28話 明暗
ラング達の活動は早くも実を結びつつあった。
第一に明らかに生産性を向上させて見せた。
これまでノルマの達成すらままならなかった運搬部が、半日とかからず任務をこなしたのだから、成果は誰の目にも明らかだった。
第二に無気力に力のある者にただ従うだけの運搬係の中から主体的に行動する者が現れた。それはわずかな変化ではあったが、やがて大きなうねりとなって職場の雰囲気を一変させる引き金となった。
第三に、ラングたちの活躍により作業効率が格段に向上し、
見違えるような運搬速度を目の当たりにした取引先の船員たちが騒ぎ始め、その様子を聞きつけた大物が姿を現したのだ。
結果としてその大物は貿易を生業とする大きな商会の主であり、カイエイン商会にとっても極めて重要な取引先の頂点に立つ人物であった。
そんな要人から高い評価を受けたのである。
社内的な改革が思いもかけず社外からの高評価をも与えられたことの価値はすこぶる高いのだ。
通常船内の積み荷を搬出するには中型商船で5~7日、大型なら7~10日程度はかかる。
今回早々にノルマを達成したラング達は、取引先のトップからの依頼に応え、いつもの3倍にあたる仕事量をこなしてみせた。
今後の取引もぜひ――「大いに期待している」との嬉しいお言葉を頂戴したのだ。
かつてない信頼とともに、ラングたちの名が商会の中に刻まれ始めた瞬間だった。
こうした一連の流れの中で、”割り当て係”は完全に無力化された。
ごく短期間とはいえ、売上を三倍に伸ばしてみせたのだ。
しかも今回、高評価を得たこの商会は、近年めっきり取引が減っていた、実質“見限られていた”相手だった。
たまたま主要な運送業者が立て込んでおり、他に引き受け手がなかったから回ってきた――それだけの仕事に過ぎなかったはずだった。
それが、ラングたちの活躍により一転。
見捨てられかけていた関係が再び継続案件として復活し、重要な取引先へと返り咲いたのだ。
これで、誰が文句を言えるというのか。
最早、朝の出発地点に割り当て係の居場所はなかった。
――それでも居座るのが、やつらなのである。
やることもなく、日々現場に顔を出しては不貞腐れている。
憎悪に満ちた視線をラングたちに投げつけながら、地面にどかっと腰を下ろして遊んでいるのだ。
勝負はすでに決したというのに、往生際の悪い事この上なしだった。
そしてこの日も人知れず現場の状況を監視し、やがて音もなく消えた存在に気付く者はなかった――。
さて、特権グループの他の連中はどうなったか。
こちらはなんとか体面を保っていた。
その命綱となっていたのは、「配置図」というたった一枚の紙切れ――。
だが、それすらも、やがて彼らの手から奪われることとなる。
一方で、今やラングたちの指示に素直に従うようになった運搬係たち。
日々目覚ましい成果を上げる中で、彼らの待遇も向上し始めていた。
それも当然だ。
三倍の成果が上がり、売上が三倍になれば、商会がかけられる経費も当然ながら増える。
その恩恵は、まず「毎日の食事」という形で還元された。
これまでの、体力を維持するためだけの“奴隷食”は1ランクアップ。
肉や魚介も混ざる、一般職員並みのメニューが供されるようになったのだ。
ラングたちのように、食材提供による特別メニューとはいかないまでも、十分な活力を得られるだけの食事。
それは、彼らの顔つきにも変化を与えた。
地面すれすれの低空飛行を続けてきたモチベーションが、ようやく上昇を始めたのである。
そして昨日、もうひとつの嬉しい通達があった。
さすがに金銭に関わる内容だけあって、今回は掲示ではなく、商会改革推進室を通じた正式な伝達という形が取られた。
【運搬部 各位】
このところの業績好調を鑑み、今般、賃金査定を見直し――
一律○○ダリスの昇給を実施する(※一部例外あり)。
なお、貢献著しい者については、賞与にてその労に報いるものとする。
※昇給対象者は、日々の実績および改善活動への参加度を考慮し、現場評価に基づき選定。
この知らせに、皆が色めき立った。
これまで、商会が労働奴隷を購入した際にかかった原資の返済が賃金から差し引かれ、手元に残る額はほとんどなかった。
だが、今回の昇給によって、それがようやく“見える額”として残るようになる。
多くはない。
だがそれでも、「自分の意志で使える金」が生まれたことの意味は大きい。
長らく忘れていた“購買意欲”という感覚が、再び胸に灯った。
そしてそれは、さらなる労働意欲をも呼び覚ますことになる。
活気づく運搬部内にあって、唯一、暗い影を落とす一団がいた。
――一部例外として昇給対象から外された、例の特権グループの面々である。
もちろん、食事改善の恩恵にもあずかれずにいた。
彼らの不満はついに頂点へと達し、燃え盛る怒りの業火は、今や自らの身をも焼き尽くさんばかりだった。
「ちくしょうあいつらめ」
ハイエナ系獣人のその男は、鋭い歯をむき出しにして唸り声を上げる。
完全に逆恨みと言ってよかった。
だが、こうした連中に特有の身勝手な思考回路では、すべてがラングたちのせいになるのだ。
――だが、この連中以上に、怒りに身を震わせている男がいた。
副支配人・フックスである。
業績が落ち込み続ける中、ただ指を咥えて見ているばかり。
運搬部廃部すら囁かれはじめたというのに、彼は結局、何一つ打ち手を講じることがなかった。
そして今、その代償を支払うときが来たのだ。
明かり一つない真っ暗な自室。
その中で、フックスは何事かをぶつぶつと呟きながら、ただ一点をじっと見つめていた。
その瞳には――もはや常人とは言えぬ、狂気の光が宿っていた。




