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100. 恐るべき異臭

 グォォォォアアアァァ!!


 ゴブリンロードの狂ったような咆哮と共に連打が始まった。ガン、ガン、ガンッ! ガガガガガン! まるで鍛冶屋のハンマーが金床を叩くような激しい音が森に響き渡る。一撃、二撃、三撃。障壁に亀裂が走り始め、細かいひびがクモの巣のように広がっていく。


 ミーシャの額に汗が滲み、顔が青ざめて唇から血の気が引いていく。両手で杖を握りしめるがその手が小刻みに震え、膝がガクガクと震えて今にも崩れ落ちそうだ。


(くぅぅぅ……もう、限界……!)


 けれどミーシャは歯を食いしばって耐え続けた。ここで崩れるわけにはいかない。次につなげるためにも一秒でも長く持ちこたえなければ。


 しばらく我慢比べが続き――パリィィインッ!とついに光の障壁がガラスのように砕け散った。無数の光の破片が宙を舞い、まるで蛍のように儚く消えていく。


 しかしその防衛で十分だった。


 障壁が砕けた直後、まるで弾丸のように緋色の閃光が躍り出た。エリナだ。地面を蹴る音が一度、次の瞬間にはもうゴブリンロードの懐に入り込んでいた。その速度は目にも留まらぬほどで、黒髪が風になびき黒曜石のような瞳が獲物を捉える。赤い剣がギラリと輝いた。


 しかしロードもエリナを捉えていた。ブンッ!という風を切る音と共に巨大な石斧が振り下ろされる。直撃すれば骨も残らない。三人は息を呑んだ。


 けれどエリナは紙一重で身をかわす。石斧がスレスレを通過し、エリナの髪の毛が数本切れて宙を舞う。地面に激突する石斧がドゴォン!という轟音と共に地面を抉り、土煙が舞い上がる。


(オーガジェネラルに比べたら……児戯に等しい!)


 エリナの口元には笑みすら浮かんでいた。あの時、スタンピードの最中でオーガジェネラルと対峙した時の恐怖を思い出す。あの時は本当に死を覚悟した。けれど今は違う。レオンが「お前は剣聖になれる」と言ってくれた。その言葉を胸に、あの日から毎日剣を振り続けてきた。その全てが今、この瞬間に結実する。


 まるで舞うように体を捻り、エリナはロードの足の腱を鋭く切り裂いた。ズバッ!と肉を断つ音がして、緑の鮮血が弧を描いて飛び散る。


 グォォッ!


 巨体がよろめいた。片膝が地面につき、バランスを崩して石斧を支えにして体を支える。


(チャンス!)


 シエルの目が鋭く光る。


「三位一体!」


 ヒュ、ヒュ、ヒュンッ!


 三本の矢が同時に放たれた。三つの青い光の軌跡がまるで一つの意思を持っているかのように完璧な軌道を描いて標的へと迫る。体勢を崩したロードは対応が遅れ、二本の矢を払いのけたものの最後の一本が狂気に満ちた右目を正確に射抜いた。


 ザシュッ!


 ギィィィィィッ!


 ゴブリンロードは苦痛に身悶える。その瞬間、タタッとエリナが舞った。剣舞のように美しく地面を蹴り、空中で体をクルリと回転させて遠心力を剣に込める。


「うらぁぁぁ!」


 がら空きになった首筋にエリナの冷徹な一閃が吸い込まれていく。シュパッ!とまるで熟れた果実を切るかのような滑らかな斬撃。全てが完璧だった。


 時が止まったかのような静寂が訪れ、世界から音が消える――。


 ズン!


 首が落ちてゴロゴロと転がり、やがて巨体は糸が切れた人形のように力を失い、地響きを立てて地に倒れた。


 ドオオォンッ!と森が揺れ、木々の葉がはらはらと落ちてくる。まるで雪のように優雅に舞い落ちる葉の中に、四人の少女が立っていた。


 息を切らし、汗を流し、服は汚れている。それでも確かに勝利を掴んだ彼女たちの姿は輝いていた。


「よしっ!」「やったー!」「ふう……大したことなかったな!」


 ルナとシエルが交わすハイタッチのパンッという音が森に響く。


 四人の顔には疲労と共に達成感からくる満面の笑みが浮かんでいる。


 想定外の事態にも対応できた。


 これがレオンによって覚醒させてもらった強さ。これが成長。彼が信じてくれたから、彼が導いてくれたから、今の自分たちがいる。


「私たち……やったわね」


 ルナの声が弾んでいる。緋色の瞳には涙が滲んでいた。嬉しくて、誇らしくて、そしてレオンに見せたくて。


「ああ。私たちは強くなった」


 エリナが小さく笑った。その黒曜石の瞳にも、同じ光が宿っている。


 その言葉に全員が頷いた。ミーシャもいつもの聖女の微笑みを浮かべて言う。


「これなら、レオンも喜んでくれますわね」


 その言葉に全員の顔がぱっと明るくなった。そうだ、早く帰ろう。早くレオンに報告しよう。「私たち、ちゃんとやれたよ」と。「あなたが信じてくれたから、ここまで来られたよ」と。


 みんながそう思った時だった。


 討伐したゴブリンロードの死骸から強烈な異臭が立ち上る。それは単なる死臭ではない。何か生き物の内臓が腐り果て、毒素を放っているような吐き気を催す悪臭だった。


「な、何……この匂い……うっ……」


 ルナが思わず鼻と口を押さえた。


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