31話 ナターシャの特異な能力と支配人アルマの名裁き
静寂を裂く、重みのある足音が響いた。
姿を現したのは――
アルマ支配人。そして、その隣に立つのは、キリリとしたスーツ姿のナターシャだった。
「やあ皆さん、お初にお目にかかる人もいるかな。私はカイエイン商会で支配人を務めるアルマだ。そして、横にいるのは会頭お付きの秘書で、我がカイエイン商会における法務関係も取り仕切るナターシャ君だ」
アルマ支配人は皆をゆっくり見渡しながら、最後にフックス副支配人を見据えた。
ナターシャは支配人の紹介に合わせて優雅にお辞儀をするとその視線をラングに向けた。
「実は彼女は契約魔法や執行魔法と言った事務系魔法の使い手でね、商会におけるあらゆる契約の締結に欠かせない存在なんだが、あともう一つ――ユニークかつ強力なスキルの持ち主でね、商会内で不正が起こった際にも大いに活躍してもらっているんだよ。そして今回、秘密裏にある不正を探ってもらっていたわけだね」
支配人は話しながらナターシャに目配せした。
「私が今回調査しておりましたのは、運搬部における特定の方々と、ある管理職との癒着。そして、その背後にある不正行為についてですわ。
私のスキル《状態保存》には、“ある事象を一定時間、変化させない”という効果がございます。そのため、証拠の保全だけでなく、映像の記録も可能ですの。
――恐らく皆さま、お気づきではなかったでしょうけれど、ここしばらく監視を続けておりましたのよ」
ナターシャの口から驚くべき活動の事実が語られた。
「そして私のこの記録はある魔道具を使うと外界に映し出す事ができますの。それを今から皆さんにご覧に入れましょう」
仲間たちがリヤカーに積んだ魔道具とスクリーンを素早く運び出し、倉庫前の開けた場所に設置する。
魔力が注がれると、スクリーンの上にぼんやりと光が浮かび、やがて記録された映像が鮮やかに再生され始めた。
その場にいた全員が、固唾をのんでその光景を見守る――。
「違う、こんなのインチキだ」
特権グループの三下が叫び声を上げる。
「俺達を嵌めようったってそうはいかねーぞ」
狸顔も苦し紛れに叫ぶ。
こうして彼らが結託して行ってきたゴミ置き場からの転売や仕事もせず遊んでいた割り当て係の様子などがつまびらかにされた。
☆
時は少し遡る――。
仕事場へ移動し始めたラング達に背後から声がかかる。
「お~い、ラング君達ちょっと待ってくれないか~。」
見れば支配人とナターシャがラング達一行の後を追いかけてきていた。
彼ら二人が追いつくのを待つと……。
「いやはや、昨晩は本当に災難だったね。詳細は報告で聞いたが、彼らもついに一線を越えたようだ。流石にここまでの事をされたらもう先延ばしにはできないね。これはれっきとした犯罪行為なのだからね」
支配人は表情を曇らせラングに話しかける。
「証拠はあらかた揃いましたので、彼らも言い逃れはできませんわ。支配人がおっしゃるように、ここで決着をつけましょう。」
いつも微笑みを絶やさないナターシャが真剣な顔つきで続いた。
「よし!お二人が出張ってくれるならもう勝負ありだね。お忙しいのに協力していただいて本当にありがとうございます」
ラングはこの二人が秘密裏に動いてくれていたのをもちろん知っていた。食堂で顔を合わせる際、経過を知らせるメモ書きを時々渡されていたのだ。
それが、昨日の騒ぎを受け、一刻の猶予もならんという結論に達したのだった。
今後の段取りを簡潔に確認し合うと、三人は視線を交わし、静かに歩き出した。
動かぬ証拠を突きつけられた彼らに、支配人の追及の刃が迫る。
「今見てもらった映像で明らかになった事だが、副支配人はそこにいる者達と結託し、明らかな不正を働いていた。我が商会で扱う廃棄物に、再利用や転売が可能なものが含まれていたのなら、なぜその旨を私に報告しなかったのかね?
君には私に報告する義務があったはずだ。しかも商会に隠れて私腹を肥やすとは言語道断。あきらかな背任行為だ。君が転売していた記録も揃っている。言い逃れはできないよ」
支配人はフックスを睨みつけながら淡々と告げる。さらに、
「君は、監督責任を怠った責任も取らなければならない。
商会改革推進室が主導して導入した新たな運搬道具によって、作業効率の向上が明らかになっているにもかかわらず、君のもとでは一部の者がその指示に従わず、あろうことか仕事をさぼっていた。
しかも君は、それを知りながら適切な処分を下さず、かえってそうした者たちを優遇し続けていた。
それは管理職にあるまじき、不公平で愚かな態度だった。」
支配人はここで一息つくと、さらに言葉を重ねた。
「それから――そこの君たちにも、当然ながら相応の処分が下されることになる。
君たちは不正に加担し、その見返りとして特権的な地位を得た。
そしてその立場を利用して、権威を笠に着て周囲を威圧し、
恫喝や見せしめによって力で人々を支配し続けてきた。
自分たちだけが楽をし、職場の雰囲気を乱し、生産性の低下を招いた。
これら一連の行為によって商会に与えた損失――きっちり賠償してもらう。」
支配人は連中の顔を一人一人見渡しながら、そこでいったん言葉を切った。
そして――
「最後に言っておこう。君たちは“犯罪者”だ。
直接火をつけた証拠こそなかったが、状況証拠は十分に揃っている。
昨晩のボヤ騒ぎの直後、私は君たちの部屋を見回らせてもらった。だが、不思議なことに誰の姿もなかったね。いったいどこに行ってたんだい?
そして今朝、君たちが部屋を出た後、今度はポルテア沿岸守護隊に持ち物の捜索を依頼した。
すると――いろいろと、見つかったよ。あとは、君たちと公権力との話になる。彼らの取り調べは、容赦ないことで知られている。……君たちの口から、たっぷり聞き出すことだろう」
ここ港町ポルテアでは沿岸守護隊が街中の秩序と平和を守る。ラングの元の世界で言えば、戦力としての軍と警察両方の役割を担っている。
こうして彼らの処遇は社内的な事の他、官憲の手にも委ねられる事となった。
結論から言えば、フックス副支配人は解任の上、不正に得た金額相当の返済義務を課された。すでに遊興費で使い果たしていたため、多額の借金を背負うこととなった。さらに、放火事件の共同正犯として有罪となったため、犯罪奴隷として務めを全うし、その後労働奴隷として債務を支払っていく事となる。
特権グループがどうなったかと言えば、官憲の手によって自供を余儀なくされた彼らは、集団での役割に応じた罪を科され、犯罪奴隷となった。商会に与えた損害については、彼らが返済すべき原資に上乗せされ、さらに長期にわたって労働奴隷として労務を提供する未来が待っている。
こうして、特権にあぐらをかいてきた者たちは裁かれ、商会に平穏が戻った。
ラングたちの小さな一歩が、大きな変化を呼び込んだのだった。




