表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/114

52話 力尽きた親蜘蛛の想いを引き継いで……

お立ち寄りいただきありがとうございます。

お読みいただいた方からのリアクションはとても励みになります。

読みがけの駄賃にいただける事を期待しております。

ラングたち一行にとって、「逃げる」という選択肢は最初から存在しなかった。


それは、パーティの中に――極端に戦闘力の劣るラングが混じっているからだ。

逃走の最中、ラングが追いつかれた場合は、パーティ全体が壊滅の危機に瀕する。


誰かを守りながら逃げるというのは、それほどまでに難しい。


だからこそ、彼らは決断した。

――自分たちから接近し、先制攻撃を仕掛ける。




ラングたちは即座に隊列を整え、警戒を強めながら音のする方向へ向かった。


激しい戦闘音が密林に響き渡る。否が応でも緊張が高まる。


やがて彼らの目に飛び込んできたのは――


 


巨大な蜘蛛くもと、それを上回る体高を持つ巨大カマキリの戦いだった。


いや、正確には、

大きな蜘蛛が、最後の力を振り絞って、小さな「何か」を守っている光景だった。


もはや動くこともままならず、それでも足をバタつかせて、なんとかカマキリを押しのけようしていた。




蜘蛛が守ろうとしていたのは――無数の子蜘蛛たち。


まだ孵化したばかりなのだろう。

真っ黒な親蜘蛛とは違い、彼らは半透明で、いかにも弱々しい姿をしていた。


迫りくる死の気配すら察知せず、怯えることもなく――

その小さな命たちは、今まさに死を迎えようとしていた。




カマキリは親蜘蛛に(かじ)りつきながら、時折その大鎌を振り下ろす。

容赦なく、無力な命を刈り取っていく。

 


それは、まさに「弱肉強食」の縮図。

地獄のような光景に、誰もが言葉を失った。



そんな中たった一匹だけ逃げたした者がいた。

小さな肢を必死に動かし、遠ざかろうとする。




その姿を目にした時。

ラングの脳裏に、ある記憶が甦った。


それは――この世界にいた「ラング少年」の、悲しい記憶。


かつてモルモルによって目覚めさせられたその時、

ラングは、前世の記憶とともに、この世界に存在していた少年の人生をも受け継いだのだ。


親兄弟を無惨に殺され、たった一人生き残った――

夢も希望もなくこの世界に絶望した小さな少年の姿。


その記憶は、あまりにも悲惨で、あまりにも凄惨で、

思わず嘔吐してしまうほどだった。

 


そして今――。


捕食者から逃げようとする子蜘蛛の姿に、ラングはその少年の姿を重ねていた。




だが、その子蜘蛛に――新たな危機が迫っていた。


逃げる者を本能的に追う捕食者の習性が働いたのか。


カマキリは、齧りついていた母蜘蛛から身体を引きはがすと、

遠ざかる子蜘蛛に向き直り、その巨大なカマを高く振り上げた。


 


その刹那。


母蜘蛛が、最後の力を振り絞るように糸を吐いた。


吐き出された糸は枝分かれしながら宙を舞い、カマキリの身体にまとわりつく。


わずか一瞬だが、カマキリの動きが鈍った。



だが、それも長くは続かない。


カマキリは全身に力を込めて糸を引きちぎり、

その反動のまま、ついに無慈悲な一撃を放った。



一見無意味に見えた親蜘蛛のささやかな抵抗が、その後の奇跡へと繋がる。



振り払う力を込めたがゆえに、カマが生んだ風圧が

鋭い刃先が届くほんの直前、子蜘蛛を吹き飛ばしたのだ。


まさに紙一重のタイミングで、子蜘蛛は死の淵から逃れ、

その勢いのまま、必死に逃げ続ける。




だが、本当の危機はこれからだったのだ。

捕食者の気まぐか、はたまたいたぶって遊びたかっただけなのか。

それはわからない。



だが、そのカマキリはあろうことか子蜘蛛を追い始めたのだ。

これほどの体格差では、逃げ切れるはずもない。

子蜘蛛の命は、風前の灯火だった。




その様子を見ていたラングは、ついに堪えきれなくなる。


胸の奥から、何かが突き上げてきた。


記憶の底に眠る、あの不幸な少年の記憶――。

それが、ラングを突き動かした。


 


「こっちに向かってこい! 今、助けてやるからなっ!」


ラングは叫びながら、子蜘蛛に向かって走り出す。



「ラング、止まれ! 行ってはならん!」


ドグマが手を伸ばし、ラングを引き留めようとする。


だが――間に合わなかった。



「みんな、お願い! あの子蜘蛛を助けたいんだ!」


ラングの叫びが、仲間たちの心を突き動かす。


ラングの強い想いが《言霊》となって皆を動かした。




「あれだけ大きいと、長くは拘束しておけませんわ。速やかに排除をお願いします」


ナターシャはカマキリに向かって手をかざし、スキル【状態保存】でその動きを封じた。


 


