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102. エリナの賭け

「レ、レオン……」


 シエルが呟く。そうだ、レオン。彼が待っている。彼の笑顔が見たい。「ボクはいつもレオンのそばにいる」と誓ったのに、こんなところで死ぬわけにはいかない。


「そ、そうよ! あたしたち、約束したじゃない!」


 ルナが拳を握る。生きて帰ると、みんなでと。今朝、レオンのポケットにこっそり入れた手紙。あの手紙を読んだレオンの顔が見たい。照れくさそうに笑う彼の顔が。


「で、でも……どうやって?」


 ミーシャが震える声で尋ねる。もう魔力がない。どうすればいいのか分からない。


「ルナ! 魔法は撃てる?」


 エリナが素早く状況を判断する。


「魔力はもう空っぽよ! 撃てても小さな魔法しか……」


 ルナが悔しそうに答える。体の中に残っている魔力はほんのわずか。こんなものであの化け物を倒せるはずがない。


「いいから絞り出しな! レオンに会いたいんでしょ? もう、あなたしかいないの!」


 エリナの声がルナの心を揺さぶる。レオンに会いたい。その想いが新たな力を生む。あの温かい手、あの優しい声、あの真っ直ぐな翠色の瞳。もう一度、会いたい。


「わ、分かったわよぉ……やってやるわ!」


 ルナの目に再び炎が灯る。


「ミーシャ、奴の『赤い瞳』のところだけシールド薄くして!」


 エリナが次の指示を出す。


「何言ってんのよぉ、そんなことできる訳ないじゃない!」


 ミーシャが叫ぶ。シールドを部分的に薄くするなど試したこともないのだ。そんな精密制御、今の状態でできるはずがない。


「できなきゃ全滅よ? レオンのところに戻りたくないの?!」


 エリナの言葉がミーシャの心に火をつける。レオン。彼の顔が浮かぶ。彼の優しい笑顔、彼の温かい言葉。


「くぅぅぅ。レオン……。分かったわよ。そっちの方向だけ薄くしてみるくらいしかできないけど、それでいい?!」


「十分よ! やって!」


 エリナの号令がそれが反撃の合図だった。


 ミーシャは目を閉じ全神経を集中させる。ロッドを握る手に力を込め、残されたわずかな魔力を精密にコントロールしていく。呼吸を整え心臓の鼓動を落ち着かせ、イメージする。シールドの一部を薄く、他の部分は厚く、バランスを保ちながら。レオンが教えてくれた集中法を思い出す。「深呼吸して、心を静めて、ただ一点だけを見つめろ」と。


 徐々にシールドの輝きが偏っていく。赤い瞳の方向だけが弱くなり、他の部分が強くなる。けれど弱くなったところに小さな穴が開き始め、ブシューブシューと紫色の毒霧がドームの中に流れ込んでくる。


「みんな息を止めて!! シエル! 頼んだ!」


 エリナが叫ぶ。四人は息を止める。けれどいつまで持つか。


 シエルは震える手で矢を番えた。狙いを定める。視界がぼやける。涙が溢れる。けれど矢じりは確実に赤い瞳を捉えている。


 ヒュ、ヒュ、ヒュン!


 次々と矢を放つ。それらは薄くなったシールドに当たるたびにパキッ、パキッとシールドにひびを入れていく。


「ルナ! GO!」


 エリナの掛け声。それが一か八か、みんなの命を懸けた攻撃の合図。


 ルナは目を見開き全身全霊を込めて叫んだ。


「ファイヤースピアー!」


 その瞬間、ルナの身体に魔力の奔流が湧き上がる。それは底を突いたはずの魔力ではない。もっと別の、もっと深いところから湧き出る力。生きてレオンに会いたいという切実な願い。それが形となり炎となった。


 鮮烈な炎の矢が一気に赤い瞳へと放たれる。それは薄暗いシールドの中を真紅に輝かせ、空気を焼きながら一直線に飛ぶ。


 パァァァン!


 ひびの入ったシールドを貫きファイヤースピアーは一気に赤い瞳を突き刺す――――。


 刹那、ズン!と、大爆発を起こした。


 グギャァァァァァァ!


 恐ろしい叫び声と共にゴブリンロードの身体が剥がれ落ちた。触手が力を失いドームから滑り落ちていく。


「今よ! 逃げて!」


 ミーシャは同時にシールドを解いた。光の壁が消え外の空気が流れ込んでくる。四人は一気に飛び出し、転びそうになりながらも必死に走る。


 ギョァァァァァァ!


 【核】がのたうち回っている。触手を振り回し体液を撒き散らし、苦しげに叫びを上げている。


 距離を取ったシエルは振り返ると弓を構え狙いを定めた。


 これで終わらせる!


「くらえ!」


 ヒュ、ヒュ、ヒュンッ!


 シエルの放った三本の矢が青い光の軌跡を描き【核】へと迫る。それらはまるで一つの意思を持っているかのように完璧な軌道を描いて次々と標的を射抜いた。


 ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ!


 湿った音と共に【核】が完全に破壊された。黒紫色の体液が四方に飛び散る。その瞬間、甲高い耳をつんざくような悲鳴が森全体に響き渡った。


 ギィィィィィィィィィッ!!


 それはこの世のものとは思えないおぞましい声。まるで無数の声が重なり合い歪み、憎悪だけを形にしたような音。木々が震え、鳥たちが一斉に飛び立った。



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