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61話 出店出店(でみせしゅってん)3

ご覧いただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

ラング、エマルシア、そして料理長たち三人で話し合いを重ねてから一週間――。

食堂に、あまりにも意外な人物が姿を現した。


アルバート=カイエイン。

カイエイン商会の会頭、すなわちこの商会の頂点に立つ人物だ。

その両脇を固めるのは、ナンバーツーの実力者であるアルマ支配人と、

知る人ぞ知る“影の実力者”にして会頭付き秘書のナターシャ。


普段はにぎやかに食事を楽しんでいる従業員たちに、にわかに緊張が走る。


うっかりスプーンを落とし、しんと静まり返った食堂に高音を響かせる者。

手と足を同時に出しながら、ぎこちなくロボットのように歩く者。

手のひらに“人”の字を書いては、そっと飲み込む者。


――雲の上の存在の登場に、誰もが動揺を隠せなかった。


きっかけは、ラングの叩き台をもとに三人で練り上げた「鎮潮祭における市場調査を兼ねた出店計画」。

それを、娘エマルシアが手渡したとき――

計画書に目を通したアルバート会頭は、驚いたようにこう尋ねたという。


「……これはお前が考えたのかい?」


無理もない。

社会経験のない少女が作ったとは思えない、完成度の高い計画だったからだ。

マーケティングの知識がなければ理解しづらい専門用語も含まれ、

計画に大きな穴は見当たらない。

むしろ、その整合性の高さと将来性に、思わず感心してしまったという。


だがもちろん、エマルシアは見栄を張って自分を大きく見せるような子ではない。

正直に、ラングやトルマたちと相談しながら、協力を得て作り上げたことを説明した。


さらに――


「実は、出店のメニューももう考えてあるの!」


と、自信たっぷりに語るだけの準備も整えていた。


あの日以来、三人は事業計画の練り直しと並行して、メニューの開発にも力を注いできた。


「「「絶対に父(会頭)を説き伏せるんだ!」」」


その一心で、毎日必死に取り組んだのだ。


そして――

その努力が、いまこの瞬間につながっている。




会頭たちが指定された席に座ると早速一つ目のメニューが運び込まれた。

円形のキツネ色の生地に魚介をたっぷりと混ぜ込んだ焼き物に黒っぽい、それと黄色っぽい何かがジグザクに二本線を描いている。

あと一つ、これまた何かを削った薄皮のようなものが、立ち上る湯気と共にうねうねとせわしなく動いていた。


独特の鼻を突くような酸味を帯びた香が何故か食欲をそそる。



ここで、ピンクの調理服に身を包んだエマルシアが料理の説明をする。


「皆さま、こちらは、この大陸からはるか遠い島国で、庶民食として親しまれる”お好み焼き”という料理です。表面にはカツオブシをまぶし、ソースとマヨネーズでお召し上がりいただきます。どうぞご賞味ください」

