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70話 ポルテアを吹き荒れる旋風~情けは人の為ならず

「話は子供達から聞きました。どうぞ孤児院の台所をお使いください。器具はどれも古いですが、広さだけは十二分にございますから」

施設長は気遣わし気な表情を浮かべて、自ら申し出てくれた。

それを聞いた実行委員の面々からは安堵のため息が漏れる。


「それと、差し出がましいようですが、施設にある机やイスもお使いください。以前は大勢の子供達がいましたから、倉庫にたくさん埃をかぶっておりますのよ」


「本当にありがとうございます。なんてお礼を言っていいか……」


「お礼なんていいんですよ!困った時はお互い様ですから」


ラングは思う。

「情けは人のためならず」


前日手を差し伸べた相手が、今度は自分達に温かな手を差し述べてくれたのだ。

ラングは込み上げてくる熱い感情を何とか抑えつつ、両手で自らの頬をはたいた。


「よし、みんな気を取り直して頑張ろう!」

騒音をかき消すようにラングが声を張り上げると、実行委員全員の体が淡く黄色い光で包まれた。

直後皆動き出した。各自がやるべきことをやるために。



運営チーム女性陣がわずかな手回り品を持って施設長の後に続く。

運営チーム男性陣は出店の破片が散乱した本部の片付けだ。

裏方チームは移動屋台1~3号からの調理器具一式の取り外し(4号は温存)に取り掛かる。

その他の者は資材の運搬やその他の準備を大急ぎで進めた。


ラングは仲間達に一通りの指示を与えると、群衆に向かい合う。



「本日は足をお運びいただきありがとうございます! 実は、朝来たら、何者かに出店が壊されてました。

そのせいでほんの少し準備が遅れちゃったのです」

ラングは再びスキル【言霊】を発動して演説を続ける。

憐れみを誘うような悲しげな声に群衆が思わず釣られる。


「お~見ればわかるよ。ひどい目にあったな……」


「ぼく、元気出して。おばちゃんはあんた達の味方だよ!」


つい先ほどまで苛立っていた列待ちの人々がにわかに同情の声を浴びせた。



「みなさん、ありがとうございます。今大急ぎで準備を進めているので、あとしばらくすれば料理をお出しできます。 その間、当カイエイン商会の出店でお出しするメニューをご説明します!」

場をつなぐためにラングが急遽料理説明を始めたのだ。


「出店でお出しするのは2品目です! 一つはお好み焼きって言う外はカリッと中はフワフワの生地の中に魚介類など、当商会自慢の食材がたっぷり入ってます!美味しいですが、慌てて食べると口の中がやけどしちゃうので気を付けてください!」


「あともう一つが、お集まりの皆さんお目当てのあま~い食べ物です。クレープと言って、甘さの中に酸味が加わり、お口の中からとろけちゃうほどの美味しさですよ! ただ~~し!ご存知の通り、甘味は大変貴重なものです!ですから一口サイズでの販売となり、それでも高級ディナー一食分以上のお値段になります!」


「ですが、今列に並んでる皆さんだけ、ご迷惑をおかけしたお詫びに特別価格とさせていただきます!

庶民食堂一食分より安い――。 そう!お好み焼きと同じお値段でご提供いたしますので、この機会に是非お召し上がりください!」


ラングの言葉で一時静まり返った群衆が大いに沸いた。


「やった~!甘い物が庶民の食堂一食分以下で食べられなんて奇跡だ!」


「あ~きっとこれまでで最高の一口になるわね! 絶対味わって食べるんだから!」 


「やいガキども!父ちゃんが奮発するから楽しみにしていろ」


「やった~!!」



ここまで「クレープ」と表現してきたが、厳密には一口サイズの**“ミニクレープ”**を出す。

しかも、その価格は高級レストランのディナーすら上回る代物だった。


祭りには似つかわしくない強気の値段設定となってしまったが、これはやむを得ない。

事情を知る者からすれば、むしろ破格である。

王侯貴族でもめったに口にできない品を提供する以上、常識外れの安値は、様々な観点から悪手と判断したのだ。



壊された看板にはクレープのビックリする値段も表記していた。

昨日は前夜祭ということもあり、通常のクレープを“お好み焼きの値段”で提供していただけだった。

手渡す際に説明はしたが、十分に伝わっていない可能性があるため、ラングはあえて強調することにした。


鋭意製作中の新しい看板ができるまでは、手書きの値段入りメニューを掲げて営業を続ける。



そうこうするうちに賑やかな声が聞こえてきた。

誰かがこちらに近づきつつ、叫んでいるようだ。



「お待たせしました! できたてのお好み焼きとクレープです!」

料理を運んできたのはエマルシアの同級生たちだった。

かわいらしい給仕が大声で叫びながら急ぎ足で近づいてくる。


こうして、できたものから次々と運ばれてきたのだった。



孤児院から借りたイスと机も既に並べられている。

長時間並んでくれた客たちが笑顔で席を埋めていく。


お好み焼きの評判は上々だ。

誰もが初めて口にする味、そして手で持って食べるという珍しさに驚きながら、大口を開けてかぶりついていた。


お好み焼きだけでも十分に勝負できる——そう確信するに十分な反応だった。




そして——


「ほんとに甘いずら! えらいうんめぇな!」

「噂は本当だったのか! まさかこんな出店で甘味が出るなんて、信じられん……」

「父ちゃんクレープもっと食べたい! お願い! ねぇもっと食べたいよ〜!」


予想通り、ミニクレープの評判は凄まじかった。

一向に減らない行列の最後尾に、再び並び直す強者まで現れる始末。

新たに列に加わる客の数は、作り手の供給をはるかに上回り、しばらくその状態が続いた。


こうなると、移動屋台どころの話ではない。

目の前の行列をどうさばくかが先決だった。


結論から言えば、この日はこのまま一日を終えることになった。

移動屋台は——ついに火を噴くことはなかったのだ。

いや使う事は使った。

孤児院から本部へのわずかな距離を運ぶ、運搬道具として……。



孤児院の子供たちは宣伝の必要がなくなったため、席の片付けなどの雑用を手伝ってもらった。

作ったそばから売れていくため、需要にまったく供給が追いつかない。

事態の打開を図るべく、ラングは途中で仲間に指示を飛ばし、ドグマに急ぎ調理用魔道具の追加製造を頼むほどだった。



朝からのドタバタで疲れ切った体を休めながら、ラングは頭の中で思案していた。

今日は初日だからこそ、皆の体力もあってどうにか乗り切れた。

思い返せば、まさに綱渡りのような一日で、今思い出しても冷や汗が滲むほどだ。


この先も続く長丁場を乗り切るためには、状況を整理し、戦略を立て直す必要がある。

疲れている皆には申し訳ないが、それぞれのチームの主だったメンバーには、今夜少しだけ時間をもらい作戦会議を開こう。


――明日は、今日のように慌てふためくことのないように。











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