14話 料理長と対決! 本気料理、食ってやるぜ~!
籠一杯(ジョンジョン仕様のため収納量は半端ない)に収穫した食材を携え、ラングたちは早速、食堂の厨房で調理を始めた。
スーベも率先して手伝いを買って出て、手際よく下ごしらえをこなし、大いに助けとなってくれた。
ラングの的確な指示のもと、皆がそれぞれの持ち場をこなしていく。
もちろん、ラングのスキル【言霊】の権能により、作業のたびに青や黄色の光が明滅し、恐ろしい勢いで調理の手際が良くなっていった。
ラングは一人、土から掘り出した、元の世界の“ダイコン”に似た植物を砕き、火加減に細心の注意を払いつつ、鍋でじっくりと煮込んでいた。
やがて液体が徐々に飴色に変わると、頃合いを見て丁寧にろ過を行い、最終的にねっとりとした琥珀色の液体が完成する。
そして最後にスーベへと託し、【食材管理】スキルのもう一つの効果≪状態変化≫を用いて、
――この世界にはこれまで存在しなかった“あるもの”を、ついにこの場に誕生させた。
そして――、
ついに空き地で収穫した植物系食材をふんだんに使った料理の数々が出そろった。
一部に動物性(魔獣性)の食材や、冷蔵庫から拝借した魔牛の乳(いわゆる牛乳)が含まれてはいるが……
これくらいなら、許容範囲内と言えるだろう。
約束の時刻。料理長と副料理長の二人が食堂に姿を現した。
テーブルの上には、空き地で収穫した食材を使った料理がずらりと並んでいる。
それを一瞥した料理長トルマは、怪訝な表情を浮かべた。
「準備はできとるようじゃな。 はっきり言って期待はしておらん。 そもそも良質な食材がそこらへんに転がってるはずがないからじゃ。 今回は坊主の頼みでもあるし一応は食べてみるが、あまりひどいようなら途中で打ち止めにするゆえ、それは承知してくれ」
「準備はできとるようじゃな。 はっきり言って期待はしておらん。 そもそも良質な食材がそこらへんに転がってるはずがないからじゃ。 今回は坊主の頼みでもあるし一応は食べてみるが、あまりひどいようなら途中で打ち止めにするゆえ、それは承知してくれ」
料理長はいつものしかめっ面で言い下した。
今の言葉は本心らしく、早く終わらせたい雰囲気が露骨に伝わってきた。
(ガキの遊戯くらいにしか思ってないんだろうけどほえ面かくなよ!)
ラングは不敵な笑みを浮かべながら料理長の顔を見据えた。
「フン、《《見た目》》は個性的じゃな。 奇をてらっただけならばすぐに化けの皮は剥がれるじゃろう。 ……が、この甘ったるい香りは何だ?」
さすが一流の料理人。内心はこちらを侮っているようだが、その鼻は核心を探り当てた。
料理そのものは初見でも、匂いには様々な情報が眠っている。
『甘ったるい』その言葉がこの後の展開を大きく決定付ける事となるのだ。
ラングが手に入れた"切り札"は、間違いなくこの世界で異質なのだから。
「おっちゃん、その疑問はもっともだけど――まずは食べてみてよ」
ラングは料理長の反応に満足しながら、試食を促す。
(四の五の言わずに食べりゃわかるさ)
「では、最初は小鉢の料理からどうぞ。
《キセカエ枝豆 アオジソ風味》です。お酒のつまみにもぴったり!」
「食べ方は簡単、さやごと手に持って、口に押し出すようにして食べてください」
二人は小鉢に手を伸ばし、枝豆を一つつまみ上げると、まずは鼻先に近づけて匂いをかいだ。
そしてそのまま、豆を器用に口の中へと押し出した。
「――なるほど、シンプルながら、素材の旨味がしっかり生きておるの。
控えめな塩加減がまた絶妙じゃ。それに、この香り……ほのかじゃが実に小憎らしい。
なんとも後を引く味わいだ。これは次から次へと手が止まらんぞ。おい、エールを持ってこい!」
スーベは慌てて厨房へ駆け込み、エール(この世界のビール)を手にして戻ってきた。
「か~っ、これは酒が進むわい。お主、いきなりとんでもないものを出してくれるのう。
昨晩から味覚を研ぎ澄ますために酒を控えておったというのに……全て水の泡じゃ!」
口調こそ文句がましいが、その顔は満面の笑みだ。
夢中になってはエールをあおり、再び枝豆に手を伸ばす。
枝豆プチ→エールクイッ→また枝豆 という無限ループ。
「料理長だけずるいですよ! こんな酒に合うつまみを食べたら、俺ももう我慢できません!
