94話 特訓の日々に灯った光明
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやリアクションを頂けるととても励みになります。
よろしくお願いします。
新人たちとの食事を終え、ラングは日課となっている戦闘訓練へ向かった。
エマルシアの悩みを打ち明けられて以来、毎日欠かさず続けている。
本来なら仕事を終えてから夕方に行う訓練だが、
この日は成果を確認するという名目で、仕事よりも優先して午後から訓練が始められた。
何せ料理長に加えて、アルバート=カイエイン会頭からも定期的に成果報告を求められている。
だからこそこの訓練もまた仕事の一環と言えばそうなのだろう。
親ばかもここまで徹底するとむしろ清々しい。
ラングとしても、三人の少女たちの安全がかかっているのだから自然と力が入る。
料理長が夕飯の仕込みを終えるまでの間、ラングは希と二人で楽しく特訓を始めた。
「ったく、親ばかにもほどがあるよな。なぁ、希」
「希は主と特訓できて嬉しい。仕事だとあまり話せないから」
「ふふふ、希ったら相変わらずかわいいんだから。毎晩抱き合って寝てるのに、それでも足りないの?」
「うん。もっともっと主とくっついてたい。主の匂いも好き。なでてくれるのも好き」
「そっか~。オイラも希の背中のモフモフが大好きだよ」
希の全身に生えた白い毛は、ふわふわで触り心地が最高だ。
毎日お風呂で洗っているから、色つやもすこぶるいい。
二人がきゃっきゃと騒いでいると、怒鳴り声が飛んできた。
「こら坊主! いつまでも希とじゃれ合っとる場合か! 腹に力を入れんか!」
そう言うや、ラングのどてっ腹へ料理長の拳が突き刺さる。
ドスンッ! 重い一撃にラングの身体がわずかに浮いた。
もちろん手加減はしている。だが料理長はドワーフ。
がっしりした骨格に、魔物を狩って食材を仕入れるほどの腕前を持つ強者だ。
そのごつごつとした拳の一撃は容赦なく効く。
訓練を始めた頃など、胃の中のものを全部吐き出す羽目になったほどだ。
いくらエマルシアを守るためとはいえ、スパルタもいいところだ。
――が、今日の一撃はさほど痛くない。
どうしたのだろう?
怪訝に思うラングに、料理長はにやりと笑って告げた。
「坊主、ようやった。どうやら身体強化スキルを会得したようじゃぞ。えらく早かったのぉ」
「えっ、本当? スキルって案外すぐに身につくものなんだね」
「ガハハ! 馬鹿を言うな。そう簡単にいくものか。普通は数年かかってようやくじゃ。
しかも全員が会得できるわけではない。一生かかっても無理な者だっておる」
料理長の言葉に、ラングは思わず黙り込む。
スキル習得の困難さは、かつてモルモルから散々聞かされている。
スキルもなしにこの世界へ放り出されたラング。
シーツやアーツならともかく、こんな短期間でスキルが得られるなど、あり得るのだろうか――。
そう考え込んでいると、不意に希が念話で声をかけてきた。
「主、この前、密林に狩りに出かけた時のこと忘れてる。希、新しいスキルを覚えた。ちゃんと確認して」
鎮潮祭の準備が始まってからというもの、希は暇さえあれば魔物討伐に出かけ、驚異的な勢いで成長を続けていた。
体が日に日に大きくなるのはもちろん、神獣としての格そのものが上がってきているのだ。
そしてある日、
「新しいスキル覚えた。これで主の役に立てる。だから希とても嬉しい」
そういって嬉しそうに頭をスリスリして甘えきたのだ。
正直、ここ最近は希との実力差が開きすぎていて、ステータスを確認する気力すら失せていた。
だが、ここまで言われては確認しないわけにもいかない。ラングは恐る恐る希のステータスを開いた。
「うげっ! なんじゃこりゃ!」
そこに表示されていたのは――
【常に共に】
主と一蓮托生の覚悟を備えた者に宿る究極の忠誠。
自らの能力値の1/2を主に加算し、主が受けるダメージの1/2を自らが肩代わりする。
――という、とんでもないスキルだった。
忠誠心の極致とも言える力。
希の「主の役に立ちたい」という一途な想いが、そのまま形になったのかもしれない。
そしてラングは気づく。
「もしかして……俺も強くなってるんじゃね?」
試しに自分のステータスを開いてみて、再び叫んだ。
「どひゃ~~! 俺までつよなっとる~~!」
そう、圧倒的強者へと成長しつつある希の能力値の“半分”が、自分に上乗せされていたのだ。
まさに棚ボタ。
ラングは――知らぬ間に強者となっていたのである。
思い返せば、ここ数日の特訓での動きは別次元だった。
だが暢気なラングは、
「特訓の成果が現れまくりだぜ、ひゃっほ~い!」
と浮かれていただけだった。
今の料理長の一撃が大して効かなかったのは、防御力が劇的に上昇したおかげであり、身体強化スキルを発現させたわけではなかった。
嬉しいやら、悲しいやら――。
スキルが相変わらず習得しにくいことは改めて確認できた。
だが、総合的に見れば僥倖である。
何より希の忠誠心と、惜しみなく注がれる愛情を、ラングはかつてないほど強く感じていた。
「希……お前ってやつは、なんてかわいいんだ! 俺は幸せだ~!」
「主、希も幸せ。主の役に立てるのが一番嬉しいから」
こうして主従は、さらに固い絆で結ばれたのだった。
そしてラングは高らかに宣言する。
「卒業だ! 今この時――俺は“おみそ”から卒業したぞ!」
これまで魔物討伐や遠征の場で、ラングは守られるばかりの存在だった。
口では威勢のいいことを言っても、本心では情けなく思っていた。
もちろん間接的には役立っていると理解していたが、戦闘となれば逃げるか身をかわすしかない非力な自分を、恥ずかしく感じていたのだ。
だが今日からは違う。
誰かに背中を預けてもらえるかもしれない。
そして、これからは自ら剣や拳をふるい、敵に立ち向かえるのだ。
その喜びは、何にも代えがたいものだった。
料理長からは「目を見張るほどの進歩だ」と認められ、
さらに食後の剣術訓練でも――
「まだまだ剣の扱いは未熟だが、体さばきはなかなかのもの」
とケンシンに評価された。
努力を積み重ねれば、きっともっと強くなれる。
達成感に包まれつつ休んでいたその時――。
マニフェスが大慌てで駆け込んできた。
聞けば、元の倉庫課課長だった人物が突然現れたらしい。
終業時間はとうに過ぎているはずなのに、ドグマと二人でリフォーム直後の部屋を片付けていたところへ、ひょっこり姿を見せたという。
しかも「ラングを呼んでこい」と言い出したらしい。
変わり者だという噂は耳にしている。会うのは少し怖い。
だが、せっかく呼ばれたのを無下に断るのも無粋だろう。
鬼が出るか、蛇が出るか。
ラングは胸に一抹の不安と、そしてほんの少しの楽しみを抱きながら、その足で向かうのだった。