34話 お嬢の悩み
あの日、エマルシアは思いつめていた心の鎖がふとほどけていくのを感じていた。
石ころだって、誰かが拾ってくれれば特別な何かに変わるかもしれない。
ただの名もなき草木が、キセカエポテトやトメイト、そして砂糖になったように――。
あの不思議な少年なら、もしかすると……自分もそんな「何か」にしてくれるかもしれない。
それ以来、エマルシアは食堂に通うようになった。
一番の理由は――あの時、口いっぱいに広がった“甘い幸せ”をもう一度味わいたくて。
そして次に……。
「やっほ~ラング君! ここ、座っていい?」
エマルシアは食堂をぐるりと見渡してラングを見つけると、まっすぐに近づいて声をかけた。
「やあ、お嬢! どうぞどうぞ、みすぼらしい席でよければ!」
連日顔を合わせるようになった二人は、自然と言葉遣いも打ち解けたものになっていた。
「今日はどんなスイーツかな?」
希望に満ちた瞳でラングを見上げるエマルシア。
「今日はね~、プルンプルンの~」
「「プリン!」」
二人の声がぴったりと重なった。
「はぁ~、毎日スイーツが食べられたらいいのに……。ねぇラング君、なんとかしてよ~」
エマルシアが甘えるように、声を伸ばしておねだりする。
「しぃ~~! お嬢、ダメだって。内緒の約束でしょ?」
そう――甘味は毎日出るわけじゃない。
せいぜい二、三日に一度、こっそりと“隠れメニュー”に載る程度なのだ。
しかも、その隠れメニューを味わえるのは、ほんの一握り。
ラングとその仲間たち、食堂メンバー、支配人とナターシャ、そして――新たに加わったエマルシアだけ。
王侯貴族ですらめったに口にできない甘味だからこそ、公にはできない。
そのため、帰り際に“お土産”としてそっと手渡されるのが慣例となっている。
だから、甘味の話を大声でするのはご法度――というのが暗黙のルールだった。
「ごめんなさい。甘味のことになると、ついテンションがおかしくなっちゃって……テヘッ♪」
この小悪魔お嬢様、誰に教わったわけでもないのに、“テヘペロ”などという高等精神攻撃を自然に繰り出してくる。
(惚れてまうやろ~~っ!!)
――思わず、前世のギャグを心の中で叫ぶラングであった。
☆
食堂には食事を終えしばらくまったりとしているラングとお嬢の姿があった。
他の者達の姿は既にない。とっくに自室へと引き上げてしまっていた。
料理長からも「食後しばらくはお嬢の話し相手になってやってくれ」そう言われていたのもあって、
こうして食後のひとときを二人きりで過ごすのが、いつしか日課のようになっていた。
普段なら笑い混じりの他愛ない話が続くはずだったが、今日はどこかぎこちない空気が漂っていた。
エマルシアは時々思いつめたように何かを口に出しかけては引っ込める。そんな様子だった。
そうして、ついに意を決したエマルシアは姿勢を正しラングに向き直った。
「ラング君、私の話聞いてくれる?」
意を決したように、けれどどこか不安げに――わずかに首を傾けて問いかけるエマルシア。
初めて会った日と同じく、口からこぼれる音色のような声がラングの鼓膜をくすぐった。
「うん、もちろん」
ラングは心地よく響くその歌声のような言葉に誘われて、流れるように答えを返した。
「あのね、私のスキルの事なんだけどね……」
そうして語られたのは、エマルシアが持つスキル【友愛の証】についてだった。
動物や魔物などの気持を理解し、種を超えて友達になる事ができる権能。
相性や絆の深さによっては自らの頼みを聞き入れてもらう事もできるそうだ。
「凄いスキルじゃない!それって動物や魔物と心が通じるって事だよね?お願いを聞いてくれることもあるとか――マジヤバいんですけど~~!」
ラングは興奮を隠せないまま声を弾ませた。
「ほんと?ラング君は本当にそう思ってくれる?凄いって思ってくれる?」
