37話 美少女の挑戦3
ちょっとしたごたつきはあったものの、一行は順調に進んでいた。
雲ひとつない青空の下、風はわずかにあるが、進行方向から吹き付けてくる――すなわち逆風だ。
この風向きなら、行く手に巣を構えるバイオレンスチキたちに、ラングたちの匂いが届くのはごく直前になるだろう。
安心して進む一行に、異変が起きたのは目的地まであとわずかというところだった。
進行方向から、ドタバタと何かが暴れるような物音が聞こえてきた。
風に乗って、獣のような唸り声や、少し間の抜けたような鳴き声も運ばれてくる。
もちろん、ラングたちが油断していたわけではない。
気配を消し、足音すら極力立てないようにして近づいていたのだ。
そんな中、耳を澄ませて立ち止まっていたエマルシアが、ふいに声を上げた。
「大変! バイオレンスチキさんたちが襲われてる! 子どもたちを守れって、叫びながら戦ってるみたい!」
彼女の叫びに、一行の間にわずかな動揺が走る。
仲間たちは顔を見合わせ、何が起きているのかを互いに確認し合っていた。
Aランクの冒険者たちは戸惑いながらも、すぐに身構える。
だが、彼らの表情には“お嬢の言葉の意味が理解できない”といった困惑が浮かんでいた。
思わず叫んでしまった自分の言葉が、かえって皆を混乱させたのではと、エマルシアは胸の内で悔やんだ。
我に返った彼女の胸を占めるのは、ただひとつ――不安だった。
(また“嘘つき”って、みんなに言われちゃうかも……)
だが、その心配は――杞憂に終わった。
「みなさん! お嬢様の言う通り、バイオレンスチキが何者かに襲われているようです! 予想外の事態が起きているみたいなので、至急、偵察を出しましょう!」
ラングはエマルシアの言葉を一切疑わず、すぐさま提案した。
その指示を受け、冒険者パーティの斥候が素早く行動を開始する。
残った一行はその場に身構え、息を殺して報告を待った。
やがて、偵察を終えて戻ってきた斥候が、緊迫した面持ちで報告する。
「リーダー、これはヤバい。マッドウルフの群れが鳥どもを襲ってやがった。しかも三十頭を超える大群だ。それだけじゃねぇ――奴らを率いているボスが、どう見ても化け物だ。恐らく存在進化した上位種に違いねぇ。」
その報告に、一行の空気が一気に張り詰めた。誰もが息を呑む。
冒険者グループのリーダーが、重い口を開く。
「マッドウルフは、単体じゃそこまでの脅威じゃない。普段は十頭程度で行動するし、それなら俺たち《不屈の兵団》でも何とかなる。だが――今回は違う。三十を超える大群に、上位種のボス。下手をすると統率系スキルを持ってやがる」
一度言葉を切り、考えるように眉をひそめて続けた。
「統率スキル持ちが群れをまとめてるとなると……脅威は単なる頭数以上になる。状況はかなり厳しい」
そう前置きした上で、ラングたちに向き直り、毅然とした口調で言った。
「ここは、一度撤退を考えませんか。今回は無理をしない方がいい。俺たち以外にAランク、いや、せめてBランクのパーティーがもう一組いれば別だが……正直なところ、そちらの戦力は未知数です。護衛を引き受けた以上、皆さんの安全が最優先です。どうか、前向きに検討をお願いします」
真剣な声色には、ラングたちを危険に晒させたくないという真摯な思いがにじんでいた。
しかし事態は急変する。戦局の拡大により、複数の個体群がこの地点へと接近してきたのだ。
そして獰猛な襲撃者達に存在を嗅ぎつけられてしまったのだ。
「くそっ、見つかったか! 迷ってる暇はねぇ、戦闘陣形を整えろ!――皆さん、残念ですが、ここは戦って生き延びるしかありません。戦える方は、どうか力を貸してください!」
瞬時に判断を下した冒険者はにわかに動き出す。
その時ラングが動く。
スキル【言霊】発動。
「皆さん大丈夫、楽勝ですよ!今みんなを強化しましたから! ホルス氏いっちょかましてください! ダール氏お嬢の護衛お願い! そして――、」
大声で叫んだラングの一言でこの場の全員が淡く黄色い光に包まれる。
「コモさん、ジョナサン懲らしめてあげなさい」
ラングは元の世界の時代劇で、クライマックスの時に老人が言う決め台詞をつい口にしてしまった。
(なんかここ最近水○黄門がマイブームなんだよね、俺)
TPO(Time=時間、Place=場所、Occasion=場面)を完全に無視したラングの発言――しかしその一言が、とんでもない影響を引き起こすことになる。
なんと二人の衣装が一瞬で変わり、悪者を懲らしめる黄門様の配下そっくりの容姿に変わっていたのだ。
ガチムチのスケさんと――巨体のカクさん……。
二人は自身の異変にまるで気づかぬまま、襲撃者たちを次々と葬り去っていった。
(マジかっ!?こんなんありなの?)
