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40話 美女からのお願い

会頭とのドキドキの会談は、予想外にもラングにとって嬉しい報告の場となった。

ホッと胸をなで下ろし、会頭の部屋を後にしようとしたその時、ナターシャが彼を呼び止める。


「ラングさん、この後、お時間よろしいでしょうか。

人員の補充やリヤカーの製造についてご相談がございますの。

それと、折り入ってお願いしたいこともございまして」


綺麗なお姉さんは好きですか?

――「はい!」

ナイスバディな美女に誘われて断りますか?

――「いいえ!」


という事で……。


「はい、喜んで!」

ラングは見事な反応速度で二つ返事を返した。


「では、食堂に参りましょう」

ナターシャはくすっと微笑み、ラングを先導する。


ここ最近、何か相談事といえば、決まってこの食堂だ。

ラングたちの活動が進むにつれて、食堂の全体的な質も向上し、今や社内随一の人気スポットとなっていた。


先日、ついにスイーツの一般提供が開始されたのだ。


その反響は凄まじく、女子職員たちは目をハートにして歓喜し、男性職員にまで「お土産にちょうだい」などとせがむ者が出たほどだ。


新鮮な卵を使ったこれまでにないレシピも大好評。

植物系食材のおかげで「お通じが改善した」と喜ぶ女子職員も多い。


ラングとホルスの努力は、少しずつ、しかし確実に成果を上げつつあった。


ついこの前も、久々に食堂を訪れた男性社員があまりの賑わいに面食らい、

「……あれ?ここって社員食堂……だったよな?……す、すみません間違えました!」

と呟いてそそくさと立ち去っていったという。



食堂に入り、ナターシャと向かい合って席につくラング。

彼女はすでにテーブルに蒸し焼きプリンを置いていた。


かつては隠れメニューだったプリンも、今では堂々と食堂で食べられるようになっている。

提供は週に2〜3回とはいえ、王侯貴族でさえめったに口にできないスイーツが――

社員食堂で出るというのだから、これはもう破格もいいところだ。


週間予定表にスイーツのマークがある日には、食堂の利用率が跳ね上がるという。


目の前で満面の笑みを浮かべるナターシャを眺めながら、ラングはつぶやく。


「俺のプリン、差し上げましょうか?」


「まあ、うれしい。ラングさんって優しいのね。

この前いただいた焼き菓子も絶品でしたけれど、私の推しはやっぱり蒸し焼きプリンですの」


拳を小さく握ってガッツポーズするナターシャ。

その動きに合わせて、たわわな胸が軽やかに揺れる。


尊い。


「お姉さんのプリンが……プルン……」

ラングの視線がナターシャの胸元にロックオンして、つい漏らしたひと言は、

――聞かなかったことにしておこう。




幸せに浸っていたナターシャだったが、やがて我に返ると、用件を切り出した。

ネコ車やリヤカーの部品について、ドグマへの協力要請、そして人員補充の数など――先ほど会頭と話した詳細のあれこれについてである。


人員に関しては、菜園や家畜の世話を担う人手も含まれるため、最終的にはかなりの数になった。


今や食堂は、商会で働く者たちにとっての楽しみであり、活力の源でもある。

その維持と発展は、商会の経営資源を投じるに十分な価値がある――そう判断されているのだ。


ひと通りの打ち合わせが終わったところで――、


「ここからは、個人的なお願いになります」

そう前置きして、ナターシャは話を続けた。


「私には弟がおりまして、その弟のことで、ぜひラングさんにお力をお借りしたいのです」

彼女は静かに切り出すと、自分の弟について語り始めた。


ナターシャの弟は、まさに“お嬢”やラングと似たような境遇にあった。

つまり――この世界では評価が著しく低い、“戦闘系ではないスキル”の持ち主なのだ。


「土神の加護持ち」


それが、彼女の弟が授かった神の加護であり、

スキルはそれにちなんだ【土質どしつ操作】という、聞き慣れないものだった。


それは、土壌の構成や性質を変える能力で、土の成分の調整などもできるという。


一見すると土魔法に近い印象を受けるが、実際には“土を動かす”ことはできず、防壁を築いたり、戦闘時に破損箇所を補修したりといった使い方はできない。