大人顔負けの丁寧な口調で、すらすらと説明を行った。



ポルトニア平原から持ち帰った小麦のサンプルは順調に育っている。

だが、収穫量は必要を満たすには全く足りない。

そもそも、収穫したものは食用ではなく、研究・試験栽培用の種を確保するためのものだ。



そのため、今回は仲間の協力を得てポルトニア平原の小麦群生地から大量に収穫してきてもらったのだ。

不思議な事にこの世界では収穫期という概念がない。


幾つかの群生地ごとに育成の度合いがまるで違い、今まさに収穫を迎えるところもあれば、

まだまだ発芽したばかりのところもあるといった具合なのだ。


しかも成長速度が速いため、イワンの目算によると種まきから収穫まで2か月弱というところらしい。

出店で用いる分も面倒だがポルトニア平原を往復して確保するつもりなのだ。



さて、いよいよ実食の時間である。


三人の前に運ばれたお好み焼きは、それぞれの皿に盛りつけられていた。

アルバート会頭とアルマ支配人の皿は四等分、ナターシャの分は八等分され、フォークでそのまま食べられるようになっている。


最初に手を伸ばしたのは、やはり会頭だった。

他の二人は、彼が一口食べるのを見届けてから箸もしくはフォークを取るつもりなのだろう。


「ハフッ……これは……ハフッ……魚介の旨味と、シャキシャキした食感がたまらないな」

「それに、この黒いソースと黄色い調味料――これが酸味とコクを加えて、味に深みが出ている。はっきり言って……とても美味しい」

「この……なんだ? ウネウネ動いていたヤツ……カツオブシか? これもまた、独特の香りと風味を添えてくる」


アルバート会頭は、熱さに顔をしかめつつも、夢中になって食べ続けた。



会頭が満足そうにうなずくのを見て、ようやくアルマがフォークを手に取った。


「……では、私も失礼して」


几帳面な性格を反映するように、慎重な手つきで小さなひと切れを口へ運ぶ。

一口噛んだ瞬間、その目がわずかに見開かれた。


「これは……予想を超えてますね。外はカリッと、中はふんわり……魚介の風味が口いっぱいに広がります」

「……この酸味のあるソース、甘みもあって妙に癖になります。さまざまな食材と調味料が絶妙に混ざり合って――これは“混ぜるな危険”な料理ではないでしょうか~~」


真面目な顔つきのまま、フォークが止まらなくなるアルマ。

ひと口ごとに小さくうなずきながら、黙々と味わい続けていた。


そして――もう我慢の限界とばかりに、ナターシャが一気にワンピースを口に運ぶ。


「お、美味しいですわ! ……ゴロゴロ、シャキシャキ――口内に広がるアンサンブル! ドロッととろける酸味と、ほんのり玉子の香るまろやかな酸味の二重奏! 私の口が今、アンコールを叫んでおりますの!」


まるで舞台のレビューのように、教養溢れる芸術的な言葉で喜びを表すナターシャ。

その声に、固唾をのんで見守っていたエマルシアの表情がぱっと明るくなる。


――時間外の厨房に通い詰め、料理長の手ほどきを受けながら、何度も試作を繰り返したここ数日。

その手には、小さな切り傷がいくつも残っていた。


それでも懸命に努力した日々は、決して彼女を裏切らなかった。



三人が食べ終えるのを見計らい、いよいよスイーツが運ばれてきた。


何度か登場している定番スイーツに、今回はポルトニア平原で新たに見つけたフルーツが彩りと風味を添えている。


そして生地も進化した。

これまで玉子だけでごまかしてきたクレープ風のものではなく、小麦と長芋を加えたことで、ふんわり・もっちりとした新食感が楽しめる仕上がりだ。


 


「次は、食堂の人気メニューをアレンジした《イチゴクレープ》です!」

エマルシアが堂々と告げる。

「たっぷりの生クリームに、イチゴの酸味が加わって、甘さの中にも爽やかさを感じられる一品です。どうぞ召し上がれ!」


お好み焼きで自信をつけた彼女は、ようやく本領を発揮し始めていた。

首をかしげながらのウィンクに会頭もアルマ支配人も心臓を打ち抜かれたようだ。



そして、これまでのきりりとした表情はどこへやら。

すっかり緩んだ顔で、アルバート会頭が実食に移る。



「な、な、な、なんと……! 甘いと甘酸っぱいは、ここまで相性が良かったのか!」

目を見開き、驚きとともに歓喜の声があがる。

「反発するはずの二つの味覚が、まるで許し合うかのように口の中で溶け合い――いや、これはもう愛だ。エマルシアの、娘の愛が……私を満たしていくぅ~~!」


――こうして、アルバート会頭はエマルシアの前に陥落した。



「こう見えても、私はクレープにはちょっとうるさいのですよ。この食堂でも何度か楽しませていただいておりますからね」

アルマは得意げに、“甘味通”の顔を見せた。


「しからばいただきましょう。 はむ。 甘いと甘酸っぱいは、ここまで相性が良かったのですか~! 反発するはずの二つの味覚が、まるで許し合うかのように口の中で溶け合い――」