エマルシアは声を震わせながら問いかけた。
「えっ、思ったけど……普通に凄いって。あれ?なんかおかしかった?俺何か変な事言った?」
エマルシアの様子の変化にラングは思わず狼狽えてしまう。
「私、みんなからは役立たずだって。無駄なスキルを授かったダメな子だって言われるの……」
みるみるうちに目が赤く染まり、涙があふれ出すエマルシア。
その様子にさらに狼狽えるラング。
「お父さんだけしか信じてくれないの。動物や魔物の気持ちがわかるはずない。どうしてそんな嘘をつくのかって――学校の先生からも叱られちゃったの……」
ラングはここで気付く。
人は案外想像力に乏しい生き物だ。
見たことのない色は、頭の中で再現できないし――
食べたことのない味は、どんなに説明されても実感できない。
自分にない物を――なかなか信じようとはしない。
信じないから相手を疑いもするし、ひどければ真っ向から否定にかかる。
そんな時こそ寛容が求められるのに――、
得体が知れない――それだけの理由で、人はつい冷たくなってしまう。
それは人が持つ自己防衛本能に根差しているからこそ始末が悪い。
――異質な物は認めない。自分達の価値観こそ正しいのだ。
間違った価値観を正せ……無理やりにでも矯正にかかろうとする。
エマルシアはまさにこうした扱いを受けてきたのだろう。
ただ、本当のことを言ってるだけなのに。
誰より誠実でいたかっただけなのに――
嘘つき扱いまでされては、たまったものじゃない。
さらにエマルシアを苦しめたのは彼女のスキルが戦闘系ではなかった事だ。
強力な魔物に脅かされる事の多いこの世界では攻撃力の高さこそがそれぞれ存在の価値を決めると言っても過言ではない。
補助系や生産系ならまだ“支える役目”として価値を見出されるが、評価は低い。
それでも許容範囲には入る。
ではエマルシアの場合どうだったか。
「動物と意思を通わせる?……ああ、つまり、戦えない無駄なスキルってことね」
「魔物と仲良く? ……それ、美味しいの? 何か意味ある? ってね」
世の中で自分が無価値と思われることほど辛い事はない。
誰かに必要とされるから人は生きていられる。
この少女が、そんな苦しみを抱えてきたのだとわかった瞬間、ラングは言葉を失った。
(苦しかっただろうな。一人で抱え込んで……どんなにつらかっただろうな)
ラングはこの少女の苦しみを真正面から受け止めようとするかのように、真正面から見据え言葉を発した。
「人に信じてもらうって実はとても難しい事だよね。
特に想像しにくい事を人はすぐに信じられないから」
ラングはふーっと長く息を吐き出した。
「でも心から信じてくれる人がたった一人でもいるなら、
口先だけわかったような振りをする――どうでもいい何十人より、何倍も心強いじゃないか。」
少しだけ口調を強め、言い切る。
「本当の理解者なんてそんなにたくさんはいらないんだ。
たった一人しかいないだなんて思わないで!その一人がいるから自分は平気なんだって自分を信じて!」
ラングは、湧き上がる想いのすべてを言葉に込めた。
そして、
「そのうち現れるから。お嬢の事をわかってくれる人が必ず現れるから。
だから自分を疑わないで。自分の事を信じてあげて」
ラングの頬を一筋の涙が伝う。
「俺は信じるよ。お嬢の事を」
ラングは俯いたまま、小さな声で付け加えた。
エマルシアは最後は真っ赤な顔をしながらも――一生懸命言葉を綴ってくれた少年を見つめた。
涙で滲んで見えづらいけど、いつものおどけた姿とは明らかに違う、真剣なその目つきと――
照れて恥ずかしそうにしながらも、信じると言ってくれた言葉を胸に刻む。
「ありがとうラング君」
泣き笑いの少女の声が、二人以外誰もいなくなった食堂に――静かに響き渡った。




