襲われたときに対応が厳しいのだ。でも――シエルの嬉しそうな顔を見ると、断ることなんてできなかった。


「じゃあ、行くか」


「うん!」


 シエルが満面の笑みで頷いた。



       ◇



 朝の街はまだ人が少なく、石畳の道を二人並んで歩く足音だけが静かに響く。シエルはレオンの隣を少し緊張した様子で歩き、時折レオンの顔をちらりと見上げては、すぐに視線を逸らす。その仕草がどこか初々しかった。


 やがて市場に近づくにつれ人が増えてきた。商人が荷物を運び、職人が店の準備をし、子供たちが走り回っている。人混みが二人の間を割って入ろうとしたその時、シエルが少し照れくさそうに、レオンの腕にそっと自分の腕を絡ませてきた。


(へっ!?)


 レオンの心臓が跳ねる。柔らかな感触、温かい体温、シエルの髪の香り。それがすぐ隣で感じられる。


「人混みで、はぐれたら困るしね!」


 シエルが顔を真っ赤にしながら早口で言い訳をする。その姿がたまらなく可愛らしくて、レオンは思わず笑みをこぼした。


 レオンも勇気を振り絞ってその小さな手を優しく取った。指を絡め、しっかりと繋ぐ。


「こ、こっちの方が、はぐれないだろ?」


 その言葉に、シエルは驚きに目を見開いた。顔が一気に真っ赤になり、耳まで赤い。けれどすぐに顔を綻ばせ、幸せを噛みしめるように、繋がれた手にぎゅっと力を込めた。


「……うん」


 小さく呟く。その声は震えていた。


 二人は手を繋いだまま、朝の街を歩いていく。周囲の人々が微笑ましそうに二人を見ていた。



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