58話 あの可愛かった希に何が!
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コンテナハウスで一夜を明かし、一行は日の出とともに行動を開始した。
朝食は、昨晩の夕食と一緒に準備しておいたものをさっと済ませる。
「さて、今日は“衣”と“食”、両方を同時に追い求めるとしよう」
話は突然変わるが、
実は希が結構ヤバいことになっている。
他のメンバー達がやりすぎたのだ。
何をか?
スライムのちびっこい魔石をちまちま食べていた頃は良かった。
だが、その後現れた、もう少し強い魔物達の魔石まで希は食べ始めたのだ。
どうも、魔物が強いほど魔石が“おいしい”らしい。
無邪気にキャッキャ喜ぶ希の姿に、パーティ全員がまさかの完堕ち。
「おい希や、この魔石を食べなさい」
巨大なアリ型の魔物の群れを討伐した直後、ドグマが優しい声で希を呼ぶ。
「キャイキャイ♪」
バンザイを繰り返した希は、ドグマの体をよじ登って魔石を丸呑み。
そのまま顔をすり寄せて、さらにおねだり。
「キュウ~ン……」
猫なで声で甘えながら、次から次へと魔石を巻き上げていく。
(孫を猫かわいがりするおじいちゃんか!)
ラングは心の中でツッコミを入れるが、もはや希の“魔石食べ放題”は止まらない。
「はい希っち、あ~ん。おいち~ですか~?」
気持ち悪い声を出すのはマニフェスだ。
(赤ちゃん言葉はやめて欲しい……)
「希ちゃ~ん、そのおじちゃんの魔石より、こっちの方がもっとおいち~ですよ~!」
鑑定作業の合間に魔石を差し出すのはスーベ。
(何故あなたまで赤ちゃん言葉になるの? そんな暇あったらしっかり鑑定しろ!)
ラングは頭が痛くなってきた。
さすがというか、何と言うか……。
イワンだけは職務に忠実だった。
へんてこりんな見た目の植物に、頬ずりしながら恍惚とした表情を浮かべていたが……
……見なかったことにしよう。
そうした経緯を経て――
希の脱皮による巨大化が止まらなくなった。
拳サイズだった可愛い希はもういない。
今じゃ大きすぎて腕にしがみつかれたら腕がちぎれそうだ。
これじゃ歩くどころではない。
「希、悪いけど背中にしがみついてくれるかな?」
ラングのやむなき一言により、「希サック」※の完成である。
※リュックサックみたいな見た目ってことね。
もう主従の力関係についての議論は打ちきりだ。
もはや勝負何ておこがましいほどの実力差が顕在化してしまったからだ。
ラングの背中にしがみついた希は、新たに手に入れたスキル【視温の邪眼】で魔物の気配を察知するや、疾風の如く走り寄り、一撃のもとに葬り去る。
背中越しに聞こえるゴリゴリと魔石を砕く希の租借音が、ラングの心をもかみ砕いた。
だが、いつまでも落ち込んでいる本物語の主人公ではない。
「いやぁ頼りになる従者がいて俺は幸せだな~」
立ち直りの早さも、ラングの長所の一つなのであった――。
そんなラングでさえ、希のステータス画面を開くのは心臓に悪いようで――
「お、落ち着いたらのんびり確認しようね~希♪」
わざわざスキル【言霊】まで発動し、全力でごまかすラングなのであった。
プライドだけは、まだ捨てきれなかったのだろう。
スキルの無駄遣いにもほどがある。
齢七歳にして、自分を追い抜いていく“我が子”の姿に打ちのめされる――
そんな父親の気持ちを、少しだけ理解できるようになった哀れな主人公を、どうか温かく見守ってほしい。
そうこうしてるうちに、物理的活動限界が予想以上に早くやってきた。
「採りすぎじゃね?」
ラングが呟くまでもなく、リヤカーは既に満杯だった。
どう見ても過積載。誰が見てもアウトだ。
危惧した通りの展開になってしまったが、こうなれば仕方ない。
泣く泣く選別を行い、より頑丈そうなものは道具袋に仕舞い込み、
残りはやむを得ず無理やり積み込んで、その生命力にかけることとした。
まだ時間には余裕があったが、ここは潔く撤退を選んだ。
帰路では、荷物が壊れないよう細心の注意を払いながら進む。
リヤカーの牽引を担当するのはイワンとマニフェス。
ドグマとスーベは、前後からの護衛に回る。
そしてラングは、道中の弱い魔物を相手に戦闘訓練を続行した。
希はというと、もはや歴然たる強者の風格をまといながらも、あくまでラングのサポートに徹してくれる。
身体こそ大きくなったが、主を想う気持ちは変わらず――
その姿は、健気で可愛い従者そのものだった。
時には正面から魔物をけん制し、
またある時は粘着糸を吐き出して魔物の動きを阻害する。
主従の連携は見事なまでに洗練されていった。
なお、希の魔石食いはここで打ち止めだ。
これ以上続けると、魔道具製造部の素材在庫確保どころじゃない。
せっかく協力してくれたドグマ・マニフェス子弟に、申し訳が立たなくなるからだ。
……それにもう一つ。
これ以上大きくなったら、さすがのラングでも背負いきれなくなる。
「希サック」は今のサイズが限界なのであった。
そうこうしているうちに、ラングたち一行は無事に帰還を果たした。
今日の成果は、昨日に比べれば控えめだ。
――積載オーバーで早めに切り上げたのだから、仕方ない。
だが、その価値を一気に跳ね上げる“ある発見”があった。
ポルトニア平原を抜ける、その寸前のことだった。
「メェ~、メェ~」
どこからともなく響く、聞き覚えのある鳴き声。
もっさりとした毛に覆われたその姿を目にしたラングは、思わず目を見開いた。
「羊だ! この世界にも羊がいたのか~!!」
飛び跳ねるほどの喜びようである。
元の世界と違って、白一色ではなく、黄色や青といったカラーバリエーション豊富な個体ばかり。
これなら、染料を使わずとも色とりどりのウールが手に入る!
“衣”に目を向けた途端、こうして現れた服飾素材の可能性。
ラングの期待は、否応なく高まった。
ただ一つ、悔やまれるのは――
リヤカーがもう、満載だったことだ。
さすがに、生きた羊を道具袋に押し込むわけにもいかない。
「いっそ……あのお嬢様にお出ましいただいて……?」
捕らぬ狸の皮算用。
ラングの脳内では、早くも数手先のプランが組み立てられつつあった。
――こうして図らずも、
「衣」と「食」――二つの道が、ラングの足元から静かに伸び始めていた。
活動報告にラングの現状スキルについてまとめました。
お時間がございましたらご覧ください!
ラングのスキル【言霊】の現在Vol.2
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