この点が決定的な違いとなり、スキルとしての評価は著しく低くなっている――いわゆる“残念スキル”という扱いを受けているらしい。


もし農耕が発展していた世界であれば、間違いなく重宝されただろう。

だが、この世界――少なくとも、ラングが今住むこの国では、農耕という概念すら存在しない。


この世界では、やたらと巨大な肉や魚が主食とされており、

植物を食べるという文化自体が希薄だ。

例外として甘い果物か、“トレルの実”がある程度にすぎない。


戦闘力こそが絶対という、偏った価値観の中で――

彼女の弟が、どのように扱われてきたのかは想像に難くない。


能力を活かせる場所もなく、職を探すだけでも一苦労。

生き延びるために、手に入る仕事にはなんでも飛びつき、必死に日々をしのいできたのだという。


周囲に軽んじられながらも、彼は腐ることなく――

わずかな自由時間を使って、自らの趣味に没頭してきた。


森や林、草原に分け入り、植物をスケッチしたり、気づいたことを地道にメモに残す。

そうやって、自分なりに“何か”を残そうと、生きてきたのだ。



そんな折、ナターシャはラングと出会い、これまで見向きもされなかった植物を食材として活用し、見たこともない料理を次々と生み出していく姿を間近で目にした。

その革新性と柔軟な発想、そして――何よりも、エマルシアを元気づけ、笑顔にしたその人柄に、深く感銘を受けたのだった。


だからこそ、ナターシャは今回、厚かましいとは思いながらも――切実な願いを口にしたのだ。


「ラングさんと知り合って、まだ日も浅いのですが……最近はご一緒する機会にも恵まれました。

あなたの人となりを見て、思ったんです。

きっと、あなたなら弟に光を当ててくださる――

誰からも認められず、それでもまっすぐに我が道を歩んできた弟の未来を、一緒に見つけてくださると。

どうか……弟に、会っていただけませんか?」


「はい、ぜひ! 弟さんこそ、俺が探していた人材に違いありません! やっほ〜い!」


全身で喜びを爆発させるラングの姿に、ナターシャの胸は熱くなった。


「いつにしましょう? 明日? いっそ今日、このあとでもいいですよ!」


ノリノリで予定を取り付けようとするラングの様子に、ナターシャはもはや感情を抑えきれなくなった。


「わ~~ん。ラングさん大好き~。弟に会いたいって言ってくれた~!やっと弟を必要としてくれる人と会えた~~」


普段の凛とした彼女からは想像もできないような泣きっぷりだった。

周囲からの好奇の視線に晒され、ラングはうろたえながらオロオロするばかり。


しばらくして、ようやく落ち着いたナターシャが顔を上げた。


「失礼しました。思いもかけないラングさんの喜びように……本心で“会いたい”と仰ってくださったことが、すごく伝わってきて……う、うえ〜ん、ラングさんありがと〜〜」


(こりゃ、落ち着くまでそっとしておこう)


ラングはナターシャをそっとなだめながら、彼女が涙を拭うのを静かに待った。


「……本当に、失礼いたしました。今度こそ大丈夫ですわ。

弟は――誰に対しても優しく、いつも前向きで、とても努力家な子なんです。

だから……ラングさん、どうかよろしくお願いいたします」



こうしてナターシャの弟と後日会うことになった。



「それにしてもさ……女性の涙ってマジでヤバいよね。

どうしたらいいか分からなくて、ほんと慌てちゃったよ……」

今日の呼び出しの件を気にしていた仲間たちに事の顛末を語るラング。


「”ナターシャの涙”――きっとことわざにあるやつだな。見たらもう、絶対に願いを叶えてあげたくなる魔性のしずく。なんちゃってね。」


先ほどの狼狽っぷりなどどこへやら、自分ではウマいことを言ったつもりでドヤ顔を決めるラング。


「でも冗談抜きで、弟さんと早く会いたいなぁ。

まさか今俺がなんとしても出会いたい人が、こんな近くに居ただなんてさ。

驚き桃の木山椒の木ってね!」


彼の能力、彼が記録してきた研究のメモ、そして――折れずに自分の道を進み続けてきた彼の人柄。

早く、それら全てに触れてみたい。


こうしてラングは、“食の革命”を支える、かけがえのない存在との邂逅を果たすことになるのだった。




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