51話 ドキドキの魔物討伐2
次に現れたのは、巨大なイノシシに似た魔物だった。
二本の大きな牙を持ち、その巨体は見るからに凶暴そうだ。
「この魔物は《ジャイアントラッシュボア》です! 巨体を活かした体当たりに気をつけてください!」
魔物の接近に気づいたイワンが、素早く仲間に警告を飛ばす。
直後、ジャイアントラッシュボアが突進を開始。
まさに“猪突猛進”――まっすぐ一直線に迫ってくる!
「アースホール!」
ドグマが土魔法を唱え、ジャイアントラッシュボアの足元に大穴を穿つ。
「ソイルオペレーション、サンド!」
それを受け、イワンが「土質操作」のスキルで足元の地面を砂に変化させた。
まるで蟻地獄のような状態に、魔物はもがけばもがくほど深みに嵌っていく。
そこへ、またしてもラングが姿を現し、ひょいと石を投げて命中させる。
……もちろん、手応えなどほぼない。ただの経験値を稼ぐための「戦闘参加」のアリバイだ。
そうして魔物の体力が削れきったところで、イワンの放った矢が鋭く命中し、見事仕留めた。
「よし、やった!」
思わず歓声を上げた次の瞬間――再び危機が襲う。
今倒した個体よりさらにひと回り大きなジャイアントラッシュボアが、またしてもドグマに向かって突進してきたのだ。
しかも今回は真正面、完全な不意打ちだ!
「危ない、避けてーっ!!」
ラングが叫ぶが――間に合わない。
凄まじい衝撃音とともに、何かが空を舞った。
「「「ドグマさーん!!」」」
三人の悲痛な声が響き渡る。
……が、次の瞬間。
「なんだ?」
何事もなかったかのように、ドグマは平然と立ち尽くしていた。
吹き飛ばされたのは――突進してきたジャイアントラッシュボアの方だった。
こうして、昏倒している魔物にラングが石を投げ(※一応命中)、
最後はドグマが悠然と歩み寄って斧を振り下ろし、戦いに終止符を打ったのだった。
「敵の接近に気づかず、すみませんでした」
イワンが申し訳なさそうに頭を下げる。
だが、彼を責める者はいなかった。
というのも、魔物の接近を察知してくれるだけでもありがたいのだ。
そもそも、正確に敵の数や位置を把握するのは、熟練した冒険者でも難しい。
本職でもないイワンにそれを求めるのは酷というもの。
むしろ皆、戦闘が終わったことで気を緩めていたのが問題だと反省し、
「今後は油断せず警戒を続けよう」と確認し合ったのだった。
――今回も、打ち合わせ通り見事な連携だった……よね?(たぶん)
そして次に現れたのは――ムササビのような姿の魔物だった。
木から木へと飛び移りながら、素早く接近してくる。
今回もいち早く気づいたイワンの注意喚起を受け、パーティ全体が警戒態勢に入る。
「私がやりますわ!」
これまで戦闘に参加する機会のなかったナターシャが、前に出て手をかざした。
次の瞬間、ムササビ型の魔物が空中でぴたりと動きを止めた。
そのまま慣性で体が投げ出されたところを、詠唱を終えた風魔法が襲う――
鋭い風の刃が魔物の首を容赦なく刎ね飛ばした。
(……今の、一体何をした?)
ラングは驚きつつ、ナターシャがかつて口にしていた言葉を思い出す。
確か、特権グループとの対決の際に言っていたスキル――【状態保存】。
“ある事象を一定時間、変化させない”という説明だったが……まさか物体そのものを静止させられるなんて。
気になったラングは、そのまま本人に問いかけてみる。
「ひゃん? 私の秘密、バレちゃいました? さすがラングさん、ご慧眼ですわ!」
ナターシャは、あっさりと驚くべき事実を認めた。
「そうですわ! 心臓が動いているうちに、愛の共同作業をしなくてはなりませんの。
ラングさん、早く石を命中させてくださいまし♪」
「共同作業って、そういう意味かい!」
ラングは思わずツッコミを入れつつも、素直に石を投げて命中させた。
ナターシャは契約魔法や執行魔法といった事務系の魔法を得意とするが、風魔法もそれなりに扱える。
そして何より、彼女のスキル【状態保存】があまりにも凶悪すぎた。
“事象”には人や物も含まれていたのだ。
物とはつまり、人以外――当然、魔物もその対象となる。
対象を一定時間「変化させない」このスキルは、実質的に相手の動きを固定してしまう。
……となれば、先日ナターシャに肩を掴まれた際、体が動かなくなったのも納得がいく。
なんと恐ろしいスキルだろう。
(この人は……絶対に怒らせちゃいけない……)
ラングは、その事実を心のメモ帳に深く刻み込んだ。
「ナターシャさん、さすが! すごい!」
すかさずラングはスキル【言霊】を発動し、全力で彼女を持ち上げ始めた。
危険を感じた瞬間、これまでのそっけない態度をあっさりと切り替える――
ラングのこの変わり身の早さには、思わず呆れるほどだ。
……が、どうやら、ちょっと効きすぎてしまったらしい。
「それほどでも~~ございますわ! ラングさんを手取り足取り支えるのが妻の務め。
ふふふっ、未来のために内助の功、発揮しまくりですわ~~! ア~ハハハハハ、ア~ハハハハハハ!」
喜色満面、朗らかに高笑いするナターシャ。
「よっ、ナタリン素敵~!」
「あ~ん、ラングさん、もっと褒めてくださいまし~!」
「よっ、できる女!」
「もっともっとぉ~♡」
そんなふたりの小芝居を、他の三人は生暖かい視線で見守っていたのだった。
――なんにせよ、ここでひとつ、はっきりしたことがある。
「連携……いらねぇんじゃね?」
そうなのだ。
高い身体能力を誇るドワーフのドグマは言うに及ばず、
ラング以外のメンバーもこの辺りに出没する程度の魔物なら単独で対処可能なようだ。
100倍以上強化された防御力をもってすれば致命傷はおろか軽傷すら負わないだろう。
――ということで。
「気づいた人が、気づいた時に」
という、個別対応方針に大きく舵が切られた。
その後も、これまで討伐した3種類に加え、リスやヤマネコのような比較的小型の魔物が次々と襲いかかってきたが――全て瞬殺。
ラングもそのたびに石を投げつけ、うまく立ち回って経験値を獲得していた。
「うふふ……私とラングさんの、愛の共同作業ですわぁ!」
若干一名、テンションの高い人がいたが、
ラングはこれ以上相手をするのはやめたようだった。
というより、周囲から向けられる“どこか憐れみを含んだ視線”に、さすがの彼もいたたまれなくなったのだ。
それでも経験値のためと割り切り、いやいやながら“共同作業”を続けた。
「皆さん、そろそろ引き上げましょう。少し入りすぎました」
周囲の植生を観察していたイワンが、帰還を促す。
そう、魔物を次々と討伐しているうちに、気づけば当初の予定を大きく超えて、密林の奥深くまで進みすぎてしまっていたのだ。
密林は深部に入るほど、現れる魔物の危険度も上がる。
どれだけ強化されていようと、さすがに油断はできないエリアだ。
引き返すと決めた、まさにその時――
密林の少し先から、何かが争うような音が聞こえてきた。
そしてその何かは、ものすごい速度でこちらに向かって近づいてくる。
……恐らく、これまでの魔物とはわけが違う。
全員が、緊張感を漂わせて身構えた――。




