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41話 向けられた悪意1

転生前の記憶を取り戻したあの夜を境に、ラングの日常は目まぐるしく変わっていった。

友人や仲間が増え、絆も深まり、職場の生産性もぐんと向上。

環境の改善が進み、何より食事の質と量が格段に良くなったのだ。


これらがいい方向に作用しあい、仲間たちはさらに活力に満ち、日々楽しそうにしている。



敷地内の空き地から思いがけず大量の食材を確保できたのも大きかった。

だが、まさか甘味まで食べられるようになるとは、夢にも思わなかった。


まさに嬉しい誤算という出来事だった。



こうしてラングたちは、食材の安定供給を目指して菜園を整え、バイオレンスチキの飼育にも着手。

並行して進めていた職場環境の改善も実を結び、非効率な作業に起因していた人手不足も解消されたことで、

ラングとホルスはついに、商会改革推進室の活動に専念できるようになったのである。


彼ら二人の朝は非常に早い。もともと早起きではあったが、最近はさらに早くなった。

まだ空が白み始める前から動き出し、まずは食堂に立ち寄ってリヤカーに生ごみを積み込む。

この生ごみは、チキ――つまりバイオレンスチキの餌となる。


チキたちは食堂から出る残飯を大喜びで食べてくれる。

ラングたちにとっては餌代の節約になり、食堂側としても残飯処理の手間が省ける。


まさに“ウィンウィン”の関係なのだ。


「生ごみ」という、手間も費用もかかるマイナスの存在が、

卵という大いなるプラスへと変わる。

なんとチキたちは“飼い主孝行”な生き物なのだろう。


そう思えば、早起きも鳥小屋の掃除も、糞尿の臭いさえ苦にはならなかった。


「こらっ! そっちの卵は取らないってば! お掃除してるだけなんだから暴れないの!」


チキと心を通わせられる“お嬢”――エマルシアとは違い、

ラングたちはまだ手探りの関係。すれ違いや、多少の諍いは避けられない。


「うわっ、汚っ。ボスチキがまた“奮投(ふんとう)”してる。顔も髪の毛も、また糞尿まみれになっちゃったよ……」


見るとホルスの顔や髪には、べったりと糞尿がついていた。

仲間を守ろうとする気持ちが強すぎるボスチキは、時折こうして糞尿を飛ばして威嚇するのだ。


このボスチキも、その後顔を出すエマ嬢からは叱られることになるのだが……それ自体がご褒美みたいで、叱られれば叱られるほど恍惚とした顔つきでプルプル震えて昇天する始末。


超ド級のM体質――。ほとほと困ったボスチキなのであった。


それでも、ラングとホルスは汗を流しながら、菜園や鳥小屋での作業に黙々と励んでいく。


そして、早朝から働き始めた彼らは、午前の早い時間に仕事を終えるようになった。

みんなより早く始めるから、という理由もあるが、

なにより収穫した食材を速やかに食堂に届けることが目的なのだ。


届け終えたあとは、昼食までの時間を利用して野菜や卵を洗ったり、ちょっとした雑用を手伝うのが日課になっている。

そしてそのまま、食堂で昼食をとるのが習慣となった。


その働きぶりと役割が評価され、二人には特別な取り扱いが認められているのである。


これまで奴隷は異なる時間帯での食堂利用を義務づけられていたが、

ラングとホルスだけは、一般従業員と同じ時間に食堂を利用することが許されていた。


もっとも、そこには一抹の不安もあった。


反対する者もいるだろう。

嫌悪感を抱く者もいるかもしれない。

場合によっては、嫌がらせをするような輩も現れるかもしれない。


だが、その不安も料理長の剣幕を前にすれば、杞憂に終わると信じられた。


「もしもそんな奴が現れたら、もう一般従業員に新食材は出さん!

今まで通り、硬い肉交じりの大してうまくない物を食えばよいのじゃ。

甘味? 二度と出してなどやるものか!」


鼻息荒くまくしたてる料理長に、スーベが慌ててたしなめる。


「料理長、さすがに一般従業員全員ってのはまずいですよ~。

それに、“たいしてうまくない”って、それ絶対言っちゃダメなやつ~~」


「そんなものは知らん。連帯責任じゃ!」

料理長は顔を真っ赤にして(わめ)く。


「そもそも限られた予算でやりくりしてた頃なんて、どんなに工夫したって限界があるんじゃ。

ここ最近、美味しくなっただの、甘味が食べられて幸せだの、浮かれておるが……

それもこれも、誰のおかげじゃと思っとる!

