閑話2 コモドン氏の幸せ
最近、毎日が楽しい――
そんなふうに思える日がくるなんて、かつての俺には想像もつかなかった。
貧しい村に生まれながらも、それなりに笑いのある日々だった。
だが、あの日は突然訪れた。
俺のすべてを奪い、心すらも食い尽くした――絶望の一日が。
父も、母も、村の仲間たちも、皆殺された。
頼りにしていた兄も、優しかった姉も、やつらの餌食になった。
「やめてくれ、助けて……」
いくら叫んでも、死から逃れることはできなかった。
狂気に染まった一日。
あれを、生涯忘れることはないだろう。
──「幼い」というだけで生き延びた俺は、
薄汚い奴隷商に売られ、物のように扱われるようになった。
死ぬよりマシなのか。
自分に問い続けても、答えなんて出なかった。
流れ流れてたどり着いたこの地でも、何も変わらなかった。
感じることも、考えることもなく、ただ体を動かすだけの日々。
今日も働く。明日も働く。ただ黙々と。
色彩のない、灰色の世界が延々と続いていくと思っていた。
――変化は、突然やってきた。
ある日、妙に馴れ馴れしい奴が話しかけてきた。
最初はただ鬱陶しかった。戸惑いもした。
「俺にかまうな。そっとしておいてくれ」
それが、俺のささやかな願いだった。
だが、そいつはグイグイ”寄せてきた”のだ。
笑顔で、悪びれもせずに。
「兄ぃ!」
今日も元気にそう呼んでくる。
何がそんなに楽しいんだ。
近づきがたい空気を出しても、それをものともせずに話しかけてくる。
ボケ? ツッコミ? ノリ? お約束?
……わけがわからない。
でも、なぜか気になる。
あいつから話しかけられると、無視したくても無視できない。
気づけば、あいつのペースに巻き込まれていた。
「つっこんでくれ!」
子犬みたいな顔してボケてくるのはやめろ。
俺はそんなつもりじゃなかったんだ。
気づけば、無意識にツッコんでいただけなんだ。
あぁ――認めよう。俺の負けだ。
こうなれば是非もない。
あのやりとりに、心地よさを感じてしまっている自分に、気づいてしまったんだから。
仲間なんて、いらないと思っていた。
友達なんて、必要ないと思っていた。
けれど、そんな意地は、もう捨てよう。
楽しいなら、それに身を委ねればいい。
俺は弱くなったのか?
……いや、違う。
じゃあ、強くなったのか?
それも違うだろう。
ただ――
人と話すこと。誰かとかかわることの楽しさを、知ってしまっただけなんだ。
仲間と過ごす日々が、愛おしいと思えるようになっただけなんだ。
あいつの何気ない一言で、わけもなく元気が出る。
ちょっとした励ましで、今日も頑張ろうって思える。
ずっと、こんな日々が続けばいい。
そう願わずにはいられない。
ラング。お前が俺を「兄ぃ」って呼ぶのなら、
俺はお前を弟のように思っても、いいか?
家族のように、大切に想っても、いいか?
……いや、答えなんて聞かなくても、わかってる。
お前が、俺にとってもう、かけがえのない存在だってこと。
お前がよく口にする「ファミリー」って言葉に、どれだけ救われたか。
俺とお前は――もう、家族なんだ。




