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86話 課外実習を攻略せよ~反撃開始!

ご覧いただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

「はい、あなたには残念ながら差し上げられません! 理由は自分の胸に聞いてみてください!

では次の方、前へどうぞ」


ラングが譲渡を拒否したのは、もちろん例のいじめグループだ。

課外実習の開始時に、彼は彼らの顔をしっかり目に焼き付けていた。


グループのリーダー――アークトーク商会の娘――は列に並んでいなかったが、どうせ手下から巻き上げて食べるつもりだったのだろう。

他の取り巻きたちは何食わぬ顔で列に並び、当然のようにもらえると思っている。実におめでたい話だ。



「どうしてみんなに配っておきながら、私にはくれないの? 不公平じゃない!」


傍目には筋が通った抗議に聞こえる。列は順番に進んでいるのだから、彼女らにも順番が回ってくるはずだ。


「不公平? いえいえ、これはあくまで好意でお配りしているもの。好意を持てない相手に渡す気はありません。

普段あなた方は、このお嬢様方にどんな“好意”をお示しで?」


ラングの一言に、相手はぐうの音も出ない。

普段から悪意しか向けていないのだから当然だ。


胸の奥でくすぶっていた怒りが、ついに抑えきれず溢れ出す。

煮えたぎるマグマのように――。




「ここで皆さんにお知らせです! その前に、先日の鎮潮祭でクレープを食べた方は?」


「私食べたわ! とっても美味しかったの! 長蛇の列だったけど、並んだかいがあったわ」

「私なんて四日連続で並んだのよ! 最初は噂を聞いた翌日だったから完全制覇できなかったけど……本当に絶品だった!」

「ちくしょう、あっしは仕事で行けなかったんでさぁ……でも月並祭の屋台で食べやした。あのとろけるような生クリーミーの虜でさぁ!」


「はい、ありがとうございます! ……ただし、そこの従者さん。生クリーミーじゃなくて“生クリーム”ですから、今日しっかり覚えて帰ってくださいね!」


ラングの軽妙なツッコミに、会場から笑いが起こる。

そして続いた言葉に、場はさらにどよめいた。


「本日から十日後、カイエイン商会が甘味を提供するお店を開店します! そう、スイーツですよ! これからは毎日食べられるんです! 興味ありますか?」


「あるある~!」

「スイーツを食べたいか~?」

「食べた~い♡」

「口の中を甘々にして、脳を蕩けさせたいか~?」

「蕩けさせた~い!」


「だが――この甘味処は会員制だ。会員証を持つ者だけが入れる。今はごく限られた人々にしか行き渡っていない……領主様や大神殿の高位神官様、枢機卿のような大人物か、商会が特にお世話になっているごく一部の方々だけだ」


一転して、場が静まり返る。

甘い夢を見せてから一気に突き落とす――ラングらしい無慈悲な宣告だ。


だが――次の瞬間。


「しかし! ここにいる皆さまはエマルシア=カイエインお嬢様のご学友と、そのご関係者!

特別に、会員証をお渡ししようじゃありませんか~~!」


今日一番の大歓声。

もはや全員が発する光で、一瞬夜が明けたのかと錯覚させるほどの明るさだ。


大はしゃぎの女子生徒たちは手をつなぎ、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表す。

群衆にダイブするお調子者まで現れた。


「YO~! スカートがめくれてるYO~♪ 見えてはいけない白い布が見えてるYO~!」

ラングがラップ風に煽ると、爆笑の渦が広がる。


「いいじゃねーか! ヘルモンでもなし♪ テメーらに捧げYO~ サービスだZO!」

ノリのいいお嬢様だ。眼福眼福。


従者たちも大盛り上がり!

何故かレイチェルまで混じって踊っている。……まあ、もう慣れたYO!

まさかアリッサとウルマまで加わるとは、さすがに予想外だったZO!


「安心せよ。君たちは間違いなくVIP待遇だ……。この際、付き添い上級生たちも加えてやろう」

ラングは生暖かく見守りながら、ひとりごちた。



「皆さんは食後の片付けが終わったら、ここに集合してくださいね~! その時に会員証をお配りしま~す!」


ラングの煽りに、熱狂は最高潮に達する。

見れば、いじめグループの連中までもが小躍りして喜んでいた。


だが、そこに非情な鉄槌が下される。


「ただし――全員にお渡しできるとは限りません。心当たりのある方はご遠慮ください。時間の無駄になりますから(笑) これも私たちから皆さまへの“好意”ですので。そこんとこ、よろしこ! それと会員証は一年ごとの更新制。お互い、思いやりのある学園生活を心がけましょう。失効しないようにお気をつけて!」


