69話 ポルテアを吹き荒れる旋風~前夜祭の裏側で起こったこと
前夜祭で大いに盛り上がるラングたち実行委員。
ひょんな縁から飛び入り参加した孤児たちが、元気いっぱいに駆け回り会場を賑わせる。
初対面とは思えぬほど打ち解けたエマルシアたちも加わり、その盛り上がりは最高潮に達していた。
それを温かな眼差しで見守る大人たちの存在が、前夜祭をさらに素敵な時間へと彩り、明日への士気を一層高めていく。
図らずも、この夜は皆にとって忘れられない思い出となったに違いない。
――しかし、その賑やかさの裏側で、大きな波紋が生まれつつあった。
きっかけは、音や人の気配を聞きつけて集まってきた近隣住民や、すでにまばらに商いを始めていた他の屋台の関係者たちだった。
お好み焼きに舌鼓を打った彼らが、試しに口にした「イチゴクレープ」に雷に打たれたような衝撃を受けたのである。
「なんじゃこの旨さは!? まさか、こんなところで甘い物が食えるとは!」
「しびれる……まるで稲妻に打たれたみたいだ! こんなの売られたら、俺らの商品なんか誰も見向きもしなくなるぞ!」
「きゃああ、なにこれ! とろける幸せってこういうこと!? 夢よね、夢に決まってるわ! どれ、ちょっとアンタのほっぺを……」
「ぎゃああ! やめろ、やめてくれ! つねるなら自分のほっぺにしろ! ちぎれるってば~!」
押しかけてきた愉快な夫婦の漫才はさておき――
この場でクレープを口にした者は例外なく、その感動を誰かに伝えずにはいられなくなっていた。
こうして、“甘味の衝撃”は瞬く間に周囲へと広がっていく。
「聞いたか? とんでもなく甘いもんが食えるらしいぞ! かなり高いらしいが……」
「ああ、噂は聞いたが……そんなもん嘘に決まってらぁ。王様だって滅多に口にできねぇ代物を、屋台なんかで食えるもんか!」
「それがねぇ、本当みたいなのよ。うちの弟が、さっき家に飛び込んできて――延々と自慢話! あのドヤ顔見てたら、もう腹が立ってきて……!
悔しくて大急ぎで駆けつけたら、もう店じまいしてたんだから……。だから明日は絶対、朝イチで並ぶつもりよ!」
男性の熱気も相当なものだったが、女性陣の熱量は鉄をも溶かす勢いであった。
幸いにも、前夜祭終盤になってようやく招待客以外の一般客が訪れ始めたため、噂がポルテア中を駆け巡る前に、ラングたちは片付けを終えて撤収していた。
だが、噂を聞きつけた人々の期待は「お預け」をくらった分だけ膨らみ、祭り本番を前にまるで爆発寸前の火山のようになっていた。
もちろんラングを含む実行委員の誰ひとり、その事実を知る由もない。
翌日、長蛇の列を目にして初めて事態を悟ることになるのだった。
だが、この予想外の“噂の伝播”は、ラングたちに思わぬ不幸をも、もたらした。
誰もいなくなった真っ暗な通りに、何者かの影が蠢いていた。
「よし……あそこだ。やっちまえ!」
目を血走らせ、狂気を宿した表情の男の号令とともに、鈍器を手にした男たちがカイエイン商会の屋台へ殺到する。
夜の街に響き渡る打撃音。
その音が止んだとき、そこには無残に打ち壊された残骸だけが残っていた。
自分たちの撤収後、こんなことが起きていようとは――ラングたち実行委員は夢にも思わない。
はてさて、この事態にどう立ち向かうのか。
波乱含みの前夜祭の夜が、静かに更けていった。
☆ ☆
夜明けと同時に、祭り本番を待ちわびた人々が街の広場へと続々と集まり始めた。
しかし――カイエイン商会の出店周辺だけは、まるで嵐が過ぎ去った後のように異様な空気が漂っていた。
「……な、なんだこりゃあ……」
最初に現場を目にしたのは、準備のために早くから訪れた実行委員の青年だった。
彼は思わず声を詰まらせ、そのまま足を止める。
そこにあったはずの出店は影も形もない。折れ曲がった支柱、散乱する木屑と布切れ――。
食堂の男性メンバーが渾身の力で作った看板は地面に叩きつけられ、無惨にひしゃげている。
のぼりはビリビリに裂かれ、もはや原形をとどめていなかった。
「おい! みんな、大変だ!! ……ちくしょう、ひどいことになってる!」
声を聞きつけ、眠そうな目をこすりながら仲間たちが駆け寄る。だが、現場を見た瞬間、一様に言葉を失った。
「これは……夜のうちにやられたのか……」
「道具も机もイスも……全部壊されてる……」
やがて、ラングとエマルシアも現場に駆けつける。
ラングの視線が破壊の跡をなぞり、固く結ばれた唇が震えた。
エマルシアは手を口に当て、目を見開いたまま立ち尽くす。
「……これじゃ、本番に間に合わない……」
誰かが呟いた瞬間、周囲の人々の間にざわめきが走る。
だが、それをかき消すように――
「おーい! 甘いものが食えるっていう屋台はどこだ!? 昨日の噂を聞いて来たんだ!」
と、期待に満ちた声が次々と押し寄せた。
祭り客たちは破壊された屋台を見て、何かが起きた事を察する。
だが、甘味目当ての客は集まる一方。
やがて通りを埋め尽くすほどの人だかりとなった。
熱気と混乱、そして焦りが入り混じる朝――実行委員たちは、何をどうすれば良いのかわからず立ち尽くすしかなかった。
「今日のためにみんなで頑張って来たのに……何故こんなことに……」
感情を抑えきれず、エマルシアが涙をこぼす。
傍らのイエローシスターズも必死に慰めていたが、ついに堪えきれず、彼女の肩を抱きながら一緒に肩を震わせた。
そんな光景を呆然と見つめるラング――。
そのとき、思いがけない援軍が現れる。
「なんだよこれ、ひでーな! どこの誰がこんなことしやがったんだ!」
「昨日の夜中、どっしゃんがっしゃん聞こえたのはこれだったのね。許せない!」
「ねぇ、でみちぇ壊れちゃったの? じゃあ孤児院のちゅかえば? とってもひろいんだから!」
昨日知り合ったばかりの孤児たちが、いつの間にか駆けつけ、まるで自分のことのように憤慨していた。
そして、ちいさな女の子の言葉を聞いてラングはひらめいた!
「……それだ!」
確かに本部はめちゃくちゃにされ、当初の作戦は崩れた。
だが、移動屋台はすべて無事だ。のぼりや看板はなくとも、目の前の長蛇の列を見れば問題なさそうだ。
孤児院の調理場を借りられれば、どうにかなる!
移動屋台には加熱魔道具から保温器まで揃っている。
実際、屋台で調理する想定はなかった。保温器さえあれば十分だったのだ。
加熱魔道具は念のために載せていただけ――ならば、それらを孤児院に移せば機能上の損失はほぼゼロ。
全てを完璧に作りたい――
ラングとの話し合いの時に、ドグマが放った一言がこの窮地を救う。
作り手の崇高なる職人魂に、ラングは心から感謝した。
「ねぇみんな、諦めたらそこで試合終了だよ! 大丈夫、我に策ありってね!」




