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42話 向けられた悪意2

物凄い剣幕で厨房を飛び出してきた料理長の額には、怒りのあまり青筋が浮かんでいた。


「どこのどいつかは知らんがな! この二人が食堂で昼食を取る件については、上から正式な許可を得ておるんじゃ! 文句があるなら、その許可を出した本人に直接言えばよかろう。……おい、兄貴を呼んで来い! それと会頭もな!」


怒りが収まらぬ料理長は、さらにまくしたてる。


「そもそもな、今こうして前よりも美味い飯が食えておるのは、誰のおかげだと思っとるんじゃ! 元をたどれば、あの坊主が仲間に美味いもんを食わせたい――ただその一心で材料を用意したのが始まりなんじゃぞ!」


「皆に旨いもんを食わせたい――そんなワシの願いに快く応じてくれただけでなく、メニューの考案にも力を貸してくれたんじゃ! 商会がお膳立てしたと思ったら大間違い! あの坊主が自分の努力と工夫で舞台を整えたからこそ、多くの者がその恩恵を受けておるんじゃ!」


一気に言い切った料理長は、断固たる口調でこう言い放った。


「短期間でこの商会随一の成果を上げ、会頭自らが高く評価したからこそ、正式にこの場で一般従業員と食事を共にしとるのじゃ! 今回の措置も、新鮮な食材を一刻も早く届けたい――その誠意に対する、せめてもの商会としての感謝の形。

それをなんじゃ! この子らの誠意と親切心を踏みにじる真似をするなら、今後は一切新メニューは出さん! 今晩から元の献立に戻す! 皆も連帯責任じゃ!」


その言葉が、食堂中に鋭く響き渡った。


場の空気が一変し、騒然となる。

ラングに難癖をつけていた中年男の取り巻きたちも動揺を隠せない。

さっきまでニヤついていた顔が嘘のように青ざめていた。


だが――その中年男は、まだ引き下がらなかった。

したり顔のまま、屁理屈を並べ始める。


「そんな横暴が通ると思っているのかね? 食材の購入費は商会持ちのはずだろう?」


「何をバカなことを」


「料理長個人の私物でもない。まるで自分のもののように使い道を決めるとは、明らかに越権行為だ!」


「言いたいことはそれだけか?」


「百歩譲って、その奴隷が多少は貢献したとしても、それで偉そうにのさばる姿を見るのは不快で仕方ない!」


「フン……本音が出たな」


「いっそ、その奴隷が持ち込んだ食材を正確に査定してみてはどうだね?」


「査定じゃと?」


「どうせたかが知れている」


「貴様……本気でそう思っとるのか?」


「ああ。その上でしかるべき待遇を与えればいい。まさか食堂で一般職員に混じって食事をするなど、馬鹿げた扱いを認める必要はないだろう」


「言わせておけば……」


料理長は、とうとう堪忍袋の緒を切った。


「今日の料理に使っとる食材の多くは、市場には出回らんものばかりなんじゃぞ?

キセカエポテト、ヨンホンデモゴボウ、トメイトにバター……どれも見たことあるか?」


「……」


「バイオレンスチキの卵にしても同じじゃ。確かに冒険者が偶然手に入れることはあるようじゃが、市場に並んどるのを見たことはあるか?」


「見たことはないが……たかが鳥の卵だろう」


「その他も同じじゃ。今、食堂で出しとる食材は、どこにも売っておらん。そんなものにどうやって値をつける?」


「だから! 値段はわからんが、たかが知れていると言っている!」


「仮にだ。市場にない希少品に値をつけるとしたら……どうなるか。普通なら、とんでもなく高価になるぞ。偉そうに御託を並べとった割に、そんなことも想像できんのか?」


「いや、希少品などと大げさな! もっともらしいことを言って、ごまかそうったってそうはいかん!」


「では甘味はどうじゃ? 貴様は食べたことがあるのか?」


「……」


「甘味は王侯貴族ですら滅多に口にできん贅沢品。それくらいは知っておろう?」


「……」


「その甘味が、たかが一商会の食堂で普通に食べられるという事実。これは――奇跡じゃ!

その奇跡をもたらした砂糖……ラングがいなけりゃ手に入らん代物じゃ。それに値段をつけるとしたら、いくらになる? 言うてみい!」


料理長は一歩前に出て、クレーマーを真正面から見据えた。


男はすでに言葉を失っていた。

甘味の希少性を知らぬ者などいない。価格を問われれば、口が裂けても「安い」とは言えまい。


沈黙を破ったのは、一人の女性従業員だった。


「……あの、多分、白金貨が何枚かは必要なんじゃないでしょうか」


それは、いつもラングに黄色い声援を送る“お姉様”の一人だった。


「な、何を馬鹿な……いくらなんでも、そんなに高いはずは……」

クレーマーは表情を曇らせ、苦しげに呟く。


「いえ、私もそのくらいはすると、思います。正直、社員食堂で甘味が出るって友達に話しても、誰も信じてくれないんですよ。

“女性の夢”、一生に一度でいいから食べてみたい――そう思ってたものが出されるなんて、ありえないって……」


別の女性従業員が静かに言葉を継ぎ、周りの女性たちもうなずく。


料理長は低く、はっきりと告げた。


「嬢ちゃんたちの言う通りじゃ。商会で正規に砂糖の金額を査定する? そんな話を持ち出した時点で終わりなんじゃ。甘味ひとつで予算オーバー。厳密に言えば、一つたりとも作れん」


「小僧や仲間たちの力で、ここ最近食堂のメニューは目覚ましく改善した。皆からの評判も上々じゃったがな……」


料理長は一拍おき、冷たく言い放った。


「――今日をもって、以前の献立に戻す。甘味など出せる食堂なぞ、元から存在しなかったと思うのじゃな。

全て、その愚か者のせいなのだから。恨むなら、その者を恨め」


そのまま料理長は踵を返し、足音を踏み鳴らして厨房へと引き上げていった。


静まり返る食堂。


――クレーマーは虎の尾を踏んでしまったのだ。

同情の余地など、どこにもない。


そして――ラングもまた、怒っていた。

追撃の拳が、いま静かに振り上げられた――。

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