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71話 ポルテアを吹き荒れる旋風~移動屋台は他所で火を噴いた

鎮潮祭二日目。

とりあえずの看板が完成した。

出店本部の片づけも終わり、散乱していた破片の掃除もすべて済ませた。


しかし、本部機能はあえて復活させず、引き続き孤児院の台所を借りて調理を行うことにした。

防犯のため、営業終了後は全てを撤収し、孤児院の倉庫に保管する方針である。


さらに事情を知った料理長以下、食堂の面々が戦列に加わってくれた。

せっかくの長期休暇を返上してまで力を貸してくれる心意気には、感謝しかない。


ドグマも超人的な働きを見せた。

昨日の今日で、調理魔道具一式を三セットも用意してくれたのである。


これで、孤児院に移設するために取り外した一〜三号の屋台は機能を取り戻し、調理体制は完全に復旧したといえる。



今朝は昨日より少し早めに集合し、昨晩の作戦会議の内容を共有した。

大まかな内容は以下の通りである。



1.孤児院の調理場を本部とし、一号車・二号車は孤児院敷地内で待機させ、必要に応じて本部を補助する第二調理場とする。三号車・四号車は運搬用とする。


2.クレープの価格を当初の高額設定に戻し、状況に応じて移動屋台を出動させる。


3.営業終了ごとに全てを片付け、孤児院倉庫に収納・施錠して退散する。


4.期間中は交代で数名が孤児院に泊まり込み、警備・警戒にあたる。



以上を周知し、泊まり込みメンバーも話し合いの末に決定。

主にマッスラー達(運搬部の精鋭)にその役を担ってもらうことになった。

商会にも事情を説明し、期間中の労働奴隷の外泊許可はすでに取得済みである。



新たな体制のもと、二日目が始まった。

この日は強力な助っ人が加わったことで少しは楽になるかと思われたが……そんなことはなかった。


ただし、初日とは客層がやや変化した。

相変わらず長蛇の列は途切れないが、その中に身なりの良い客が混じるようになった。

恐らく、スイーツの噂を聞きつけた富裕層が好奇心を抑えられず足を運んだのだろう。

また、一口サイズで高級レストラン一食分という価格設定自体が、客層を変える要因になったのかもしれない。


庶民はお手頃な「お好み焼き」を主体に、家族や仲間で一つのクレープをシェアして楽しむ。

一方、金持ちは資金力を背景に、お好み焼きとデザート代わりのクレープをそれぞれ一つずつ、あるいは二口三口分まとめて購入する。



結局この日も、さらに翌日も、移動屋台を出動させる機会はなかった。

こうなると、ラングにも意地がある。


せっかく火を噴くと期待していた移動屋台が、このままでは宝の持ち腐れだ。

調理場や運搬用具として終わらせるなど我慢ならない。


「どうってもんだい! やっぱり俺のアイディアがうまくいったでしょ!」

そんなふうに勝ち誇りたいし、黄色い声援を浴びてちやほやされたいのだ。


いっそクレープの値段を上げて客単価を高め、来客数を減らす案も一瞬考えた。

しかし、すぐに却下した。

信用を失ってしまうからだ。

一度失った信用を取り戻すのは並大抵のことではない──それはどの世界でも通じる普遍の真理だ。


では、どうするか。

頭をひねってみたが、結局これといった妙案は浮かばなかった。



そんなラングのもとに、思わぬ話が舞い込んだ。


それは——

同じく、この裏ぶれた街の片隅で出店していた一組の夫婦からだった。


カイエン商会の凄まじい集客力に、当初は大喜びしていたらしい。

「これだけ人が集まればこちらにもおこぼれがあるかもしれない」

だが、その期待は見事に裏切られた。

集まった客は自分たちの店には目もくれず、食べるだけ食べるとそそくさと立ち去ってしまう。


もとより大きな売り上げは期待していなかったものの、これでは大赤字だ。

祭りのために仕入れた材料も、このままでは不良在庫になってしまう。

そこで、この場を取り仕切る“不思議な少年”に思い切って泣きついたのだ。



「ここにいるあんたの仲間にも相談したんだが、みんな口をそろえて『お前さんに話せ』って言ってな。恥を忍んで頭を下げさせてもらったんだ」

夫婦は切羽詰まった表情でそう告げた。

このままでは、食い詰めてしまう。

子どもたちのためにも、見栄を張っている場合ではないと、決意を固めたそうだ。



どんなものを出しているのか気になって試食させてもらうと、これが案外うまい。

近海の魚介をコトコト煮込んだ郷土料理で、トレルの実をすり潰して焼き上げた、元の世界でいう“ナン”のようなものを浸して食べるらしい。


材料は乾物が中心であるため腐りはしないが、それでもかなり大量に仕入れたため、これを売りさばかない限り明日の生活もわからないそうだ。



「……ん? これ、屋台で移動販売すれば売れるんじゃね?」

ラングがそう提案すると、大いに乗り気になった。



せっかく移動屋台を貸し出すなら、とラングはちょっと“コンサル業務”も兼ねて、バジルなどの香辛料や野菜を一緒に煮込む案を出してみた。

すると、味はさらに格段に良くなった。


こうして、ついぞ使われなかった移動屋台が初めて大活躍することになる。

一号車は引き続き孤児院に待機させ、二号車を貸し出した。


レンタル料は、カイエン商会の調味料・食材費を差し引いた粗利の三割と、やや高めの設定。

苦しい事情は十分理解していたが、高度な魔道具を備えた機材一式を貸し出す以上、これは妥当な条件だ。

事実、夫婦も不平ひとつ口にしなかった。


結果、彼らは仕入れた食材をすべて売り切り、最終日には追加仕入れをするほどの盛況となった。


「いやぁ、街中を移動しながら売るってのが、これほど便利だとは思わなかった! 一つの場所で売り切ったら、次の場所へひょいと移動して……また面白いくらいに売れるんだから、楽しくってしょうがなかったぜ! これも坊ちゃんのおかげだ、ありがとよ!」

旦那は満面の笑みでラングの両手を掴み、ブンブン振り回した。


「ねぇ坊ちゃん。実はあたしたち、隣町で食堂をやってるんだが……今回使わせてもらった香辛料、また売ってくれないかい? あの香りこそ、成功の秘訣だったと思うんだよ。それと、あの野菜ね。あんなに旨いもんだったなんて、長年生きてきて損した気分さ」


こうして夫婦とは定期契約を結び、長い付き合いが始まった。

さらに、彼らの評判を聞きつけた仲間や知り合いたちも、次々とカイエン商会のお得意様となっていく。


まさに——情けは人の為ならず。

ラングはしみじみと、その諺の奥深さを噛みしめるのだった。








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