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39話 緊急速報――ヨビダシカカル

バイオレンスチキの移住は、すなわち畜産の開始を意味する。

これにより、卵を安定して確保できる環境が整った。

数はまだまだ十分とは言えないが、今後の繁殖次第で収穫量は徐々に増えていくはずだ。


この魔鳥がいかに経済的な生物であるかはすでに述べたが、

もう一つ重要なポイントを忘れてはならない。

――その糞までもが、肥料として利用できることだ。


雑草を(ついば)み農作業を助け、さらには大地を肥やす。

この生き物ってばまさに”一口で二度美味しい”――の体現者ではないか!


ラングの説明を聞いた誰もが、そんなふうに思ったのだった。



運搬部も順調そのもので、最近ではラングとホルスが“商会改革推進室”に専念できるようになっていた。

……とはいえ、今は菜園と“チキたち”の世話で手一杯なのだが。


エマルシアは事あるごとに「チキチキ(※チキのキチが変化した)」に足を運び、

ヒナたちと戯れるのが日課となっていた。

もちろんヒナばかり可愛がっていると、親鳥たちが「自分も構ってくれ」と騒ぎ出すので、適度に“ナデナデ対応”しながら、うまく関係を築いているようだ。



そんな平穏な日々を打ち破る知らせが届く。

なんと、あの アルバート=カイエイン――エマルシアの父からの呼び出しである。

……そう、対象は“悪い虫認定”されたラングだった。



できれば避けたいこのイベントであったが、

如何せん仕事上の報告を名目としているためラングに”断る”という選択肢は無かった。


「まだ手も握ってないのに、なぜこんな目に遭うんだ……」

やるせない気持ちを抱えながら、ラングは当日を迎えることとなる。


約束の日の前日から何を為すにもうわの空で、食事ものどを通らない――ほどではなかったようだが、


ため息ばかりついて――いるわけでもなかったが、ブツブツ独り言を言っている姿を見かけたとの証言が得られている。



曰く、


「お、お父さん……、いやお父様と呼んだ方が…… いやいやそれだと堅苦しいか……父上!これもちょっと違うかな」

などと言いながら時々だらしない顔を浮かべてニヤニヤ笑ったかと思えば、頬をこわばらせて土下座の練習をしたりして――、


とにかく様子がおかしかったとの事だった。



そしてとうとうその日がやって来た。



「……色々と思うところはあるが、改めてお礼を言わせてもらおう。

娘が笑顔を取り戻したのも、毎日楽しそうにしているのも――きっと君のおかげなんだろうね。ありがとう」


意外すぎる感謝の言葉に、ラングは思わず面食らった。




会頭の部屋に通されたラングは普段決して出入りする事のないその雰囲気に圧倒されていた。


上質な調度品、絶対に割ってはいけない壺。まさに商会のトップにふさわしい空間――


だが、壁に隙間なく飾られた絵画に正直ドン引きしてしまったのも事実なのだ。

何故ならばそれらは例外なくただ一人をモチーフにしたものだったからだ。



エマルシア=カイエイン。まごう事ない愛娘で満ち溢れたその部屋の風景が全てを物語っていたのだ。


馬鹿も馬鹿。”大”をつけてもいい親ばかっぷりではないか。



取って食われるか、煮て食われるか。

何事か言われる前に「推定無罪」の原則についてスキル【言霊】全出力にて説得しようかと何度思った事だろう。



だが、冒頭のような感謝の言葉をかけられたからさぁ大変。


「安心させ、その後一気に地獄に突き落とすつもりか……?」


「いや、油断させておいて、背後から突き刺すだまし討ちを狙ってるに違いない!」


こうなると疑心暗鬼である。



やがて、座り心地のすこぶる良いソファーにラングは促されて座り、

その隣に腰を下ろしたアルマ支配人が、報告を始めた。


会頭の隣にはナターシャが座っており、ときおりラングに意味ありげな視線を送っている。


「運搬部は以上のとおり、目覚ましい成果を上げており、

次の四半期には、前年比で三倍以上の売上が見込まれます。

一度は途切れかけた取引先との関係が復活したほか、

評判を聞きつけた新規のお客様からの受注も増えております」

手元の資料を見ながら支配人が説明する。


「なるほど、それは何よりだ。今後も期待できそうだね」

アルバート会頭は満足げに頷いた。


「はい、ぜひご期待ください。ただし、懸念点もございます。

好調な業績を背景に、労働者たちの貢献度は日々高まっております。

そのため、奴隷解放の時期が当初の予定よりも大幅に前倒しとなる見通しです。

早晩、人員不足に陥ることが予想されますので、早期の対策が必要かと存じます」

支配人は顔を上げ会頭を見つめた。



「ふむ、大変結構なことだが、我々としては悩ましい問題でもあるな。

――すぐに動こう。

人員の補充についてだが、ナターシャ君、いつもの奴隷商に連絡を頼む。

それとアルマ君、解放後も引き続き働いてくれる者がいないか、探ってみてくれたまえ」

会頭はナターシャと支配人を交互に見ながら指示を出した。



「承知いたしました。実は現在、現場リーダーを務めているダール君に、それとなく尋ねてみたのですが――ぜひ残りたいとの意向を示してくれました」

支配人がそう報告すると――


「さすがアルマ君だ。現場リーダーが残ってくれるのは心強い。この良い流れを、きっと維持してくれるはずだ。――運搬部の存続は、正式に決定して構わないだろう。それにしても、ラング君は実に見事な働きをしてくれている。

