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閑話4 ドグマの心に灯る新たな希望

かつて俺は魔道具士だった。


修業を積み、研鑽を重ねる日々は辛くとも充実していた。


上達を競い合う仲間たちと語り明かした夜もあった。


素材を探しダンジョンを共に探索していた仲間たちは元気にしているだろうか。



本当ならそうした事を懐かしく思い出しつつ送る老後もあった事だろう。


師に認められ独り立ちしたあの日から何かがおかしくなってしまったのだ。


あの時師の忠告に従い、小さくても身の丈に合った道を選んでいれば、

恐らくこんな目に合わなくて済んだことだろう。


小さな工房の主くらいが俺にはちょうどよかったのだ。



俺は自分の力量を見誤り、背伸びをした挙句、

あの男とともに店舗付き工房の共同経営者となった。


そして、順調に成長を続け、誰もが知る工房主となったころ

巧妙な罠に嵌められ、全てを失ったのだ。


もし叶うのならあの時の未熟な俺に師の忠告に従えと叱りつけてやりたい。


いくら嘆こうが、今さらどうなるわけでもないのはわかっていても。



サマーサよ、俺のような男と夫婦になった不幸を呪ってくれ。


業を背負い俺は虚しく朽ち果てよう。


ただの動物として呼吸し、食い、働き、眠るだけだ。


せめてお前にこれ以上迷惑をかけないようこの身を動かすだけだ。


二度と他人を信用なんてしない。


それだけを心に誓って。



そんな俺の静かな毎日をかき乱す存在が表れた。


「おはようございます!今朝はちょっと冷えますが、頑張ってくださ~い」


これまで話したこともない少年から急に声をかけられた。


ふん。頑張るだって?頑張らんでも仕事はできる。余計なお世話だ。



「今日のお弁当はいまいちでしたね。これなら夕飯はきっとマシなものが出ると思いますので、楽しみに後一踏ん張りですよ~!」


ふん、どうせ似たり寄ったりだろうが、期待なんてするものか。


所詮腹に入ればどれも同じだ。


何も考えずに体を動かし続ける。それ以上でもそれ以下でもないのだ。



「今日も一日ご苦労様でした~。


頑張ってる人には必ずご褒美があるはずです!良い夢を」

子供のくせに洒落たことを。


だがな、人生にはそうそうご褒美なんてない。


俺の経験がそれを証明しているのだからな。



翌朝目を覚ますと何故か体が軽かった。


こんな事もあろう。


だが、ガタがきたこの俺の体が思うように動くのはありがたい。



そうして今日も朝に夕にあの少年は俺に話しかけてきた。


何が目的で俺にちょっかいをかけてくるのかは知らんが、

何がどうあろうが耳を貸す気はない。


ただ気になるのは、話しかけられても最初ほど煩わしくなくなったことだ。



それから二日経った。


あの少年は懲りもせず俺に話しかけてくる。


鬱陶しさを感じないのは慣れたからなのか、

それとも体調がいいからなのか、はっきりわからないがな。



その夜、夕食を終え食堂を出るところで例の少年が走り寄ってきた。


「部屋で食べてくださいね。頑張ってる人のご褒美です」


小包を俺に手渡すとそのまま立ち去った。



部屋に帰り小筒をゴミ箱に投げ入れようとして――やめた。


せっかくくれたものを粗末にするのはさすがに悪いように思ったからだ。


今までとは明らかに違う感情が働く。


まぁいい中身だけは確認してやろう。


禄でもない物なら捨ててしまうがな。



内心でそう思いながら包みを開けた途端甘く香ばしい匂いが漂う。


強烈な誘惑が俺に襲い掛かってきたのだ。


「なんだこのとてつもなく良い香りは。まさか甘味なのか?」呟いた直後、

そのキツネ色の物体を口に放り込んでいた。



「うまい!うますぎるぞ。この世にこれほどの美味が存在したのか」


俺は口の中に広がる幸せを噛みしめるべくただひたすら貪り食った。


そしてすぐに後悔した。もっと味わって食べればよかったと。


次いつこんな美味いものが食べられるのだろう、気分は逆にほろ苦かった。



だが奇跡は翌日にも起こった。


あの少年はまたしても幸せの小包を手渡してくれたのだ。


今日こそは味わって食べよう。


そんな決意もキツネ色の――物体の前には無力だった。


魅惑的な甘い香りに一瞬で心を奪われ――、気づけば食べつくしていた。


もはや甘味の誘惑に抗えない自分がいた。



さらに翌日。


俺はついに自ら少年に話しかけていた。


「何が目的だ。あるなら正直に話せ」


この少年が俺に何かを求めていることはわかっている。


それでも俺の心を奪った甘いあの幸せを――また味わえるならば、

この少年の思惑に乗るのも悪くない。



結論を言えば俺は少年に協力することになった。


魔道具士としての自分を思い出す作業は苦痛をともなうだろう。


思い出したくない事も思い出すかもしれない。


だが、それでもかまわないと思える自分がいた。



もちろん甘味に陥落したのは紛れもない事実だ。


だが、それとは別にあの少年に何故か心惹かれた事も確かなのだ。


おい、ラングとか言ったな。


俺をその気にさせたからにはきっちりと責任をとってもらうぞ。


きさまが描く未来が、どんなものになるのか――、


たっぷり見させてもらおう。



ドグマに小さな希望の灯がともった。


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