76話 エマルシアの新たな悩み
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エマルシアの新たな悩みは、学園生活に関わるものだった。
彼女が通う『ポルテパルア学園』は、港町ポルテアのみならず近郊の都市からも多くの子女が集まるマンモス校である。
貿易の要衝として国外の商船が頻繁に寄港する立地から、留学生の受け入れも盛んだ。
各学年は1~10組の普通クラスに加え、学業や一芸に秀でた者を集めたSクラスで構成されている。
エマルシアは入学試験の上位者として、このSクラスに所属していた。
彼女が親しくなった友人二人は、学業というよりも一芸に秀でたタイプだ。
活発なアリッサと、控えめなウルマ──二人は家も近く、幼い頃から共に育った幼馴染である。
かつて心を閉ざしていたエマルシアに、二人は何かと声をかけ、寄り添おうとしてくれた。
しかし、当時の彼女にはその優しさを受け止める余裕がなく、一時は距離を置いてしまっていた。
だが、ラングと出会い、快活さを取り戻したエマルシアは二人との距離を一気に縮め、今では時間さえあれば共に過ごす間柄になっている。
鎮潮祭での経験は、さらにその絆を深めた。
アリッサは宿屋の看板娘で、放課後は家業を手伝うのが日課だ。
最近は時々、友人二人と買い物を楽しむことはあるが、それでもほぼ毎日家の手伝いをする。
ウルマは学校が終わるとすぐ帰宅し、薬屋を営む母に代わって弟たちの面倒を見る。
母は忙しいシングルマザーであり、ウルマは家を支えるしっかり者のお姉さんだった。
鎮潮祭が終わりしばらくした頃、ウルマの元気がなくなった。
もともと大騒ぎするようなタイプではなかったが、それでも友達二人の前ではよくコロコロと笑っていた。
だが、ある頃から笑顔が消え、思いつめたような表情をするようになった。
心配したエマルシアとアリッサは、何とか彼女の胸の内を聞き出すことに成功する。
──そして知った。
ウルマが、ひどい嫌がらせを受けているという事実を。
生徒の自主性を重んじる学園では、アインラッド語やその他一般教養はクラス単位で授業を受けるが、専門分野は受け持ちの担当教授の教室に生徒それぞれが出向く方式を採っている。
そのため、エマルシアたちの目の届かない場所で、陰湿ないじめは進行していたのだった。
いじめを主導していたのは、地元の有力者の娘。
親の権力を笠に着て、傍若無人な振る舞いを繰り返す普通クラスの少女だった。
周囲の生徒たちは彼女の機嫌をうかがい、へつらうばかり。
そんな中でウルマは、必要以上に関わらず、適度な距離を保っていた。
だがある日、度が過ぎたわがままをやんわりとたしなめたのが気に障ったらしい。
それ以来、彼女はウルマを目の敵にし、取り巻きたちも一緒になって嫌がらせを始めた。
最初は雑用を押し付けられたり、大勢の前でからかわれる程度だったが──
やがて私物を隠されたり、壊されるほどにまでエスカレートしていった。
巻き込まれるのを恐れ、見て見ぬふりをする周囲。
途方に暮れるウルマを庇おうとする者は、誰ひとりいなかった。
事情を聞いたアリッサは、怒りに任せて突撃。
しかし、それが事態をさらに悪化させる。
激しい言い争いの末、今度はエマルシアたち三人全員がターゲットにされてしまったのだ。
以降、その傲慢な少女は、あからさまに親の権力をちらつかせて周囲に圧力をかけた。
「──あの三人と話したら、どうなるかわかってるわよね?」
そんな脅し文句が、三人を孤立させる。
嫌がらせはSクラスにまで及び、クラス内でも浮いた存在となってしまった。
普段であれば、嵐が過ぎるのをじっと耐え、やり過ごすこともできたかもしれない。
だが、タイミングが最悪だった。
学年後半に行われる課外実習が目前に迫っていたのだ。
この実習は進級に大きく関わり、成績次第では留年すらあり得る。
通常は五〜六人一組でパーティーを組み、演習地で様々な課題をこなす。
三人だけでの参加も可能だが、それでは大きく不利になるのは明らかだった。
演習地は小高い山、川、谷を含む広大な敷地。
さらに魔物も出現する。強すぎる魔物は事前に教職員が間引くとはいえ、多少の危険は伴う。
加えて、各生徒は一人ずつ従者を伴うことが許されている。
つまり、五人パーティーなら従者を含めて十人。
その十人で協力し、課題に挑むという仕組みだ。
だがSクラスで孤立してしまったエマルシアたちは、三人(従者を含めても六人)で参加せざるを得なくなった。
人数的に圧倒的不利な状況である。
実習には上級生が付き添うが、課題の手伝いはしない。
あくまで下級生を見守り、万一の際に助けるだけだ。
ただし上級生が介入した時点で、その実習は強制終了となる。
続行不能と判断されても同様だ。
この状況を前に、三人は実習への不参加も真剣に考えた。
なによりウルマ本人が、「友達を危険な目に遭わせたくない」と強く主張していたのである。
思い悩んだエマルシアは、ついにラングへ相談を持ちかけた。
その沈んだ表情からして、状況がいかに深刻であるかは一目瞭然だった。
打ち明けてくれたことは嬉しい。だがラングには、すぐに有効な策が思いつかなかった。
いじめというものは、外部が下手に介入するとかえって事態を悪化させかねない。
集団心理の恐ろしさは「空気」にある。
一人なら決してやらないような卑劣な行為も、「当然だ」という空気が生まれれば、罪悪感なく実行できてしまう。
そして、その空気を乱した者は今度は標的にされるのだ。
子供は案外、残酷だからこそ――無自覚な悪意が鋭い刃となり、相手を深く傷つけてしまう。
その刃に日々切り刻まれる身の苦痛は、まさに地獄だろう。
忙しい日々の中にあっても、これは決して後回しにできる問題ではない。
しかも相手は親の権力を笠に着ている。自分が感情に任せて突っ走れば、商会にまで迷惑が及ぶ。
だからラングは冷静に判断した。
――これは大人の力を借りるべき問題だ。
実際のところ、腹の底では腸が煮えくり返るほど怒っていた。
「せっかく元気を取り戻し、学園を楽しんでいたお嬢を……辛い目に遭わせやがって!」
本当は自らの力を総動員してでも叩き潰したい。
だがそれを堪え、エマルシアに提案する。
「ねぇお嬢、これは子供だけで解決できる問題じゃないよ。
もし本当にひどいなら、学園なんて行かなくたっていいんだから。……でも、それは最後の手段。
まずは楽しく通えるように、対策を考えよう。だから、お父さんや周りの大人の人を頼ってみようよ!」
本音を言えば、苦境の美少女を颯爽と救い出して「ラング君素敵!」なんて言われて……頬にちゅっとか……。
そんな妄想を必死に振り払い、言い切った。
(えらいぞ俺! 煩悩に負けず、お嬢のことを一番に考えられた!)
満足とほんの少しの残念さを胸に抱えつつ――。
「うん、わかった! ラング君にまかせる!」
エマルシアは、いつもより控えめながらも、確かな笑顔で答えた。
その笑顔――ヒマワリのように明るく、アサガオのように清らかな笑顔を取り戻すため、ラングは全力を尽くすと心に誓った。
この世界の貨幣についてまとめました。
以下の活動報告をご参照ください。
アインラッド王国の貨幣と貨幣価値について
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3488243/