全部、坊主とその仲間たちが頑張ったおかげなんじゃぞ!」


「恩を仇で返すような真似をする奴がいたら、ワシは絶対に許さん!」


たらればの話なのに、本気で怒る料理長。

その姿を見つめながら、ラングは不安を口にした事を後悔した。


そして同時に――

ここまで真剣に自分たちを思ってくれる料理長に、心の中で深く感謝するのだった。



だが、料理長の男気あふれる“有言実行”は、直後から本当に始まった。


ある日――。


「今日の料理はどうじゃ? 本日のメイン、近海白身魚のソテーは食欲をそそるバターが決め手じゃ。デザートの、砂糖をふんだんに使った薄焼きホットケーキもバターを乗せればうまさ倍増じゃ!」


料理長は、厨房からわざわざ出てきて、盛大に声を張り上げる。


「実はの――全部、このラングに教わったもんなんじゃ。それと、ここにおるホルス。こやつが汗水たらして毎日新鮮な食材を運んでくれるからこそ、貴様らもこんなうまいもんが食えるんじゃ!」


別の日も――。


「今朝はラングたちが収穫してくれた卵料理を存分に味わってくれ。スクランブルエッグに目玉焼き、そこのサラダにはゆで卵が入っておってな……」


そんな調子で、料理長は誰彼かまわず声をかけまくる。

何度も繰り返せば、さすがに皆の耳にも届くというものだ。


――こうして、ラングとホルスは、食堂でちょっとした有名人となった。


「ラングく~ん、今日もありがと〜❤」

「いつもラングきゅんと甘〜い時間を過ごせて、し・あ・わ・せ〜」

「きゃーっ、ラングちゃ〜ん、あいしてる〜!」


女性陣からは黄色い声援が飛び交う始末。


「まったく、みんな現金だよねぇ。『あいしてる〜』なんてリップサービスもいいとこだよ。ほんと……まいっちゃうな〜」


――などと鼻の下を伸ばしながら言っても、ラング少年に説得力はない。


一方ホルスにも、声はかかる。主に男性から。


「ホルスさん、いつもあざっす!」

「ホルスの兄貴、毎日おつかれさんっす!」


黄色くはないが、これも立派な支持の声だ。


「……なんで私には女性から声がかからないんだろう……」


寂しげにそう呟くホルスであった。


もっとも、こうした“人気”が、ラングにとっては手放しで喜べるものでもなかった。


──ある日。

向かいの席に、美少女が着席している事案が発生。


「ラング君? なにデレデレしてるの?」


隣からぐいっと腕をつねられ、ラングは思わず声を上げる。


(いやいや、横に座ってるならまだしも、正面から腕伸ばしてつねる!? 普通!?)


痛みをこらえながら、ラングはさする手に力を込めた。


──別の日。

今度はナイスバディの美女が向かいに座っている事案が発生。


「ラングさん? ずいぶんと……だらしないお顔をなさってますわね?」


(やめて! 足ぐりぐりしないで! かかとはまずいって! ヒールの先が刺さる、刺さるううぅ!)


この一件をきっかけに、ラングはドグマに“安全靴”の制作を依頼する羽目となった。

甲に鉄板入りの、アレである。


(せめて、お姉さま方は、相席相手に気を遣って黄色い声援を送ってほしいものだ……)


――などと考えつつも、黄色い声援そのものを止めてほしいわけではない。

それが男子というものなのだ。さがというものなのだ。


だが――。

そんなほのぼのとした日常は、突如として破られる。


ある日。

普段はあまり見かけない、中年の従業員が数人の男たちを引き連れて食堂に入ってきた。

連れの男たちの中には見覚えのある顔も混じっていた。


中年男はしかめっ面のまま、まっすぐラングたちのもとへと歩み寄ると――


「……何故、奴隷がここにいるのかね?」


不快感を隠そうともしない声音で言い放つ。


「最近、調子に乗ったガキどもが、一般従業員と一緒に食事をしていると聞いていたが……まさか本当だったとはな」


周囲の空気が一気に張り詰めた。


「身の程をわきまえぬ愚か者どもが。今すぐここから出ていきなさい」


有無を言わさぬ物言いに、場は凍りつく。


「まったく、奴隷の(しつけ)はどうなっているのだ。

この商会も、最近は奴隷に甘い顔をしすぎだ……。これは、会頭に報告せねばならんな。私が直々に耳に入れておこう」


苦々しげに睨みつけたあと、男は顎で扉の方をしゃくる。


――出ていけ、ということだろう。


当然この騒ぎを聞いて黙っていられない人がいた。

食堂の責任者、料理長その人である。


猛烈な勢いで厨房を飛び出したかと思うと、偉そうにふんぞり返るそのクレイマーのもとに詰め寄った。


「さっきから何をごちゃごちゃと偉そうに!」

バンッと机を叩き、料理長はそのクレイマーを睨みつけた。


そして――、




次話怒り心頭の料理長が驚きの発言をします!どうぞお楽しみに!

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