65話 出店出店(でみせしゅってん)7
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トマスら四人から聞かされた話は、こうだった。
例のクレイマー上司は異動先の部署でも社内人事に不満を募らせ、ついには問題を起こしてしまった。
その中のひとつが、まさに出店に関する件だったのだ。
彼は「昨年の担当部署課長」という肩書を悪用し、商会の目を盗んで独断で動いたという。
なんと今年の出店について、勝手に参加辞退の意思を伝えていたのだ。その結果、正式に不参加扱いとなってしまった――。
完全なる嫌がらせである。
例年大いに盛り上がり、従業員一同が楽しみにしている行事を台無しにし、自らの鬱憤を晴らしたのだ。
被害妄想以外の何物でもないこの行為が、予期せずラングを直撃した形となった。
もちろん、今からでも参加の意思を伝えれば出店自体は可能だ。
だが、ひとつ大きな問題があると、トマスは言った。
「出店の場所ってのは、実績がものを言うんです。カイエン商会は長年の功績で、毎年、人通りの多い最高の場所を押さえられてた。
でも、一度辞退となればその枠はすぐ埋まる。今さら参加したいと言っても、残ってるのはろくな場所じゃないんですよ」
トマスの表情には、悔しさとやるせなさがにじんでいた。
――なるほど、これは厄介な話だ。
鎮潮祭は、街を挙げての一大イベントだ。
数えきれないほどの出店が所狭しと並び、威勢のいい呼び込みで客を集める。
とはいえ、出店はどこでも自由に出せるわけではない。
定められたエリアに、所定の手続きと規則を守った上での参加となる。
人通りの多い人気のエリアは一見さんでは入り込めない。
長年の実績と、地域社会への貢献が認められて初めてそうした一等地に出店が出せるのだ。
それだって、そのエリア内の具体的な場所についてはくじ引きで決める。
そのくじ引きや割り当ては、すでに始まっていた。
残っているのは、うらびれた場末や人通りの少ない裏通りくらい。
待てど暮らせど人が寄り付かないなんて事態も容易に想像できる。
これまた厄介な問題を抱え込んでしまった。
それにしても例のクレーマーの迷惑な事。
散々人に迷惑をかけておいて、はなはだ迷惑な置き土産まで残していくとは……なんて罪深い奴なんだ。
これは根本から作戦を練り直さなければならない。
そう頭の中で考えるラングなのであった。
翌日目の下にクマができたラングが夕食後の食堂に姿を現した。
もちろん睡眠を削って色々考えを巡らせた結果だ。
だが、その甲斐もあり、なかなかいいアディアが浮かんでいた。
「みなさん、お疲れの中お集まりいただき、ありがとうございます。
本日は第一回”出店実行委員会”連絡会です!
今後定期的に本会を開催し、それぞれのチームの活動状況を共有していきたいと思います。
どうぞ皆様のお力添えをよろしくお願いします。
それでは、本委実行員会名誉会長トルマ料理長からのご挨拶です!」
ラングがすぐ横に座る料理長に合図を送ると、やや緊張した趣の料理長が席を立った。
「皆、忙しいところ集まってくれてありがとう。
坊主、いやラングに祭り上げられたお飾りだが、料理のなんたるかをお前さん方に伝授してやろう。
厳しいが歯を食いしばってついてくれば、必ずやいっぱしの料理が作れるくらいには鍛え上げてやろう。いずれにせよ、ラングとお嬢、二人に力を貸してやってくれ」
パチパチと拍手が鳴り響く中、料理長が腰を下ろした。
「では次に、本実行委員会、運営チームキャプテンのエマルシアからのご挨拶です」
ラングの視線を受けて、エマルシアが立ち上がる。
「皆さん、まずは協力してくれること、本当にありがとうございます。……こんな子供が何を、って思う方もいらっしゃると思います。でも、皆さんの力をめいっぱい頼りにしながら、私なりに一生懸命頑張ります。どうぞよろしくお願いします」
今度も、盛大な拍手が起こった。
「次に、昨日当実行委員会に参加する事となった新メンバーの紹介です!」
ラングの言葉と共に食堂の入り口をくぐってきた人達の顔を見てにわかに食堂が騒がしくなった。
それもそのはず、食堂の常連たちの大部分が参加してくれている当実行委員、あの騒動を知らない者はほとんどいなかったからだ。
「今回ラング君にお願いをして、実行委員に参加させていただきます、トマスです。
ご存知の方も多いとは思いますが、その節は大変ご迷惑をおかけ致しました。
どの面下げて顔を出すのか、きっと皆さんはそう思われると思います。」
トマスはここで一拍置き、続けた。
「ですから、この場でお許しいただこうとは思っておりません。けれど……皆さん、そして何より、ラング君、そしてホルスさんに対するせめてもの償いをどうかさせていただけないでしょうか。どうか僕たちにチャンスを下さい」
トマスの言葉を合図に他の3人もその場に立上り、深々と頭を下げた。
食堂は、水を打ったように静まり返る。
その沈黙を破るように、一人の男が立ち上がった。
ラングと並び、例のクレイマー上司の被害を受けた“漢”、ホルスである。
「皆さん、私からもお願いします。確かにあの日、私は嫌な気分にさせられました。……ですが、昨日、彼らはわざわざ私のもとを訪ねてきて、心からの謝罪をしてくれました。そして――どうか、出店の準備を手伝わせてほしいと申し出てくれたのです」
ホルスの落ち着いた声が、静かに響く。
「私はその誠意を信じたい。償いたいという気持ちを、受け取りたいと思うのです。どうか皆さん、彼らの参加を認めてやってくれませんか」
その真摯な言葉に、場にいた人々の心が動かされる。
「ホルスの兄さんがそこまで言うんなら、俺たちに異論はねえ! なぁ、みんな!」
「お~さすがホルスの兄貴だ、でっけ~心の持ち主だぜ。 ホルス、それっホルス、それっホルス!」
ホルスを慕う男衆がやんややんやの大合唱。
その様子を見て、黙っていられないのがラングに黄色い声援を送る“イエローシスターズ”である。
「さすがラング君、器がでっかい~!」
「さすがラングきゅん、優しいんだから。そんなところもお姉さんス・キ♡」
すると、争いの火種も……。
「も、もうっ! ライアさん、またそんなこと言って! ラング君を誘惑するのは禁止です!」
「やきもち焼いちゃうエマちゃんも、ス・キ♡」
すっかり打ち解けた様子で、エマルシアとイエローシスターズが楽しげに応酬を始めた。
こうして、和やかな雰囲気の中で話し合いは進み、チーム分けや役割分担もスムーズに決まっていった。




