49話 困った不幸のスパイラル
降って湧いたような出来事に、ラングは今、頭を抱えていた。
それは、魔道具製造課での話を終え、部屋を出ようとしたときのことだった。
倉庫の外へ向かう俺の肩を、誰かが軽く叩いた。
振り返ると――
「ラングさん、この後、少しお時間よろしいでしょうか?」
ナターシャが微笑みながらこちらを見ていた。
最近やたらと絡んでくる場面が増えており、グイグイ押してくるこの人には、正直ちょっと警戒している。
「え、え~と……ちょっと急ぎの用事があるので」
そそくさと逃げようとした俺だったが――、一歩も進めなかった。
まるで巨大な岩にでも縛りつけられたかのような重さに体が動かない。
ちらり見ると、ナターシャのしなやかな腕がラングの肩に伸び、ラングの肩を掴んでいた。
なんたる怪力。
きっと何か、恐ろしい魔術か呪いの類に違いない――!
「今回も真面目なお話なので、聞いてくださいますね?」
「断ったら殺られる」そんな直観を抱かせるほどの迫力だった。
「さきほど、ドグマさんの解放時期を前倒しにするとお話ししましたが――
実は、ラングさんについても同様の措置を取ることになりましたの。
つきましては、ジョブの変更と、それに必要な資格を得るために、レベルアップをお願いしたいのです」
ナターシャは、当然のような口ぶりでそう言い放った。
「はい? どういうことですか?」
いきなり重大情報を投下され、頭が追いつかない。
「簡単にご説明しますわね。これまで“商会改革推進室”という暫定名で呼んでまいりましたが、
このたび、正式に“企画生産部”として発足する運びとなりました。
そしてその責任者には――ラングさんに就任していただきます。
期待しておりますわ、ラング部長♪」
からかい半分の笑顔とともに、最後に一発爆弾を落としていく。
「ですので、どうかレベルアップ、頑張ってくださいね♪」
「いやいやいやいや! 話が雑すぎて、まるで理解が追いつかないんですけど!?
急すぎるし、重大すぎるし!
そもそも俺、そんな話一言も聞いてませんよね!?
なんで勝手に決められてるんですか!?
ドグマさんのときは、ちゃんと本人の意思を確認してたじゃないですか~~!!」
「はい、ですから、いま説明させていただきました!
奴隷解放および、その後の幹部就任については、すでにアルマ支配人とアルバート会頭の了承もいただいておりますの。
何も問題ございませんわ!」
ナターシャは満面の笑みで、”してやったり”の顔だ。
「ちょ、問題だらけじゃないですか〜! 俺、何も言ってませんけど!?」
ラングが不満げに頬を膨らませると――
「それは失礼いたしました。ということで、なぜレベルアップが必要なのかをご説明しますね」
ナターシャはいままでの仕返しとばかりにスルーして話を進める。
(……もうダメだ。これは完全に断れない流れだ……
未来のネコ型ロボットの漫画に出てくる、あのいじめっ子ガキ大将並のゴリ押しじゃねぇか……
初対面のとき、“仕事のできそうな綺麗なお姉さん”とか憧れてた俺がバカだった……)
遠い目をするラングをよそに、ナターシャの説明は続いた。
奴隷解放の手続きがどうこう――
幹部になるにはジョブの等級がどうこう――
レベル制限がどうたらこうたら――
(もはや俺に拒否権など存在しないらしい……話聞く意味ある?)
「もちろん、私も全力でサポートいたします。
……では、まずは“最初の共同作業”、よろしくお願いしますね♪」
最後に、ナターシャはどこか含みを持たせた笑顔を浮かべて言った。
燃え尽きたラング――だが、せめて一言だけでもと気力を振り絞る。
「最初の共同作業って……結婚式のケーキ入刀みたいな言い方やめんかい!」
こうして――
ラングは、新たな悩みを抱えることとなった。
いったん、話を整理しよう。
“部長”といえば、商会の中ではれっきとした幹部ポジションだ。
そして幹部というのは、上級職にあたる。
――そう、“上級職”。
だが、ラングはその“上級職”になる資格がない。
なぜか?
そもそも、ラングは“労働奴隷”という、社会的に最底辺の存在。
ジョブ上の分類では“下級職”に相当する。
もっとも、「下級職以下」は存在しないので、実際には“下級職”と一括りになるのだが――
問題はそこじゃない。
上級職になるためには、一定以上の“レベル”が必要なのだ。
つまり――
ラングはまず、ジョブチェンジをするために、レベルアップという難関を突破しなければならない。
では、ここで「ジョブ」について少しだけ整理しておこう。
ジョブ(職業)には、2つの等級がある。
一つは「ジョブ間等級」。
これは、労働者や職人といった“下級職”と、管理職や幹部といった“上級職”を区別するランク。
もう一つが「ジョブ内等級」。
これは、同じ職の中での習熟度を示すもので、ざっくり言えば――
見習い労働者:LLA
中堅労働者:MLA
熟練労働者:EXLA
と、三段階に分かれている。
「レベルアップしてください」
――と、美人秘書(※オレサマ秘書?)であるナターシャさんは、いとも簡単に言ってのけた。
でも、そんな簡単な話じゃないんだってば!!