スーベ、俺の分もエールを! ……まったく、気が利かない!」
副料理長サブセルもまた、あっさりと酒の誘惑に屈したようだった。
(サブセルさんつまみって…… まぁそうなるわな)
ラングは二人の反応を楽しげに見つつ、ここで一押しする事にした。
イメージしたのはどこぞの高級レストラン。
テーブルに姿を現したコック帽を被った一流シェフになりきって料理の説明を始めた。
「小皿にあるのは『ヨンホンデモゴボウとイッポンデモニンジンのきんぴら風炒め』です。
甘辛い味付けに、シャキシャキした歯ごたえが楽しめる一品になってます。
そして――こちらの大皿が、『バイオレンスチキのグリル・トメイトバジルソース添え』。
鶏肉がメインの料理ですが、その鶏肉は本日先ほど討伐した新鮮な魔物肉を調理したものです。 "トメイト"という野菜と、"バジル"という香草を用いたソースと一緒にお召し上がりください」
料理の名前を口にするたび、ラングの背筋は少しずつ伸びていく。
かつての世界で見た映像を頭の中で浮かべ、完全になりきっていた。
――こうしてすぐ雰囲気に流され、調子に乗るのがラングという男の常である。
ついに料理長が手を伸ばす。
「ふむ、まずはこの"きんぴら"とかいうやつから……」
ひと口噛むと、軽やかな咀嚼音がテーブルに響く。
料理長はどこか遠くを見るような表情を浮かべ、じっくり味わっている。
「確かに、これは食感が素晴しい。
シャキシャキとした歯ごたえに、酸味がほんのり効いてさっぱりしておるのがいい。
こりゃ箸が進むわい」
料理長はウンウン頷いて、次に鶏料理へと手を伸ばす。
「次は……こいつじゃな。どれ……」
そうして一切れを頬張った料理長は――
一瞬、言葉を失ったかのように固まった。そして、目を見開く。
「……う、うまい! 肉の旨味が口の中であふれ出し、それを見事に包み込むこのソース!
トメイトの爽やかな酸味とバジルの芳香が溶け合い、互いを引き立てながら、高め合っとる!
ただの肉料理ではない……これは調和の魔術じゃ!
しかも噛めば噛むほど香りが広がって、食えば食うほど腹が減る……!
何という矛盾。 だが、この矛盾こそが料理の素晴らしさなのじゃ!」
料理長はその後一心不乱に食べ続けた。
そうして皿の上をキレイに平らげた後、再び声を上げる。
「おいスーベ、トレル焼きを持ってきてくれ。 確か棚に残りがおいてあっただろう」
スーベは急いで厨房へと向かうと、幾つかのトレル焼きが重なった大皿を持ってきた。
「やはり合うな。 このソースと言うやつが思いのほかうまかったから、試しにトレル焼きにかけてみたのじゃ。 するとどうだ! 不味い事で有名なトレルが十分『食べられる』代物になったではないか。
これまで肉に塩をフルくらいしかしてこなかった自分が恥ずかしくなる。 肉や魚料理にも恐らくこのソースは合うじゃろう」
一方、副料理長は口いっぱいに料理を頬張ったまま、もごもごと喋り出した。
「りょ、りょうひひょう、ほれは……ほんへほない……ごくん。 とんでもない料理ですよ!」
サブセルも興奮していた。
これでもかと言うくらいに口に放り込み、まともにしゃべれないほどなのだから。
しばらく口をもぐもぐさせると、ようやく飲み込んでから、今度はしっかりと言葉にする。
「これほどの完成度、まさに素材の良さを最大限に引き出した味付け。1+1が2ではなく、3にも5にもなっている。 料理長と同じく、塩だけで味付けしていた自分が、いや自分達が恥ずかしくなりました……」
唇を噛みしめ、自嘲気味に目を伏せる副料理長。
だが、湧き出る食欲には勝てなかったようだ。
大皿からトレル焼きを一枚取り上げると、ソースをたっぷりとかけ、食べ始めた。
「うむ、全く同感じゃ。 これまでのワシらは、肉や魚介の旨味に頼りすぎておった。 加熱して塩を振れば、それだけで美味くなる。
まさに素材頼み――。そう言われても仕方がない無様な有様だったと……。
これは考えを改めねばならぬな」
そこで言葉を切り、ラングに鋭い視線を向ける。
「おい坊主。 お主たちが用意した料理を食べて、目から鱗が落ちた。まさに、植物系食材が示す可能性を、この舌で味わわせてもらったわい。
このトメイトとバジルのソースのように、それぞれの食材が補完し合うことで、料理の可能性も無限大となる――とな。
よって、今回の件はお主の勝ちじゃ」
料理長は厳かな口調で、はっきりとそう宣言した。
ところが、ラングはその言葉をまるで聞いていなかったかのように、前のめりに身を乗り出す。
「さすがおっちゃん……まだ唸らせるには足りなかったか。でもね、おっちゃん、こっちにはまだ“とっておき”が残ってるんだ!」
「これこれ、合格じゃと今言うたじゃろが」
ラングの言葉に被せるように、料理長が軽くツッコミを入れる。
「でもね、おっちゃん、こっちにはまだ“とっておき”が残ってるからね」
重要な事なので同じセリフを二度繰り返すラング。
どうあっても最後の対決の場面を演出したいようだ。
「じゃから、ワシの本気料理食わせてやると言うておるじゃろう!」
「おっちゃん待ってよ~! 今からが盛り上がるところだったのに~~! こっちが切り札をバシ~っと切る場面をやらせてよ~!!」
次回いよいよ決着です!ラングがおっちゃんをぎゃふんと言わせる瞬間をお楽しみください!




