59話 出店出店(でみせしゅってん)1
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今、ラングは食堂で夕飯を食べていた。
隣には、弾けるような笑顔が眩しい美少女――エマルシアが座っている。
ありがたいことに、ここしばらく某エルフ美女の姿は見えない。
ポルトニア平原を探索するためパーティーに誘った際、「しばらく予定が立て込んでいる」と彼女は言っていた。おそらく、その影響だろう。
女同士のつばぜり合いに巻き込まれずに済んだ安堵を噛みしめつつ――
とはいえ、料理長の地獄耳には油断ならない。そんなこんなで、気を抜けないラングであった。
「ラング君、聞いてる?」
可愛らしく首を傾げながら、エマルシアが話しかけてくる。
「今度の鎮潮祭に出店を出すって話、どう思う?」
話はこうだ。
来月初めに開催される「鎮潮祭」に、エマルシアが出店を出したいと言い出した。
もちろん、突発的な思いつきではない。
例年カイエイン商会が参加していたが、今年は事情により辞退する予定だという情報を耳にしたからだ。
「鎮潮祭」とは、港町ポルテアで毎年開かれるお祭だ。
近海を司る女神「アムピトリーナ」に海の安全を祈願し、ポルテア大神殿の神官が五日間にわたって海へ祈りを捧げる。
それに合わせて、町中が華やぐ大祭が開かれるのだ。
出店が並び、アインラッド王国はおろか、近隣諸国からも人が押し寄せる――
まさに大陸最大級の祭りである。
当然、カイエイン商会も毎年のように出店してきた。
だが、今年は外せない商談が入り、アルバート会頭をはじめ、アルマ支配人ら幹部陣も遠征することに。
その準備に追われるなか、商会としての出店は見送られることが決定したのだ。
とはいえ、この祭りは従業員たちにとっても楽しみな行事。
一丸となって祭りを盛り上げることが、ある種の誇りでもあった。
エマルシアもまた、幼い頃から運営側として参加してきた思い入れがある。
その彼女が、今年の不参加を知って大きなショックを受けていたのだ。
しかし――
ここのところ元気を取り戻しつつあった彼女は、なんとか出店の道を探し出そうとした。
「私だけじゃ無理だけど、ラング君と一緒なら、きっと……」
そんな思いから、思い切って父に直談判したのである。
現状は、父との話し合い段階にすぎない。
けれど、いくつかの条件を満たせば出店を認めるという“口約束”は取り付けていた。
1.自分で計画書を作成し、提出すること
2.商会に頼らず、協力者を自力で集めること
3.出店審査に合格すること
「……なかなかハードル高くないか?」
ラングはエマルシアの手書きメモを眺めながら、内心、そう思っていた。
「そういうわけだから、ラング君お願い。力を貸して! ラング君だけが頼りなの」
エマルシアはぐいと体を寄せ、手をぎゅっと握って懇願してきた。
ここまで美少女に頼られては、断るわけにはいかない。
それこそ、男がすたるってもんだ。
「わかった、俺に任せてよ!」
ラングは反射的に承諾してしまった。だが――
「……って、俺、そんな暇あったっけ?」
しばらくして冷静になったとき、猛烈な後悔が押し寄せた。
例年ならば、持ち回りで決まった担当部署が、部署を挙げて人海戦術で準備を進めていた。
企画から始まり、実行に向けての段取りを整え、細部まで詰めていく――
商会という組織が、きちんとノウハウを引き継ぎながら、連綿と続けてきた流れだ。
だが今回は、商会としての参加が見送られたため、実質的には個人参加に他ならない。
各部署の前年担当者からの引き継ぎもないとなれば、それだけで相当なハンデキャップだった。
それがどれほど大変な事か。
人手も足りない、知識も足りない、予算は?出店内容は……?
そう考えて頭を抱えるラングなのであった。
だが、それでも――
今まさに立ち直ろうとしている少女の願いを、どうして無下にできようか。
あの時、エマルシアに頼まれた瞬間。
たとえもっと冷静だったとしても、ラングはやはり断らなかっただろう。
もがき苦しんだ人が、一生懸命に前を向こうとしている――
そんな姿を、応援せずにいられるものか。
「よし、考えるぞ……!」
ラングは気持ちを切り替え、作戦を練り始めた。
やはり、大人の協力は不可欠だ。
頼れる大人といえば、そう――あのドワーフの料理長。
翌日、夕食の片付けや翌日の準備がひと段落したタイミングを見計らい、
ラングとエマルシアは、料理長・トルマのもとへ突撃した。
エマルシア自身の口で思いを伝えるのが一番――そう考えたラングが提案すると、
彼女も「ぜひそうしたい」と頷いたのだった。
「お嬢と坊主、いきなりどうしたんじゃ? 何か心配事でもあるのか?」
料理長は、単刀直入に疑問を口にした。
その問いかけに応えるように、エマルシアは胸に秘めた想い――出店に込めた思い入れを、静かに語り始めた。
そして、最後にこう付け加えた。
「お母さんが生きていた頃……毎年このお祭りを楽しみにしてたの。
出店を出して、従業員のみんなと夜遅くまで準備して、
一緒に頑張って、一つになっていくのが大好きだったって。
だから、私――お母さんが好きだったこのお祭りを、みんなと一緒にやりたいんです!」
エマルシアが強い決意を込めてそう語ると――
「お嬢……わかった。ワシに任せておけ。
そうじゃったな。たしかに奥様は、祭りも出店も、みんなでやるのが好きじゃった……」
ドグマは懐かしい記憶を思い出したのか、目元を潤ませながらしみじみと呟いた。
ラングは、そんなふたりのやり取りを見届けながら、
昨晩遅くまで練っていた作戦について、ゆっくりと語り始めた。