なぜなら――
俺、弱いんだもん!!
レベルアップには“経験値”が必要で、経験値を稼ぐなら――
まあ、王道としては“魔物討伐”という流れになる。
でも俺のスキルって、他人にしか効果がない仕様なんだよね。
つまり、自分を強化する術が……ない。
小柄な少年が、頼りないステータスで魔物に挑んだらどうなるかって?
討伐どころか、まるっと食われて終わる未来しか見えない!!
今回の悩み――
正直、わりと本気で切実だった。
じゃあ――どうすれば魔物を討伐できるのか?
答えは一つしかない。
しかるべき“強者”に手伝ってもらうしかないのだ。
つまり――
パーティを組んでくれる仲間を探さなければならない、ということになる。
幸い、これまでの活動でラングには少しずつ“仕事仲間”が増えてきた。
だが、彼らを気軽に誘うわけにはいかない。
なぜかって?
彼らには、彼らの“仕事”があるからだ。
ラングの都合だけで仕事を放り出させるなんてことは、できない。
――だからこそ、ラングは今こうして頭を抱えているのだった。
この時ほど、自分の弱さを悔しく思ったことはなかった。
「さて、困った……」
ラングがため息をついたその時。
ふと、オレサマ秘書の言っていた“ある言葉”を思い出した。
「最初の共同作業がどうとか――あれ、もしかして、そういう意味だったのか?」
最初はただの冗談だと思っていた。
美人秘書らしく、なんかノリで口にしたのだろうと。
……が。
さっき披露していたあの意味不明な怪力。
しなやかな指先で、全く動けなくなったのは伊達じゃない。
もしかして、ナターシャって――見た目に反して、とんでもなく強いのでは?
一縷の希望を込めて、ラングは確認することにした。
昼時。案の定、食堂にはナターシャがいた。
ただ、ちょっと不吉なのは――エマお嬢が正面に座っていたことだ。
意外なことに、これまで三人がそろうことは一度もなかった。
「幸か不幸か」で言えば――おそらく、幸だったのだろう。
端から見れば、美しい二人の女性が仲睦まじくスイーツを堪能する光景。
「仲良きことは美しき哉」
……そうであってくれ、とラングは祈る。
あとは――さて。
どちらの隣に座るのが“正解”なのか?
食器トレーを手に、ラングはゆっくりと二人に近づいた――。
「ラングさん! お隣、空いてますよ♪」
と、エマお嬢。
「ラングさん、先ほどはありがとうございました。どうぞ、こちらへ」
と、美人秘書・ナターシャ。
わざとらしくハンカチで椅子を拭き、アピールまでしている。
まるで、どこかのラブコメで見たような光景が繰り広げられる。
「誰か、正解を教えてくれ~! どっち? どっちに座れば爆弾は爆発しないんだ!」
もう考えるのをやめたラングは、反射的にエマお嬢の隣に座ろうとした――。
「ラングさんは、やはり年の近い方がお好みなんですね」
ナターシャが口を尖らせて、非難がましく呟いた。
「い、いえっ、別にそういうわけじゃ……」
しどろもどろで答えるラング。
「えっ、違うの?」
エマお嬢は、がっかりしたように肩を落とした。
「めんどくせぇ~っ! “ザ・女の戦い”みたいな小芝居に巻き込まないでくれ……!」
口には出せず、ラングは心の中で魂の叫びをあげた。
「えっと、これからナターシャさんと話があるから……向かいの方が、話しやすいかなって。テヘっ」
なんだかわからない笑顔で、ラングはごまかした。
普段なら、時間ギリギリまで食事やおしゃべりを楽しむラングだが、
この日に限っては、話を終えるとさっさと退散した。
――二人からの圧がすごすぎて、味も何も感じなかったからだ。
「ラングさん、次は私の隣に座って欲しいですわ!」
「えっ、はっ、はい……」
おかしい。いつもは“対面”だったはずなのに――。
「ラングさん、“次も”私のお隣にどうぞ」
「えっ、はっ、はい……」
おかしい。やっぱり、対面だったはず……だよね?
それ以降、ラングがどちらかの隣に並んで座る光景が定着したという。
めでたし、めでたし――。
……あっ、そうそう。
ナターシャは嬉々として「共同作業させていただきますわ!」とのことだったので、正式にパーティを組むことが決定した。
そしてその後の魔物討伐では、彼女がとんでもない能力を秘めていたことが明らかになる――。




