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104. 魂喰らいの寄生

「これが、ゴブリンロードの体内に潜んでいました」


 エリナが説明する。


「恐らくこれがゴブリンロードを強化し操っていたのだと思います。これが何なのか、どこから来たのか……」


 ギルドマスターは寄生体を見つめたまましばらく沈黙していた。その表情には恐怖と深い懸念が浮かんいる。


「これは……。もしかして……」


 その声が震えている。


 ギルドマスターは慌てて立ち上がり部屋の奥の書棚へと向かうと、古い魔導書を何冊も引っ張り出してページを荒々しくめくっていった。バサバサと紙の擦れる音が部屋中に響く。


「どこだ……どこに……。あ、あった!」


 一冊の古びた魔導書を開きそのページを凝視する。その顔がさらに青ざめた。


「伝説の……禁呪……『魂喰らいの寄生』……まさか、こんなものが現代に……」


 ギルドマスターの手が震えていた。深く息を吐きそして顔を上げる。


「これはまずい……」


 ギルドマスターは扉を開けて廊下に向かって叫んだ。


「腐敗した森への立ち入りを直ちに禁止しろ! 今すぐだ! そして魔塔に連絡を! 今すぐ調査員を寄こすよう要請しろ! これは王国の危機だ!」


 その声は執務室だけでなくギルド全体に響き渡るほど大きかった。職員たちが慌ただしく動き出し、扉の開閉音と叫び声が飛び交う。ギルド全体が一気に緊迫した空気に包まれた。


 ギルドマスターは四人を振り返る。その顔は疲弊しているが、しかし確かな敬意が宿っていた。


「君たちがこれを持ち帰ってくれたおかげで……最悪の事態を防げるかもしれん。心から感謝する」


 その姿に四人は驚いた。ギルドマスターが頭を下げるなんて。この街で指折りの権威のある人物が、若い冒険者たちに頭を下げている。


「もし君たちがこれを見逃していたら……」


 ギルドマスターは顔を上げ四人の目を一人一人見つめた。


「恐らく多くの冒険者が犠牲になっていただろう。いや、それどころかこの寄生体が街にまで侵入していたかもしれん。そうなれば……」


 言葉を切り窓の外を見る。夕日に染まる街、平和な街並み、人々の営み。


「この街そのものが危険に晒されていたかもしれん。何万もの人々が」


 その言葉に四人は改めてあの【核】の恐ろしさを実感した。あれがもっと広がっていたら、もし街に侵入していたら。想像するだけで背筋が凍り、同時に無事に帰れたことへの安堵が押し寄せてくる。


「『アルカナ』」


 ギルドマスターが真剣な目で四人を見つめた。


「君たちは単に戦闘能力が高いだけではなく……」


 一呼吸置いてその言葉の重さを噛みしめるように続ける。


「未知の脅威を正確に分析し、冷静に対処し、そして適切に報告できる。それはどんな強さよりも価値がある能力だ」


 ギルドマスターは机の上の書類を手に取った。


「この功績には王国からも褒章が出るだろう。君たちは英雄だ」


 その言葉に四人の胸が熱くなった。認められた。自分たちの判断が、行動が、正しかったのだと。疲労と恐怖で張り詰めていた心がようやく緩んでいく。レオンが信頼し、育ててくれたおかげで自分たちはちゃんとやれた。彼が信じてくれた通りの力を発揮できた。その事実が、どんな称賛よりも嬉しかった。


 四人はお互いに手を握り合った。


「やったね……」


 ルナが小さく呟いた。その目には涙が浮かんでいる。緋色の瞳が潤み、頬を一筋の涙が伝う。


「早く……レオンに報告しなきゃ」


 シエルが微笑む。そうだ、早く帰ろう。レオンが待っている。この出来事を報告して、彼の「よくやった」という言葉を聞きたい。彼の笑顔が見たい。


 だがギルドマスターは申し訳なさそうに言った。


「悪いが……。魔塔から調査員が来る。彼らに直接報告してくれないか?」


 その言葉に四人は顔を見合わせた。レオンが待っている家に早く帰りたい。けれど断ることもできない。これは重要なことだ。王国の危機に関わる情報なのだから。


「……分かりました」


 エリナが渋い顔をして答え、深いため息をついた。


 結局、魔塔の調査員の執拗で厳格なヒアリングに何時間も時間を取られ、終わった頃には外は真っ暗になっていた。


 ようやく解放された時、四人は互いに顔を見合わせた。


「帰ろう」


 エリナの言葉に、全員がうなずく。


 レオンが待っている。彼のもとへ帰ろう。今日あったことを全部話して、そして彼の温かい言葉を聞こう。


 夜空には星が瞬いている。疲れた体を引きずりながら、四人は屋敷への道を急いだ。


 

       ◇



 時は少しさかのぼる。


 図書館を出たレオンの足は、自然と活気に満ちた市場へと向かっていた。石畳の道を歩きながら深く息を吸い込むと、焼きたてのパンの香り、香辛料の刺激的な匂い、果物の甘い香りが混ざり合って漂ってくる。喧騒、笑い声、子供たちが走り回る音――それは禁書庫の冷たい静寂とは真逆の温かい世界だった。


 レオンの心が少しずつ解けていくのを感じる。


 『命運』という希望の光を見つけたとはいえ、それを実現する力が今の自分にはない。けれど、腐っている場合ではない。今の自分にできることをやろう。


 レオンは少女たちの顔を一人一人思い浮かべた。エリナの凛とした横顔、ミーシャの優雅な微笑み、ルナの負けず嫌いな表情、シエルの健気な眼差し。みんな今頃は依頼を終えた頃だろう。汗を流し、疲れているはずだ。


(帰ってきた時に、温かい食事を出してやろう)


 それは今の自分にできる中で最も大切な「軍師」の仕事のように思えた。戦えない自分でも仲間を支えることはできる。温かい食事で疲れた体を癒すことはできる。それもまた、立派な貢献なのだと、昨夜みんなが教えてくれた。


「よしっ! やるぞ!」


 レオンはこぶしをぐっと握ると、市場の中へと歩き出した。


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