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90話 課外実習を攻略せよ~男前なご令嬢

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早い者勝ちの課題を終えた今、もう急ぐ必要は微塵みじんもなかった。

あとはTP10の前でアリッサと合流するだけだ。


完全制覇を目前に、一行は肩の力を抜きながら進んでいた。


「ラング、課外実習が終わったら絶対わたくしの屋敷に希を連れて遊びに来るのですわ。その時は――生クリーミーたっぷりのスイーツを山ほど持ってくること!いいですわね!」


「はいはい。その時は全員でお邪魔しますね!……それと“生クリーミー”じゃなくて“生クリーム”ですよ。ここ、テストに出ますからちゃんと覚えてください」


「も、もちろん承知しておりますわ! ただ、あのクリーミーさを表すには“生クリーム”では言葉が足りないだけのこと!」


「なるほど。それではレイチェル様のお屋敷には“生クリーミー”を山ほど持参することにしますよ~」


「もうっ!ラングなんて知りませんわ!」


ぷくっと頬を膨らませるレイチェルを見て、ラングは少しからかい過ぎたと反省した。


「……ところで、レイチェル様のお屋敷ってどこにあるんですか?」

話題をそらすようにラングが尋ねると――


「え~~っ!ラング、まだ気づいてなかったの? 私も昨日は初対面だったけど、お名前を聞いてすぐピンときたわよ。フォルンコート伯爵家といえば、この街で知らない人がいたら逆に不思議なくらいだし」


「やっぱりそうよね。すれ違う人たちのレイチェル様への態度を見れば気づきそうなものなんだけど……。ラング君って、どこか鈍感というか……何というか……。私の気持ちだって、その、あれだし……」


そんな他愛のない会話をしていた時だった。


ゴールを目指して歩く一行の前方に、先頭集団らしきパーティーの姿が見えてきたのだ。

相手もこちらに気づいたらしく、鋭い視線を送りながら近づいてくる。


だが――不思議なことに、本来は付き添いの上級生を含め十五名のはずが、今見えるのは九名しかいない。

恐らくエマルシアたちと同じように、二手に分かれて行動しているのだろう。


だがその事実が意味するものに、ラングの胸に一抹の不安がよぎった。


やがて互いに顔がはっきり見える距離になると、一人の少女が前に進み出る。

リア・アークトーク――いじめグループを率いる、例の傲慢な少女であった。



「あら、あなたたち。どうしてそちらから現れたのかしら? 私たちが先陣を切ってきたというのに……おかしなこともあるものね。――まさか、不正でもしたんじゃなくて?」


「変ないいがかりはやめて! 私たちはあなたたちと逆の道を来ただけ。こちらは崖を降りられますから」


「フン、その汚らわしい蜘蛛の化け物ね。そんなものを連れ歩くなんてどうかしてるわ。もし生徒に襲いかかったらどうするの? 本当に危険だわ。……これはお父様に報告して、学園にしかるべき処分を求めなければならないわね。覚悟なさい!」


「希ちゃんが、あなたに何をしたって言うの? 本当に賢くて優しい子なのに! 今だって上級生の皆さんを運んでくれているんです。……変な言いがかりはやめてください!」


「フン、いつからそんな生意気な口を利けるようになったのかしら? ウルマさん♪ 学園に戻ったらしっかり躾し直さないといけないようね。口で言ってわからなければ……、体で覚えてもらうとしましょう」


リア・アークトークは下卑た笑みを浮かべウルマを見据える。

露骨な脅しにウルマの顔が真っ青になった。

いじめのトラウマは彼女の心に大きな傷跡を残していた。

その傷をえぐる言葉の刃が――、今勇気を出して発言を行ったウルマの心を再び突き刺したのだ。

小刻みに震える肩を、エマルシアがそっと抱き寄せた。


――その瞬間。


ラングの中で、怒りが爆発する。

「さっきから黙って聞いてれば――」


だがラングが言葉を言い切る前に、別の声が鋭く響き渡った。


「そこのあなた! 私の希を化け物呼ばわりなさるとは聞き捨てなりませんわ!」

レイチェルだった。


「それとウルマをどうするおつもりですって? 躾? はっ? 躾が必要なのは、あなたの方ではなくて? わたくしの友人を脅すというのなら――このレイチェル=フォルンコートがお相手して差し上げます!」


「れ、レイチェル様!? なぜこんな場所に……。あなた様のようなお方が、たかが課外実習にいらっしゃるなどとは、つゆ知らず……!」


「そんなことはどうでもよろしくてよ。それより――お父上に報告する、とか仰ってましたわね? どんな告げ口をなさるつもりか、ぜひ教えていただきたいものですわ」


「そ、それは……その……蜘蛛の魔物が危険だと……そう思っただけで……」


「こんなに愛らしい希が危険? 何をたわけたことを。もし子供同士の問題に親を持ち出すのなら――わたくしも父に相談いたしましょうかしら?」


その言葉に、場が凍りついた。

ラングには、なぜこれほど空気が張り詰めたのか理解できない。

それどころか、レイチェルに先を越されたことで、燃え上がった怒りのやり場をなくし、持て余していたくらいだ。


(……ラング君の怒りの鉄槌、空振りに終わったな。それにしても――食いしん坊令嬢……じゃなくてレイチェル様、実はとんでもなく偉い人だったのか? まさかな……)


「い、いえ……そんなつもりは。レイチェル様がご一緒とは存じませんで……決して悪意は……」


「ずいぶん口調が変わりましたのね。さきほどウルマに向けた傲慢な物言い――『躾』などと、同級生に対してよくも口にできたものですわ。その下劣さ、これほど気分が悪くなる場面も滅多にありません」