度々脱線を繰り返し、時におふざけが過ぎるこの主人公が新たな奇跡を巻き起こした瞬間だった。
その後仲間達の無双っぷりを呆然と見つめていたAランクパーティの面々も我に返り戦闘に加わると、勝負は一気に決した。
最後の一頭を仕留めたのは、料理長だった。
さすがボスだけあって、手下の狼たちが次々と倒される中でも凄まじい抵抗を見せた。
しかし――。
周囲を囲まれ、スケさんの如く軽やかに立ち回るコモさんに翻弄され、
カクさんの如くどっしり構えて正面に立ち塞がるジョナサンに、じわじわと追い詰められ、
そして――側面から斧を振り下ろした料理長の一撃が、ついにその首を跳ね飛ばした。
(ジョナサンに”さん”を付けるとおかしいから名前のまんまだったのよね……誰にも気づかれなかったから、ま、いっか)
* * *
辺り一帯に漂う血の臭いに、思わず顔をしかめながらも――
エマルシアは、バイオレンスチキたちの群れへと一歩、また一歩と歩みを進めていた。
襲撃のショックを受け、殺気立った群れ。その中から、一際大きな個体がぬっと前に出る。
彼女の両脇を固める料理長とダールの表情には、張り詰めた緊張が浮かんでいた。
しかしエマルシアは、まっすぐその個体を見つめると、ふわりと笑って言った。
「バイオレンスチキさん……あの、できたら……お友達になってほしいの」
一瞬、静寂が流れる。
周囲の大人たちも固唾を飲み、そのやり取りを見守っていた。
……と、次の瞬間。
そのバイオレンスチキが――まさかの行動に出た。
自らごろんと仰向けに転がり、お腹を露わにしたのだ。
「……あら、いい子ね~。ヨシヨシ♪」
エマルシアは、何かを優しく語りかけながら、そのお腹を撫ではじめた。
すると――
バイオレンスチキは、これでもかというほど緩み切った表情を浮かべ、まるで餅のように全身をぐにゃりと弛緩させて昇天。
足をピクピクと痙攣させているその姿は、まさに“絶頂”のそれであった。
絶対に映像化してはいけないシーンに思わずラングが前かがみになった事は内緒にしておこう。
こうして、エマルシアは見事に――
バイオレンスチキの群れを、手懐けることに成功したのである。
おそらく、ラングのスキル【言霊】がエマルシアに作用し、
そこに彼女自身のスキル【友愛の証】が重なることで、あのような劇的な効果を生み出したのだろう。
その場にいたすべての大人たちは、ただ呆然と――しかし確かな驚嘆と敬意をもって、少女の成し遂げた“偉業?”を見つめていた。
* * *
そしてその裏で、ラングにも変化が訪れていた。
先ほどの一件――水〇黄門の口調で放った決め台詞を境に、彼の中で何かが目覚めていたのだ。
戦闘後、こっそりと自身のステータスウィンドウを開いたラングは、そこに見慣れぬ文字を見つける。
≪共≫――寄り添い、集う想いが具現化したもの。
≪夢≫――ラングが描く夢が、現実に影響を及ぼす。
まるでお遊びのような行動が、力となって現れる――
彼の力は、まだ誰も知らない未知の領域へと進もうとしていた。
(……なんか、またとんでもないもの引いちゃった気がする)
そんな予感を、ラングはごく自然に受け止めつつあった。
活動報告にラングのスキル【言霊】の現在の様子をまとめましたので、是非ご覧ください!




