1話 決意の門出
朝、目を覚ますと俺は袖をめくり、腕に刻まれた神紋を眺めた。
――夢じゃなかった。
昨晩の出来事が現実だったことの、何よりの証明だ。
よく見ると、二匹の蛇が縄のように絡み合い、片目をつぶって舌を出している。
「……あれ? なんか見たことあるような……?」
俺は目をつぶり、遠い記憶を辿る。
何年も眠らされていたせいか、前世のことは霞がかったように曖昧だ。だが、ふと――
「これ、俺がデザインしたキャラじゃね?」
そう、前世でライトノベル作家をやっていた俺が、よく描いていたキャラクターにそっくりなのだ。
「というか、そのまんまじゃないかい!」
思わず独り言でツッコミを入れる。
デフォルメされた大きな目。片方をつぶり、いわゆる“テヘペロ”ポーズ。
間違いない。俺のキャラだ。
「うっそ〜。キャラをパクったうえ、デザインした本人に刻みつけるとは……」
あの人――人じゃなくて神だけど――いったいどういう神経してるんだ……。
記念すべき再出発の初日に、なんてことしてくれるんじゃい!
少しムッとしながらも、せっかくの門出を台無しにはしたくない。
俺は深呼吸して気持ちを整えると、両手で自分のほっぺたをパシッと叩いて気合を入れた。
「さぁ、今日から成り上がり生活始めるぞ〜!」
同じ部屋の仲間たちを起こさぬよう、小声でそうつぶやき、顔を洗いに部屋の外へ出た。
廊下を歩きながら大きく伸びをして、ふと気づく。
体が……小さい。
元の世界ではとうに大人だった俺。だからこそ、この“こじんまり感”がやたら気になる。
両腕を上げた感覚が軽く、全体的に妙にコンパクトだ。
――体が縮んだってことは(実際は小さな体に宿っただけなんだけど)……
あそこもミニサイズなのか?
などという下世話なことを考えているうちに、共同の水飲み場に到着してしまった。
気配――というよりも、とてつもない存在感を感じて見上げると……。
巨木?
いや、人だ。それも巨人族!?
目の前にいたのは、天井すれすれ……いや、頭を下げてるぞ。どう見ても人間離れした体躯の人物だった。
その“巨人”は、バケツみたいな手で水を掬い、ジャブジャブと顔を洗っている。
滴る水の豪快なことといったら……。
(あれ、もはや放水だろ……)
どうにも気になり、目が離せなくなってしまう。
確か名前は……ジョイサンとか、そんな感じだった気がする。
とりあえず、話しかけてみっか。
「えーっと……ジョイサン君だったよね? おはよう!」
軽く挨拶、ジャブ代わりの一発。
すると――
目の前の“大きな生き物”はピクンと身を震わせ、カタカタカタ……と機械仕掛けの人形みたいに顔を向けてきた。
そのまま、ピタリと目が合った。
――次の瞬間。
鬼でも見たような顔で驚愕し、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「ちょ、ちょい待ち! なんで!? 俺、なんか悪いことした?」
呆然と立ち尽くす俺。
ややあって、顔を洗いながらぼそっとつぶやく。
「よ〜し、最初のターゲットは決まった。首もとい、顔洗って待っとけよ〜。洗顔後だけに!」
……我ながらクソ寒いダジャレだったが、それでも気を取り直すにはちょうどよかった。
そう――俺は彼をロックオンした。
別に、取って食おうってわけじゃない。
スキル【言霊】の力を借りて、仲間を作りたいのだ。
絆を深めたいのだ。
何せ、俺ができることといえば――他人の強化だけ。
だからこそ、世の中で勝ち抜くには仲間の存在が不可欠なんだ。
そして、今日から俺が全力で取り組むべき課題は――
仲間づくり。
背中を任せられるような、熱い友情を。
絶対に、育んでみせる!
ご覧いただきありがとうございます。