「わかった、俺が渾身の一撃をお見舞いする。


マニフェス、正面からあいつの注意を引いてくれ。ただし、絶対に近づきすぎるな。


イワンは側面に回って弓で攪乱してくれ。威力は気にしなくてよい。


ラングは、子グモを確保したらすぐに後方へ退け!」


ドグマの指示を受けそれぞれ動き出す。



「おっけーです! おーい虫けらぁ! 僕が相手だぞー!」


マニフェスは剣と盾を打ち鳴らしながら、大声で挑発する。


 


「よそ見してたら危ないですよ!」


イワンが側面から矢を次々と放ち、カマキリの注意を引く。


数本の矢が命中し、カマキリはイワンの方へと向き直った。



その隙にラングは子蜘蛛のもとへと走り寄る。


 


「もう大丈夫。俺が助けてあげるから……ついておいで」


そう優しく語りかけると、まるで言葉が通じたかのように、子蜘蛛はラングの差し出した手のひらに飛び乗った。


 


「も、もう限界ですわっ! ラングさん、早くこちらへ!」


ナターシャの声は、明らかに焦りを含んでいた。


 


「どっせぇえぇぇぇええ!!」


ドグマが気合いとともに、渾身の一撃を振り下ろす。


まだ拘束を解けぬカマキリは、その一撃を避けきれず、

真っ二つに斬り裂かれた。



 


戦闘が終わった後――ラングは、仲間達から散々に叱られた。


 


「ラングさん、あんな危険な真似をなさるなんて……軽率にもほどがありますわ!」


「……すみません、ナターシャさん」


「今回ばかりは俺もナターシャに同意だ。あんなのは勇気ではなく単なる蛮勇だ。

守られるお前がしっかり守られてくれんと俺達にはどうしようもない」

「ごめんなさい、ドグマさん」


「いや~さすがに僕も死ぬかと思いましたよ。僕じゃとても盾役は務められませんからね~。

まだブルブル手が震えてますよ!」

「ご迷惑をおかけしました、マニフェスさん」


「まぁまぁまぁ、ラングさんも反省してるみたいなのでこの辺で許してあげましょうよ」

「うぅ、イワンさんありがとうございます」


「イワン、黙ってなさい。私とラングさん、二人ふうふの問題なんですから」

「すみません、夫婦では・・」

そう言いかけてラングは口をつぐんだ。

今の彼には、反論する資格もなかった。


多少ネタっぽいやり取りも交じっていたが、ラングは心から反省していた。

皆が言う通りだったからだ。




パーティーで最弱のラングが、前衛よりも先に飛び出すなど、本来あってはならないことだった。

今回の魔物討伐での彼の役割は、“逃げ隠れ”しながらの支援。

それを無視して突っ込むなど、軽率の極みである。


 


さらに――イワンが後から語ったところによれば、


あの巨大カマキリは、普段はこの森のさらに奥地に棲む、極めて危険な魔物で、

「シェイバーマンティス」と呼ばれているらしい。


そのノコギリのような鎌を高速で振動させ、大木でさえあっさりと切り倒すほどの破壊力を持つという。


もし、あの時点でドグマ以外の誰かが一撃でも受けていたら――

命に関わる大怪我は免れなかったかもしれない。

親蜘蛛との戦闘で体力を消耗していなければ、どうなっていた事だろう……。


その話を聞かされたラングは、冷や汗が止まらなかった。


 


そして、イワンが最後にこう付け加えた。


「調べて分かったんですが、シェイバーマンティスの鎌には粘着性のある糸がべったりとこびりついていました。恐らく体のあちこちに纏わりつき動きを阻害していたんでしょうね。

あの親蜘蛛は……命を懸けて、いまラング君の手のひらにいるその子だけじゃなく、私たちのことも助けてくれたんだと思います」


その言葉を聞いて、ラングはしみじみと思った。


 


「子を思う親の愛情って……すごいんだな」


 


同時に、自分の軽率な行動で仲間たちを危険に晒してしまったことを、心の底から悔やんだ。


 


「……皆さん、さっきは本当にすみませんでした。

ごめんなさい」


 


心優しい仲間たちは、何も言わず、静かに微笑みを返してくれた。


 


ラングは、自らの手のひらの上でぐったりとうずくまっている子蜘蛛を見つめながら、強く心に誓った。


 


「この子を……守ってあげなきゃ。あの勇敢な親蜘蛛のためにも」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