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73話 ポルテアを吹き荒れる旋風~そしてラングは海神の使徒となった

突如、出店に現れた神官。

その案内で訪れたポルテア大神殿にて、ラングはポルテア近海を鎮護する女神──『アムピトリーナ』との邂逅を果たした。


神は人の考えを容易く読み取る。

それはモルモルからも聞かされていたことだったため、ラングは隠すことなく自らの正体を明かした。

もっとも、神といえど思考を読むには神力を消費する。話してもらった方が早いのだ。



「なるほどの。なかなか波乱万丈な人生を歩んでおるな。……して、その“クレープ”なるものは、手に持っておる紙袋に入っておるのかえ?」


話を一通り聞き終えた女神の第一声がそれだった。

──いや、途中からずっと視線が紙袋にロックオンされていたので、予想はついていたが。



「ふむ、この包み紙の口を開き、そのままかぶりつくのじゃな」


ラングが答える前に、思考を読んだ女神は器用に紙袋を受け取り、包装を解くと、迷いなくクレープへとかぶりついた。

さきほどから神力を消費してまで思考を覗きまくっているあたり、よほど待ちきれなかったらしい。



「あふん♡ これは美味じゃ! よくぞこのような佳き物をこの世界にもたらしたの。……ハム、これはまことに至高ぞ。

どれ、この紙袋の中にまだあるのじゃな? 遠慮なく馳走になろう。 こうして紙で包めば手を汚さずスイーツを味わえるとは見事な工夫よ! ……何? “お好み焼き”とやらも同様だと? これは便利じゃ。あはん♡ 止まらぬ……わらわの手が止まらなくなってしもうたぞ?」



そう言って女神は紙袋の中から次から次へとミニクレープを取り出し、口に放り込んでいった。

ラングに問いかけながら、答えを待たずに勝手に話を進める女神。

まるで一人芝居のような、そんな様子なのであった。


ラングは出る間際、「念のために」と──、ミニクレープを持ってきて本当によかったと感じていた。



「それにしても……あやつ、けしからんやつじゃの。甘味は人の世では貴重品であろうに、それを見ず知らずの者に三百個も献上せよとは傲慢にもほどがある。よし、わらわが神罰を下してくれよう」


女神は神官長を指差しながら、甚だ物騒な事を口ずさみ、今にも神罰を下そうとした。


「アムピトリーナ様! そ、それだけはご勘弁ください! ご高配はありがたく存じますが、そんなことになったら、私はその後どんな目に遭うか……確実に処分を受けてしまいます~~!!」


ラングは慌てて縋りつき、必死に考え直すよう懇願した。


「なに、心配はいらぬ。そなたは我が使徒となるのじゃ、粗雑には扱われまい。……まぁよい、神罰は勘弁してやろう。ではよし、今から神託を下すゆえ、しばし待つがよい!」


その言葉と同時に、止まっていた時間が再び動き出す。

女神はなおも顕現したまま、その姿を衆目にさらし──告げた。



皆の者、聞くがよい──。

今、我が足元に侍る殊勝なる者より、かつてない至高の供物が供せられた。

この行い、まことあっぱれ! 我を奉る大祭において、これほどの功を立てた者がかつてあったか? いや、この者に勝るものなし。


よってこれより、この者を我が使徒とし、我が手足となって働くことを命ずる。

ゆめ粗末に扱うことなかれ。

この者の生ある限り、我が直々の供物一切を任せるものと致す」


そう告げると、女神アムピトリーナの姿は光とともに忽然と消えた。




そして──


時を同じくして、大神殿の大鐘(だいしょう)が高らかに鳴り響く。

数百年もの間、一度として音を発したことのない“鳴らずの神器”が、街に生きる全ての人の耳へと届いたのだ。


それは人の力では決して鳴らせず、女神の神力によってのみ響く港町ポルテアの遺物。

開白(かいびゃく)以来、永きにわたり途絶えていた「近海神の加護を授かりし使徒」の誕生を告げるように、鐘の音は水平線の彼方まで響き渡った。


洋上の船では、誰一人として聞いたことのない厳かな音色に、乗員たちは大いに沸き立つ。

伝説が現実となった瞬間を、歴史の生き証人となった喜びと共に分かち合った。



ラングは再び停止時間の中にいた。


「どうじゃ、これで心配はいらぬであろう。供物もこれ以上は不要じゃから安心せよ。

そなたにはこれから毎年、至上のものを献じてもらわねばならぬ。今回授けた加護や祝福は、その前払いじゃ。


それとな、宝物殿に眠る神器もそなたに授ける。この後、探してみるがよい。

我が使徒であれば、神器の方から語りかけてくるじゃろうて。


では、近いうちにまた相まみえようぞ──次回、“汚腐会”とやらでの……」


そう言い残し、女神は今度こそ完全に姿を消した。


あまりの出来事に、ラングはしばし呆然と立ち尽くす。


(……やっぱり俺が使徒になるのは既定路線なのね。本人の意思とか承諾とか、関係ないのか……ま、いいけどさ……)



そんなラングは、ふと我に返った。

周囲が色めき立ち、場の騒ぎがとんでもないことになっていたからだ。



「おお! なんという奇跡……いと尊き御姿を、この目で拝することが叶うとは!」


「我らは歴史の生き証人となったのだ! 御使い様が現世に降臨なされた!」


「頭が高い! 御使い様の御前ぞ!」



女神像に祈りを捧げていた神官たちだけでなく、参列していた招待客までもが一斉に(こうべ)を垂れ、ラングの前に(ひざまず)く。

──ただ一人、神官長を除いて。



「ちゃ、茶番だ! 認めぬぞ! このような貧相な者が御使い様など……あってはならぬ!