分業制による生産性の向上、そして何よりリヤカーとネコ車の開発・導入は、まさに革命的とすら言えるだろう。確か、同業者から納入先を教えてくれないか照会があったようだね」


「はい、労働者の派遣先や取引先の方々から、ぜひ仕入れ先を教えてほしいと要請されました」


「ほう、得意先からというのも驚きだな。新たに運搬事業を始めるのだろうか」


「いえ、普段使いの道具として、ぜひ手元に置いておきたいとのことでした。

当商会の食堂でも重宝しておりますが、大量の荷物を楽に運べる点はやはり魅力的です。

お仕事のご依頼については、引き続き我々にお願いしたいとのお話でした」



実は先日、スーベのたっての願いに応え、リヤカーを一台、食堂に贈呈した。

それが食材の運搬などで大いに役立っているらしく、料理長からも直々に感謝の言葉をもらったほどだった。



「なるほど……やはり需要はあるようだな。――例の計画、進めるとしよう」

会頭は静かに、しかし明確な口調でそう決断を下した。


「はい。ネコ車とリヤカーの商標登録および特許申請はすでに完了しております。まもなく認可が下りる見込みです」

支配人は即座にそう答えた。


ここで、二人のやり取りをぼんやりと聞き流していたラングに、支配人がふいに声をかけた。


「ラング少年。他人事のような顔をしているが、これは君にも関係のある話だよ。

我が商会では、ネコ車とリヤカーの製造販売を計画していてね、

君の承諾が得られれば、正式に製品として売り出す予定なんだ」



突然の報告に、ラングは思わず目を白黒させた――と、そのとき。



「ラングさん。アルマ支配人からお話があったとおり、現在、あなた名義で特許を申請中ですわ。

売り上げの10%を報酬として、あなたにお渡しする予定になっておりますの。

詳しい内容はこちらの書類にまとめてありますので、どうぞお目通しの上、ご署名をお願いいたします。

ちなみに……これは初回契約としては、我が商会でもかなり“破格”の条件と自負しておりますのよ」



突然の展開に、ラングは混乱していた。

てっきりエマルシアとの関係について、会頭から釘でも刺されるのかと思っていたのに――まさかの事業契約の話とは、予想外すぎて頭が追いつかない。


だが、これは決して悪い話ではない。むしろ、自分には過ぎた申し出だということも、ラングなりに理解していた。


ラングの戸惑いを察した支配人が、静かに語りかけた。


「トルマからは、くれぐれも坊主のことを頼むと念を押されていてね。

もちろん、私自身も少年に会って、トルマ同様――これは特別な何かを持った子だと実感したよ。

この話を会頭に相談したときも、君ありきで進めてきたというわけなんだ」



「実は秘書の私にも、わざわざトルマさんが“小僧をよろしく”とお願いに来られましてね。

私なりに、お力添えできればと思っていたところですの」

ナターシャは微笑みを浮かべ語りかけた。


「ラング君。先日のバイオレンスチキの件で、トルマが私のもとにやって来たのは知っているね?

娘、エマルシアの望みを叶えてやってほしい――そう願い出た。

あのとき、なかなか痛いところを突かれてね……条件付きではあるが、許可を与えた。

結果としては予想外の展開もあったが……私は、あれが正しい選択だったと思っている」


そこで会頭は一度言葉を切り、ラングをまっすぐに見据えて続けた。



「君が持つ補助系のスキル――先日の出来事で、私自身もその力の凄さを目の当たりにした。

実はその後、あのAランクパーティのリーダーが、ぜひ君を仲間に加えたいと漏らしていてね。

つまり、それだけの“価値”が君にはあるということだ」



「君の周りで生じている目まぐるしい変化に君のそのスキルが大きく関わっている事は間違いないだろう。

だが、それだけでは説明できん何かが君にはあると私は見ている。

それを今、問いただそうとは思わない。

だが――君の持つその不思議な力は、扱い方を誤れば鋭利な刃にもなりかねない。

周囲を、あるいは自分自身をも傷つけてしまうかもしれない。

だから忘れないで欲しい。全てを自分で決めようとせず、周りに相談する事。」


「幸い、この商会には信頼に足る大人が揃っている。トルマしかり、ここにいるアルマ君やナターシャ君しかり。

そして――いつかはエマルシアとも、何でも話し合える関係を築いてほしい」


会頭は真剣な眼差しをラングに向け、そして、わずかに微笑んだ。


「はい、肝に銘じます」

ラングは、良識と温かさを持った大人たちに、心の底から感謝しながらそう答えた。



「……だが、娘は簡単にはやらんからな」

会頭は、小さな声でぼそりと呟いた。


(それが本音かいっ!? いや俺、一言も“娘さんをください”なんて言ってませんけど!?

……まあ、妄想の中では練習したけどさ……!)

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