その一言で、跳ね回っていたいじめグループの動きはピタリと止まった。

ラングの言葉の意味を理解できないほど、彼らも愚かではない。


鎮潮祭での“甘味騒動”はポルテアの誰もが知る出来事。

スイーツがいかに美味で、いかに人を虜にするかもまた、誰もが知っている。


さらにポルテアの上級階級にとって、その関心は日増しに高まっていた。

カイエイン商会が甘味処を開店する――そんな噂はすでに広まっていたが、会員制で、ごく限られた者しか入店できないという話が人々を疑心暗鬼にさせていたのだ。


「どうすれば、その会員証が手に入るのか」

貴族も有力者も、血眼になって方法を探っていた。

その情報は、学園の一部生徒の耳にまで届くほどだった。


当然、それはアルマ支配人が仕掛けた周到な情報戦だった。

甘味騒動の熱気が冷めないうちに、敷居を思い切り高くして人々の欲望を煽る。

上流階級のサロンから市井の噂話まで、街中がその話題で持ちきりだった。


すべては――アークトーク商会を叩き潰すため。


甘味処を目玉にした複合店舗を堂々オープンし、人々を集める。

その人々を他の料理でも虜にして、圧倒的な支持を得る。

不動の人気を手にしたその時、アークトーク商会の店舗に対抗店を次々と出し、じわじわと締め上げるのだ。


勝算しかない戦略だった。


甘味は最初こそ会員制だが、砂糖の生産量に応じて徐々に一般開放していく予定だ。

その間は月に何回か、一般開放日を設ける事で、広く一般市民にも甘味を楽しんでもらう。

金額的な障壁は、商品の小型化(出店でのミニクレープの発想)で取り払えばいいだろう。



――そして、ラングがちらつかせた「会員証の失効」が最大の肝となる。


「思いやりのある学園生活」とはつまり、いじめに加担するなら会員証を取り上げる、という宣告だ。


その点は、このあとラングが会員証を一人ひとりに手渡す際、しっかり釘を刺すつもりだった。

せっかく手に入れた特権を、自分の手で捨てる者はいない。

その恐怖が、抑止力――いや、脅しとなる。


「エマルシア様たちをぞんざいに扱えばどうなるか、わかっているな?」


会員証を持つ限り、その一枚が強力な盾となる。

いずれアークトーク商会が没落すれば、こんな策は不要になるだろう。

だがそれまでの間、絶対にエマルシアを守り抜く。


それが――“エマルシアガーディアン”たちの決意の表れだった。



いじめグループやSクラスの生徒たちにも、ラングの真意は伝わった。

――自分たちは会員証をもらえないのだ、と。


ポルテアで高まる甘味への期待を、自分たちだけが享受できない。

その事実は、社交の場において致命的な意味を持つ。


もし自分たちの不行跡が原因で、親までもが連帯責任を負わされるとしたら……?

察しの良い者はすでに気づき、顔色を失っていた。


付け届けや心のこもったお礼、社交界でのお茶会やパーティ。

そこに甘味を一切出せなければ、立場は著しく危うくなる。


「自分たちは甘味を受け取りながら、決して返さない」

そんな評判が立てばどうなるか。


奥様方が集う女子会に自分だけ呼ばれない。

主催するお茶会で甘味も出せず、人が集まらない。

そうなれば、社交の場に居場所はなくなるだろう。


その時、不安に押しつぶされそうになった一人の生徒が、心細げに声を上げた。

Sクラスの者のようだった。


「あの……私は、会員証をいただけるのでしょうか?」

蚊の鳴くような声に、皆の視線が集まる。


「え~と、あなたはSクラスの生徒さんですか?」

ラングの問いに、彼女は固まった。


「……はい」

振り絞った短い返答が、静寂の中で妙に響く。


「じゃあ難しいですね。 ただ、チャンスはありますよ。――心がけ次第と言っておきましょう」

ラングのその一言に、彼女は力なく項垂(うなだ)れた。

だが同時に、“チャンスはある”という言葉を胸に刻んだ。

Sクラス全員が、その意味を真剣に考え始めたのだ。


そしてその効果は、たちまち現れる。

――この日を境に、Sクラスでの孤立は解消される。


以後、エマルシアたちへ誠心誠意の謝罪が繰り返されるようになった。

挨拶はもちろん、日常の交流も活発になっていく。


ラングの言葉が、ついにエマルシアたちを苦しみから解放したのだ。


残るは――いじめグループ。

項垂(うなだ)れ、勢いを失いつつある彼女たちの、最後の悪あがきを見届けるとしよう。

ラングの怒りの炎は、まだ冷めることなく燃え続けていた。

さらなる鉄槌が、今まさに振り下ろされようとしていた。





閉鎖された社会は行き場がなく、逃げ場もない。

そんな時は全く違う世界に逃げてください。

違う世界にはきっと居場所がありますから。

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