24話 商会改革推進室始動
分離式リヤカーが完成して間もなく、関係者を集めたお披露目会が開かれた。
なぜか最近、食堂に頻繁に姿を現すようになったアルマ支配人と秘書のナターシャ。
彼らはいつも俺たちを見つけると、当然のように同じテーブルを囲んでくる。
そうしておっちゃんの**本気料理**を味わいながら、さりげなく日々の成果を聞き出そうとする。
ある時はラングたちの職場環境が話題になり、ラングがいくつかの問題点を指摘した。そして、それを改善するために新たな運搬道具の開発を予定していると話すと――
「それはいいね。ぜひ挑戦してみてほしい。私にできることがあれば、喜んで力になるよ」
支配人は穏やかな顔つきでそう言った。
「ありがとうございます。もしかすると、材料の調達でお力をお借りするかもしれません。その時はよろしくお願いします」
ラングは箸を置き、丁寧に頭を下げた。
「ラングさんわはひひにも――ゴクン、私にもできる事がございましたら遠慮なくおっしゃって下さいね。」
ナターシャは口の中のものを飲み込んでから、すまし顔でラングに微笑んだ。
(あちゃ~。仕事してる時は“できる女性”って感じでカッコいいのになぁ。この人、食べ物のことになると一気に無防備になるんだよな。口元についたソースをぺろっと舐める仕草が……いや、ちょっとエロすぎるって)
「それにしても、運搬部の雰囲気がそこまで悪化しているとは驚きだな。副支配人からは、職場の環境はすこぶる良好だと報告を受けていたのだが……これは少し問題かもしれないね」
支配人はわずかに眉をひそめながらそう呟いた。
その後も、こうした夕食の席でのやり取りが何度か繰り返され、ついに――完成を告げる日がやってきた。
「もうできたのかい? 思ったより早かったねぇ。仕事の合間を縫って作ってくれていたのだろう? 相当頑張ったんだね。ぜひ実物を見てみたいんだけど……どうかな?」
支配人は興味深そうに目を輝かせながら問いかけた。
そうして、プロジェクトに関わった人々を集めて“分離式リヤカー”のお披露目会が開かれた。
「ラング君――いや、実際に作ったのはドグマ君だったね。これは私の想像を超える出来だよ。この分離式リヤカーというのは……まず、一回で運べる荷物の量が桁違いだ。いったい、これは何人分に相当するのかな? もちろん概算でかまわないよ」
支配人は真剣な表情で尋ねてきた。
「コンテナのサイズは、幅2メートル、長さ5メートル、高さ3メートル。つまり、およそ30立方メートルの容積があります」
ラングは一息おいてから続けた。
「手運びだと、1人が一度に運べるのは大体0.3立方メートル程度ですから……このコンテナ1台で、実に約100人分の運搬作業を代替できる計算です」
支配人は目を見開き、唸るように言った。
「……なるほど、これはすごい。まさに、労働環境そのものを変える発明だね」
「これまでの“列を作って荷を運ぶ”という漫然とした働き方が、“仕分け”“積み込み”“運搬”“荷下ろし”といった具合に、完全に分業できるというわけですわね」
――”できる秘書”ナターシャが、この運搬道具の投入による改革の核心を突いた。
「そうです! 分業体制が整えば、繰り返し作業による熟練度の向上という副次的効果も期待できます」
ラングは二人の顔を交互に見ながら力を込めて説明を加えた。
「つまりはこの機械式リヤカーの投入により、生産性が飛躍的に向上するという訳だね」
支配人は感心したと言わんばかりの表情で頷き、続けた。
「機械式リヤカーの運用法についてもすでに考えてあるというのが、また素晴らしい。こうした道具にとって、故障による時間的ロスは最大のリスクだからね。あらかじめ弱点を洗い出し、対策を講じておく――これはもう、完璧に近い仕事ぶりと言えるよ」
ラングは思った通りの評価を受け、満足げに仲間達に目を向けた。
……が、ホルスと、作った当人であるドグマを除く三人は、どうにも話の全容を理解しきれていないようだった。
頭の上にクエスチョンマークが浮かんで見えるような、ぽかんとした表情。
(あれだけちゃんと説明したのになぁ……)
ラングは肩をすくめ、口で説明するよりも、実際に使ってみてもらう方が早いと、気持ちを切り替えた。
「問題は、この新たな運搬道具をいかに現場に投入するかだね。これは単なる道具の導入にとどまらず、言わば”作業手順の見直し”に相当する事案となるわけで、本来なら現地の責任者が立案し、実行すべき事柄だ。このまま無為に実行すれば反発も予想されるね。越権行為との誹りを受けるかもしれない」
支配人は既に実用の段階まで思考を巡らせているようだ。
確かに、ただの一労働者であるラングたちが、いきなり現場にこれを持ち込むのは無理がある。
それなりの大義名分と職権が必要という話だ。
それについてはナターシャが提案する。
「でしたら、水面下で進められている”あの計画”を、正式な部署として立ち上げるのはいかがかしら?――たとえば“商会内改革プロジェクト準備室”のような名称で。通達を出して周知を図り、そのうえで彼らをその一員として行動させるのですわ」
結局ナターシャの案が採用され、速やかに意思決定が行われた。
【通達】
商会内各部門責任者 各位
このたび、当商会は業務効率化および現場負担軽減を目的とし、下記の通り新部署を設立する運びとなりました。
――商会改革推進室――
本部署は、現場からの提言を元に、実証実験を通じて改善策の検証および推進を行うことを目的とする。
初動プロジェクトとして、運搬部門における新たな運搬道具「分離式リヤカー」の導入と運用体制の整備に着手する。
これに伴い、以下の者を本プロジェクト実働メンバーとして任命する。
・ラング(運搬部)
・ホルス(運搬部)
・ドグマ(運搬部)
・コモドン(運搬部)
各部署におかれましては、円滑な連携と協力体制の構築にご尽力賜りますよう、お願い申し上げます。
なお、本推進室による検証および実施にあたっては、当該メンバーに特命職権を付与するものとする。
隔世歴XXX年XX月XX日
商会本部 支配人 アルマ
こうして、ラングたちは思いがけず“改革の担い手”としての肩書を背負うことになった。
革新の波は、静かに、しかし確実に運搬部を飲み込み始めていた――
だがそれが、想像以上に騒がしく、厄介な展開を呼ぶことになるとは、誰もまだ知らない。
次回 特権グループが抵抗勢力として立ちはだかります。