その言葉の続きを遮るように、会頭が口を挟んだ。



「おいおい、アルマ君。それ、さっき私が言ったこととまるで同じじゃないか。クレープにはうるさいんじゃなかったのかね?」

的確すぎるツッコミに、アルマはわずかにたじろぐ。


「そ、それはですね、会頭! 本当に美味しいものを食べたとき、人は感動の言葉もまた同じになるものなのです!」

アルマの苦しい言い訳に、生暖かい視線が注がれた。



次にナターシャが名乗りを上げる。


「私もクレープには一見識ございますの。 何しろこの食堂で鍛え抜かれた、この舌を持っておりますから」


――どうやらこの商会の審査員たちは、皆一様に前置きが長いらしい。



「では、失礼して……あ〜〜ん♡ ……きゃう~~んっ! おいし~~ですわ~~!!」

ナターシャは思わず両手を胸の前で組み、くねるように言葉を叫んだ。


「も、もうただひたすら……言葉も出ないほどの、甘さの宝石箱ですわ〜〜っ!」


もはや芸術的表現など放り投げ、完全に“ラング化”してしまったようだ。


「やった~! 宝石箱ゲットで〜す!」

何故かエマルシアまで、宝石箱で大喜び。



カイエイン商会の”ラング化計画”が着実に進んでいるようだ。


――こうして、以後カイエイン商会における“食の最高評価”は《宝石箱》となったという。




そして──


 


「よく頑張ったな、エマルシア。これなら十分、勝算が見込める。……認めよう」

会頭はしっかりと娘を見据えて言った。

「失敗を恐れず、これからもどんどん挑戦してみなさい。……トルマ、それにラング君。娘のサポートを頼みたい。これは会頭としてではなく、一人の父親としてのお願いでもある」



「だが簡単には認めん、 か、かわいいエマルシアは絶対にやらん」

最後に、公私混同も甚だしい言葉が途切れ途切れに発せられたが、それはラングの耳元に口を寄せて言ったため、ラング以外の誰にも聞こえる事はなかった。


どこまでも、悪い虫扱いを受けるラングなのであった。

(ちぇっ、みんなの前では格好つけて「娘のサポートを!」――なんて言っといてさ!)



何故か口をとんがらせて、プンスカ怒るラングの姿が目撃されるのであった。






数日後、商会各部署に以下の通達が掲示された。


【本年度の鎮潮祭における出店に関する変更事項】


当商会では諸事情により、今年の鎮潮祭での出店は見合わせる方針としておりましたが、

有志による熱意ある提案を受け入れ、自由参加とすることといたしました。

商会業務に支障が出ないことを条件に、参加を希望する方は企画生産部までご連絡ください。




この通達によって商会内のあらゆる人達に出店の事が知れ渡るだろう。

協力者が現れる事を願うばかりだ。


最後に今回お好み焼きを敢えてメニューに加えた意図を記しておく。


スイーツは今回の出店の目玉だ。これ一つでも十分勝算はある。

だが、ラングが目指しているのは植物系食材の普及である。

甘味だけが独り歩きしてしまうと、どうしたってそれ以外が霞んでしまう。



それと、一日の時間の経過と売れる商品にも注目した。

お昼時や夕飯時はどうしたってがっつりと食べたいものだ。

中には朝食抜きで祭りに突撃してくる強者(つわもの)もあろう。


つまり、スイーツだけだと客足が遠のく時間帯ができてしまうのだ。


それを埋めるためにもお好み焼きが有効だと判断したのだ。

鉄板ならばクレープもお好み焼きも作れる。

それに、ドグマの着火魔道具を使えば大した費用もかからず、用意するのも簡単だ。


唐突に出てきた「お好み焼き」に戸惑った人達は納得していただけだだろうか?



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