こやつは我らを(たばか)ろうと幻術を使ったのだ! そう、幻術の類で我らを惑わせようとしておる!」


興奮のあまり、肥えた体をわなわなと震わせる神官長。

ぎこちなく立上ると、肥えた体を揺らし、ラングを指差しながら大声で喚き散らす。




「皆の者、何をしておる! この下賤の者をひっ捕らえよ! 前代未聞の陰謀ぞ、早くせぬか!」


女神の降臨に歓喜していた人々は、一転して沈黙に包まれる。

今、目の前で起こったことは本当に神の奇跡だったのか、それとも幻術なのか──迷いが生まれたのだ。



その沈黙を破ったのは、ラングをここへ案内したオーシャルだった。



「御使い様を捕らえるなど……そのような暴挙、断じて許されません!

我らが目にしたのは紛れもなく神の奇跡! ポルテアに古くから伝わる伝承通りの出来事です!

この大神殿の遺物、“神与の大鐘”が高らかに鳴り響いたのは動かしようのない事実。

ラング様が御使いであることは、誰の目にも明らかではありませんか!」


今しがた目にした奇跡すら信じず、使徒に選ばれた少年を捕らえよなどと平然と言い放つ神官長。

オーシャルは怒りを抑えきれず、飛び出していた。


敬虔な信者である彼にとって、神の言葉は絶対だ。

それに反する行動を見過ごすことなど、到底できはしない。



「口を慎め、オーシャル。この大神殿を束ねる私の言こそ、神の言葉なのだ。

これ以上、私のなすことに異を唱えるなら、容赦せぬぞ」


神官長は心底苦々しい表情を浮かべ、吐き捨てる。

彼のこれまでの常識は、彼自身の行動が正当であると告げていた。


神に仕える者といえども、この世界は厳然たる階級社会。

上位の命に逆らうなど、本来ありえない──ましてや自分は大神殿の長である。

自分が正しいと判断した以上、それに従う以外の選択肢はない。

そう信じきっているがゆえの、強気な態度だった。



だが、今回ばかりはその常識が通じなかった。

何故なら、この場にいる全員が──神の奇跡の目撃者だったからだ。


「先ほどから様子を見ていたが……神官長こそ、身の程をわきまえるべきではないか。

神の言葉を前にして、己の言葉こそ神の言葉だと言い張るとは……なんたる傲慢、なんたる不敬。呆れて物も言えぬ」


低く通る声とともに歩み寄ってきたのは、神官とは異なる装束を(まと)った男性だった。

精悍な顔立ちに引き締まった体躯。神官長とは対照的な佇まいだ。

その話しぶりからも、神殿と深い関わりを持つ高位の人物であることがうかがえる。


「これは……枢機卿らしからぬ軽々しい発言ですな。まさか、あなた様まであのくだらぬ幻術に惑わされたと申されるのか? 冷静にお考えください。あのような、どこの馬の骨とも知れぬ下郎が御使い様など……あるはずがない」


神官長はなおも自らの主張に固執していた。

どうしてこれほど単純な道理が分からぬのか──その苛立ちは、表情の端々にまで滲み出ている。


「黙りなさい! あれが幻術だと? なんと嘆かわしい。

あの秀麗なる女神様を拝し奉り、それでも信じられぬとは……あなたの目は節穴と見える。

では問おう。この場で、我らが神の言を疑う者はいるか? 御使い様を認めぬ者はあるのか?」


枢機卿の問いに、参列者たちは一様に首を横に振った。


「結論は出たようだ。まさに我らが神より神託を授かったのだ。

これは鎮潮祭始まって以来の大慶事! 我らに御使い様が遣わされたのだ!」



枢機卿のこの一言でその場は一気に祝賀ムードに変わった。

何しろ鎮潮祭始まって以来の出来事だ。


港町ポルテアの祖となりし町を鎮護したという始原の使徒。

その顕現の際に鳴り響いたという”神与の大鐘”が、今日再び鳴ったのだ。


神は我らを見守ってくださっていた。

その証こそ、今まさに遣わされた御使い様である──人々は喜びを抑えきれなかった。


警邏(けいら)担当者達、この不敬者をひったてい! さあ御使い様、あの不信心な神官長は我らがしかるべき処罰を下しますのでお任せください。 そして、どうか我ら子羊をお導きください」


さて、何をどうするべきか──


ラングは、自らの身に降りかかった予想外の事態に頭を悩ませるのだった。







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