30話 温かいお弁当を力に変えて!
倉庫の異変に気付いたのは一日の仕事が終わり食堂の裏口から出てきた食堂のメンバー達であった。
外に出た瞬間、異臭に気づいた。臭いの元をたどり倉庫に駆け寄ると、煙が上がっていたのだ。
すぐに手分けして消火活動を行ったが、燃え盛る炎の勢いは強く、ようやく消し止めた時にはリヤカーやネコ車は真っ黒だったそうだ。建物への延焼が防げた事だけがただ一つの救いだった。
「どう見てもあれは油など可燃性の何かが撒かれたようじゃな。でなければ、あれほどの火勢にはなるまいて」
昨夜倉庫に駆け付けた時、料理長はそうラング達に語っていた。
ラング達はその後夜通し作業を続け、どうにかリヤカーやネコ車を作る事ができた。
これも全て、協力してくれた仲間達のおかげだ。
それと、仕事が終わった後もコツコツとリヤカー作りを続けてくれたドグマの勤勉のなせる業と言えた。
ラング達は出発時間ギリギリまで作業を続けたため、朝食を摂る余裕もなかったのだが、昨日の騒ぎからこの方夜通し作業することを見越していた食堂メンバーが昼のお弁当と一緒に、朝食のお弁当も手渡してくれた。
「料理長から”皆へ”だってさ」
わざわざ弁当を届けてくれたスーベが料理長からの短い言付けを伝えた。
まだ温かいお弁当の温もりに、ラングの胸もホカホカと温かくなった。
「おっちゃんに、いや、食堂のみんなにありがとうって伝えといて。もちろんスーベさんもありがとう」
危うく涙がこぼれそうになるのを堪えながらラングは微笑んだ。
(嬉しいなこういう応援。絶対負けるもんか……)
ラングは心の内で決意を新たにすると、共に夜を明かした頼りになる仲間達と作業場へと急いだ。
倉庫にはヒリヒリとした緊張感が漂っていた。
作業場に集まった運搬部の面々も当然ボヤ騒ぎの事を耳にしており、
先行きへの不安を抱えながら、まだ到着しないラング達の姿を探していた。
だが、それぞれの胸には理不尽なこの仕打ちに対する怒りが沸々と湧き上がっていたのだ。
ただ、珍しく姿を現した副支配人の前では、誰もが余計な言動を慎まざるを得なかった。
運搬部のトップとしてこれまでその権限を存分に乱用してきたのを身をもって知っているからだ。
一人イスに座る副支配人の周りには例のグループが取り囲んでいた。
笑顔を浮かべ、まるで勝者の余裕を見せつけるかのようにやたら大きな声でしゃべっている。
「おい、ヒョロガキどもはどうした?今日は遅せーじゃねーか」
ハイエナ系獣人の男が下卑た笑みを浮かべ仲間達に問いかける。
「最近張り切り過ぎて寝坊でもしちまったんじゃねーですか?ったく、遅れるなら一言くらい寄越せってんだよ。ママに教わらなかったのかねぇ?ケケケ……」
狸顔の男が嫌味たらたらに言葉を発し、いやらしく笑う。
「あの生意気な仲間達ともども遅刻とは、これはしかるべき処分を下さないとならんな。ふん、最近はずいぶんと調子に乗ってたようだが、いい機会だ……鼻っ柱、へし折ってやるとしようか」
副支配人は愉快で仕方がないといった風に、上機嫌で大声を張り上げた。
「てめぇら、黙って聞いてりゃ言いたい放題しやがって。ラングたちがなんで遅れたのか、本当に知らねぇわけじゃねえだろ?どの口がそんなこと抜かすんだ!」
ついに我慢の限界を超えた、かつての“その他大勢”の一人が声を上げた。
「そうだ!自分たちの立場が危うくなったからって、火までつけるなんてやり過ぎだろ!」
もう一人も怒りをあらわに叫ぶ。
「へぇ、随分なこと言ってくれるじゃねぇか。ボヤがあったのは知ってるさ。夜中だってのに、やたら騒がしかったからな。でもよ、それと俺たちに何の関係があるってんだ?まさか俺たちがやったって言いてぇのか?」
ハイエナ男は余裕たっぷりに薄ら笑いを浮かべながら言い返した。
「しらばっくれても無駄だ!どうせお前たちの仕業に決まってる!」
周囲でやりとりを聞いていた者たちの中からも怒りの声が上がる。
「ほう、じゃあ証拠を出してみな?俺たちがやったっていう、動かぬ証拠をよ。……ないってんなら、無実の俺たちを疑ったそのツケ、今度こそきっちり払ってもらうぜ」
そう言ってハイエナ男は冷たい笑みを消し、声色を一変させた。目の奥に潜む本性が、そこにいた誰の背筋にも冷たいものを這わせた。
ちょうどその時――。
ぞろぞろと足音を響かせて近づいてくる集団の姿が現れた。
その場にいた者たちの視線が、一斉にそちらへと向けられる。
そして、誰もが目を疑った。
そこにあったのは、失われたはずの――リヤカーと二台のネコ車の姿だった。
「やぁ皆さん、遅れてごめんなさい。ちょっと野暮用があってね。……すみません」
ラングがにこやかに、運搬係の方へ手を挙げて挨拶する。
「なっ……てめぇ、なんでそれがある!? 燃やし……いや、燃えたはずじゃっ!」
ハイエナ男が反射的に叫ぶ。
「確かにね、質の悪い連中に火をつけられて燃やされちゃったけど――仲間たちと力を合わせたら、どうにか作れちゃいました。……残念だったね」
ラングは思いっきり皮肉を込めて、特権グループのリーダーに告げる。
そのまま【言霊】スキルを発動させ、胸に秘めた怒りを言葉に乗せた。
「自分たちが好き放題やってきて、旗色が悪くなった途端に犯罪まがいの手段まで使う……小悪党どころか、筋金入りの悪党だったわけだ、お前らは」
スキルの威力を込めた言葉が連中の胸をえぐる。
当然体がグワングワン光り始めた。
「ここまでのことをしでかしておいて、責任を取らずに済むと思うなよ」
「チッ、てめぇもあいつらみたいに俺たちを犯人扱いかよ?……まったく、どいつもこいつも。証拠もねぇのに人を疑いやがって……。いいぜ、俺たちが火をつけたって言うんなら、今すぐ証拠を見せやがれ!」
ハイエナ男は先ほどから繰り返す理屈を盾にラングに食ってかかった。
「どうせ証拠なんかありっこない」
そう高を括っていたのだろう。
「はは~ん、なるほどね。俺たちに証拠なんかないって思ってるわけだ。――俺が感情的になってるだけだとでも?」
ラングは冷笑を浮かべ、挑発し返す。
「だったら言ってやるよ。もし本気でそう思ってるなら――お前の脳みそ、相当やばいぞ」
「うるせぇ、ごたくはいい。証拠があるなら出してみろってんだ!……あったらの話だがな」
ハイエナ男は尚も強がってみせたが、もはやその声からは余裕は失われていた。
「――それじゃあ、決着をつけるとしよう」
ラングは一歩前に出て、右手を軽く上げる。
「では、お二人さん。後はお願いします!」




