表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/114

閑話8 美女と農地トレーニング

ラングの元いた世界には「高地トレーニング」というものがあった。

世界を舞台に活躍するマラソンランナーたちが、酸素の薄い高地で行う特別な鍛錬法だ。


そして今、異世界に転生したラングは――まさにそれによく似たトレーニングに取りかかろうとしていた。


 場所は、もとは商会の空き地だった土地。

 現在では、すっかり“農地”と呼べるほどに開拓された広大な菜園だ。

 そう、これからラングが行うのは、その名も《農地トレーニング》。


 農地の環境を活かした、独自の修行法である。


「ラングさん、魔法とは“イメージを具現化すること”……すなわち、想像を形にして外の世界へ表す力なのですわ! ですから、もっとこう――妄想を膨らませるのです!」


 力説しながらナターシャは、ラングの背中にしなやかな腕を回し、その手でラングの腕を包み込んだ。


 そして、そっと自分の魔力をラングの体へと流し込んでいく。


「ラングさん……分かりますか? 私の体内を巡る魔力が、あなたの中に入り込んでいるのが」


 ラングは目を閉じ、自分の内側と対話するように集中を深める。


「はい……分かります。ナターシャさんの腕から、熱いものが僕の中に入ってきて……暴れてます。暴れまわってます!」

 眉をひそめ、苦しげに言葉を絞り出す。


「それは、ラングさんの魔力が、私の魔力とまだ馴染んでいないからですわ。反発し合ってしまっているのです。

 五感を研ぎ澄ませて……私の魔力を、感じてくださいまし」


 ナターシャもまた、少しだけ息を詰めたように語る。


「はい……全身の感覚を研ぎ澄ませばいいんですね。集中しろ、集中しろ……五感を研ぎ澄ませ、五感を……」

 ラングは意識をさらに内へと向け、感覚を研ぎ澄ませていく。


 そして、その結果――


(当たってる。背中に、ナターシャさんの……柔らかいものが、当たってる!!)


 はい、いつものパターンです。


(だ、ダメだ! 集中するのはそっちじゃない! あそこに血液を集中させてどうするんだ……俺ぇ!!)


 ラングは、この日最大の“山”にぶつかった。


「ナターシャさん……大変申し訳ないのですが……もうちょっと離れたところから僕の腕を掴んでもらえませんか?

 できれば、その、腕以外の……特に柔らかい部分が僕に触れない程度の距離で……お願いできますか?」


 ものすごくバツの悪そうな表情で、ラングは懇願する。


「えっ? それはどういう――あっ……ふふっ、なるほど。

 そういうことでしたのね。失礼いたしました、少々“集中”させ過ぎてしまったようですわ。では、少し距離を取りますわね」


 ナターシャはくすりと笑い、わずかに身体を離した。


 こうしてラングは、危機的状況をなんとか脱出。

 再び内面に意識を集中できるようになった。


 ナターシャから流れ込む魔力に同調するように、自分の魔力を体内に循環させていく。


 彼女の魔力の流れを感じ、その波に自分の魔力を重ねるように──


 やがて、感覚の“コツ”を掴んだのか、ラングの魔力はナターシャのリズムに乗って、体内をスムーズに巡るようになった。


「やりました! ナターシャさんの魔力の流れと、僕の魔力を同調させることができました!」



こうして、ナターシャ先生による魔法教室は次の段階へと進んだ。


「では次に、頭の中で描いたイメージを、循環させた魔力と共に体外へ放出させてみましょう。

 最初は“指先から飛び出す”ように、強くイメージしてくださいまし。

 できれば、そのイメージを一言で表す“言葉”と一緒にすれば、具現化しやすくなるでしょう」


 ナターシャは、いかにも教師らしく眼鏡のブリッジを押し上げながら助言する。


「よし……ナターシャ先生みたいに風魔法で……! ――エアカッター!」


 ラングは、先日の戦闘でナターシャが見せた風の刃を思い浮かべながら、勢いよく叫んだ。


 だが、事はそう簡単にはいかなかった。


 指先からは何も出なかったのだ。


 ここで、その日はタイムアップとなった。



「ラングさん、申し訳ありません。この後“副業”がございますので、続きはまた明日にいたしましょう!」


 ナターシャはそう言い残し、颯爽と去っていった。


(副業? 秘書って本業じゃなかったのか……?)