レイチェルは深くため息をつき、リアに鋭い視線を突きつける。

その眼差しと気迫は、伯爵令嬢としての威厳そのものだった。


そうこうしているうちに、後続のパーティーが次々と到着する。

何が起こっているのか――これからどうなるのか。

場は騒然とするばかりであった。


片や、つい先ほどまでニヤニヤと不快な笑みを浮かべていたいじめグループの面々は、すっかりお通夜のように沈み込んでいた。


「あなたたちが私の友人にしてきたことは、だいたい想像がつきますわ。――父親の権力を笠に着て周囲を脅し、彼女たちを孤立させたのでしょう? たった三人で課題に挑んでいた理由を不思議に思っておりましたが、これで合点がいきました。

学園側が安全に配慮しているとはいえ、この課外実習を三人で挑むなど、本来は危険すぎますわ。なのにそうせざるを得なかった――これは大問題です。

はっきり申し上げます。黙って見過ごした周囲の者にも責任があります。……恥を知りなさい!」


レイチェルの叱責は、いじめを働いていた者だけでなく、それを傍観していた周囲全てに突き刺さった。

彼女の一喝に、その場にいた生徒たちは一様に震え上がる。


やがてレイチェルは深呼吸をして、今度は柔らかな声音へと切り替えた。


「この学園は、身分を問わず自らを磨く場です。そこで生まれる友情こそが、私にとっては何よりも大切な宝。

縁あってこの三人と――いえ、今は別課題に挑んでいる一人を含めて四人ですが――過ごした二日間は、短いながらもかけがえのない時間でした。彼女たちは学年こそ違えど、私の大切な友人なのです。

もしも今後、権威やその他の力で彼女たちを不当に迫害するならば、私は絶対に許しません。……ですが正々堂々と挑むというのなら、ご自由にどうぞ。ただし――わたくしの友人たちは、そう簡単には屈しませんわよ」


言い切ったレイチェルは、ふっと微笑みを浮かべてエマルシアたちを見やった。

そのあと、何故かラングに向けて片目をつぶる。


(まじレイチェル様かっけぇ~~! ヒロインかよ! 水〇の黄門様かよ! あのウィンク反則じゃーん。 ドキュンと打ち抜かれた~~!)


「お、お嬢! レイチェル様って、いったい何者なの? さっきから圧倒的な強者オーラがダダ漏れなんだけど――」


「ラング君、本当に知らなかったの? 彼女は港町ポルテアの領主さまのご令嬢なのよ!」


「うっそ~~~ん!」


こうして、この町一番の権力者の娘が姿を現したことで、騒動は収束へと向かった。

ラングが彼女の素性を知らなかったのも無理はない。

奴隷として狭い世界で生きてきた彼にとって、市民なら誰もが知っていることでも、知らずにいたことは多かったのだ。



フォルンコート家は伯爵位ながら、アインラッド王国においては辺境伯と並び公爵待遇の家柄だという。

代々、王国沿岸の守りの要である「ポルテア沿岸守護隊」を統べる重責を担ってきたのだ。


こうしてアルマ・トルマ兄弟やナターシャ、さらには会頭まで巻き込んだ騒動は終息を迎えた。

しかしその後もアークトーク商会への攻撃は止むことなく続き、商会はみるみるうちに衰退。

風の噂では、課外実習から一年も経たぬうちにリア・アークトークは静かに学園を去ったという。


大団円を迎えた一行は意気揚々とゴールへ向かう。

そこには、すでに宝を提出し三つのタグを獲得したアリッサが待ち構えていた。


結果は――栄えあるトップゴール。しかも歴代最少人数・最短時間・最高評価のおまけ付きだった。


「レイチェル様、本当に格好良かったんだから!」

エマルシアが身振り手振りを交えて語ると、


「ずるいよ~。私も見たかった!」

アリッサはクライマックスを見逃したことを心底悔しがった。


そして――


「先ほどは庇っていただき、本当にありがとうございました。心強くて……すごく素敵でした」

感極まった表情でウルマが頭を下げる。


「オホホホホホホ! それほどでも……()()()()()()!」

高らかに笑うレイチェル。


「お世辞抜きで本当にすごかったですよ! よっ、男前令嬢! あんた格好良すぎるぜ!」


「アーハハハハ! もっと讃えてもよろしくてよ!」


レイチェルは上機嫌に笑い続け、ラングがさらに煽り立てる。


「素敵すぎるぜお嬢様~! 惚れてまうやろ!」


「ほ、惚れましたの? わたくしに……」

不意に頬を染めたレイチェルに、ラングは思わずドギマギさせられる。


(この令嬢、案外チョロいな……?)

ラングがそう考えたかどうかは、誰も知らない。


「レ、レイチェル様、本気になさってはだめですよ! ラングがまた調子に乗ってるだけなんですから!」


「そうです、ラング君のおふざけが過ぎてるんです!」


「えっ……? そ、そうですわよね。ラングはすぐ調子に乗ってお馬鹿をしますから……わかっておりますのよ! ホホ……」


最後はどこか意気消沈してしまったように見えたが、気のせいだろう。


こうして長いようで短い二日間は幕を閉じた。


「上級生のみなさん、本当にありがとうございました!」


ラングたちは深々と頭を下げ、豪華な馬車に乗り込む上級生たちを見送った。

ふと視線をやると、ウルマが安堵の涙を流し、その肩をエマルシアとアリッサが優しく抱き寄せている。


辛く、長く感じられた時間はようやく終わりを告げたのだ。


「3人ともよく頑張ったね。本当に偉かったね」


ラングの言葉に、エマルシアとアリッサの涙も堰を切ったようにあふれ出す。

三人が肩を寄せ合い涙する姿を見守りながら、ラングの胸の奥にも熱いものが込み上げてきた。






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