 ナターシャの言動にいちいちツッコんでいたら、身がもたない。

 ラングは気持ちを切り替え、仕事の合間を縫って、魔法の訓練を地道に続けていった。


 ――そして、数日が経ったある日。

 ラングに明らかな変化が現れる。


「ラングさん、もっと強く思い描くのですわ! あんな事やこんな事、これまで積み重ねてきた“たくましすぎる妄想力”を、今こそ解き放つのですわ!」


 その言葉が直接のきっかけになったわけではない。

 だが、ラングの指先に、確かに魔力が宿り始めていた。


 そしてついに――


「万物を切り裂け! エアカッター!!」


 ラングの指先から、ひと筋の風が迸り、目の前の雑草を鋭く切り裂いた。


「やった! やりました! とうとう俺、やり遂げたんです!」


 ラングは感極まり、目尻に涙を滲ませながら声を上げた。


「よくできましたわ! これであなたも立派な魔法使いです。さあ、私の胸に飛び込んでくるのですわ!」


 ナターシャは両腕を広げ、まるでドラマのラストシーンのように待ち構える。


「え〜……それは遠慮させていただきます。

 とにかく、ナターシャ先生のおかげで、魔法が使えるようになりました。本当に、ありがとうございました!」


「もぅ〜、ラングさんのいけず〜〜っ。そこはノリで“子弟の熱い抱擁”の場面ではありませんか!」


 ぷくーっと頬をふくらませる、ちょっぴり残念なナターシャ先生なのであった。



その日以降もラングは地道に魔法の特訓を続けた。


「エアカッター! ハァハァエアカッター……」



気付けばカイエイン商会の空き地の雑草は全て刈り取られていた。




こうして、農地トレーニングと言う名の草刈り作業が成功裡に幕を閉じた。



後日、自分達の仕事を奪われたバイオレンスチキから、食料を奪われたという事実も含め、猛抗議を受ける事となったのだが(エマルシアがボスチキに泣きつかれたとこぼしていた)……今はおいておこう。




 それ以上に、

 ラングには、思いもよらぬ副産物が待ち受けていたのである。



【新たなスキル効果が発現しました】


≪流≫――魔力の流れを整え、スムーズな制御を可能にする。魔法発動スピード上昇。

≪感≫――感覚を研ぎ澄まし、魔力の反応を敏感に察知できる。気配察知能力上昇。

≪集≫――集中力が上がり、長時間の作業や魔法行使に有利。習得・成長能力・魔法威力上昇。

≪習≫――経験から素早く学び、技術の習得が早くなる。習得・成長能力上昇。

≪刈≫――刈り取る動作に力が漲る。切断力上昇。

≪循≫――魔力の循環効率が改善され、消費を抑える。

≪魔≫――魔力に慣れ親しむ素質を高める。魔法効果上昇。

≪妄≫――妄想力が高まり、イメージを具現化しやすくなる。魔法習得率上昇。


獲得シーツ

≪学び屋≫ ≪草刈り上手≫ ≪農地トレーナー≫ ≪血気盛ん≫ ≪イケず男≫ ≪見習い魔法使い≫



まさに大収穫と呼べるような成果となったのだが、ラングには色々思うところがあった。

ま、スキル効果は良しとしよう。


だがなんだ?学び屋って?バイクや車を物凄いスピードで走らせる人達の親戚か?

草刈り上手だって? そんなのあったって限定的すぎるでしょ?何の役に立つってんだ!


農地トレーナー……は? 農地での特訓のプロって事?

血気盛んってなんじゃい! あそこに血が溜まるいけないオイラをディスってんのか?

イケず男? もう知らん!


まともなのは≪見習い魔法使い≫だけだっちゅ~~の!


もうなんだか頭がクラクラしてきた……


ステータスウィンドウを眺めながら頭を抱えるラングであった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